Home > Reviews > Album Reviews > Angry Blackmen- The Legend of ABM
オルタナティヴ志向に磨きをかけるクリッピングやPhewとのコラボレートで知られるワシントンのモデル・ホームなどを追い、不穏なインダストリアル・ビートで押し通すクエンティン・ブランチとブライアン・ワレンのデビュー・アルバム。シカゴ出身で、16歳ぐらいで活動を始めたらしく、2人ともケンドリック・ラマーとアール・スウェットシャートに強く影響を受けたという。さらにブランチはMFドゥーム、ワレンはチャンス・ザ・ラッパーやリル・ウェインの名前もフェイヴァリットに挙げている。マンブル・ラップが出てきた頃にリル・ヨッティーだったかがノトーリアス・B.I.G.なんか聴いたことがないと言い放ち、並み居る古参たちから不興を買っていたけれど(それはそれで僕はいいと思うけれど)、ワレン&ブランチはヒップホップの歴史に精通しているようで、メンタル・ヘルスを初めてラップで扱ったのはグランドマスター・フラッシュ “The Message” だと考え、それこそノトーリアス・B.I.G. “Suicidal Thoughts” へのオマージュとして “Suicidal Tendenciess” でアルコール依存についてラップするなど全11曲を『The Legend of ABM』に詰め込んだ。
全体のテーマは資本主義、アフロ・フューチャリズム、マスキュリニティ(男らしさ)とインテリ寄りで(クリッピングの歌詞はギャングスタ系)、映画『アイ・アム・リジェンド』の原作『地球最後の男』を骨組みとして採用しているらしい。サウンドがあまりに攻撃的なので、そうは思えなかったけれど、英語のニュアンスがちゃんと聞き取れるリスナーには哀愁がにじみ出ている歌詞がとてもいいらしく(そういうことがわかる人は羨ましい)、声の響きはどこかエミネムに通じるものがある。ジャケットに写っている女性はタイトル曲 “The Legend of ABM” で「業界に旋風を巻き越すためにブライアンとクエンティンが戻ってきました」と日本語のナレーションを入れているユキ・フジナミ。これまでに5枚しかシングルをリリースしていないのに、自らを伝説と称して「帰ってきた」と表現するのだから、その自信はなかなかのもの。
先行シングルは “Stanley Kubrick” 。出来上がった曲が映画みたいだったからという理由でこのタイトルにしたらしい。ブリープ強めで最初から個性が際立ち、続く “FNA” で畳み掛けるラップと金属音の軋みも切迫感が滲み出る。自己愛を意味する “Amor Propio” や “Magnum Opus” はまさしくモデル・ホームばりで、ハーシュ・ノイズを敷きつめた “Dead Men Tell No Lies” はナイン・インチ・ネイルズが孤独を訴えた “The Day the World Went Away” に強く影響を受けた曲だという。 “FUCKOFF” はもう怒り狂ってるだけ。 “Outsiders” はマシンガンのようなビートで、 “GRIND” だけがカチャカチャと金属音が鳴る小気味のいいアクセントになっている。タイトルからしてスロッビン・グリッスルみたいな “Sabotage” は映画『テルマ&ルイーズ』のモデルとなり、シャーリーズ・セロンが映画『モンスター』(03)で演じたシリアル・キラー、アイリーン・ウォーノスのインタビューを元にしているという。普通とは異なるものの見方を提示したかったのだとか。サウンドだけでもそれは充分だけど。
ワレン&ブランチはまだ若い。細部がまだ拙いというか、彼らが持っているヴィジョンにスキルが追いついているとはさすがに言いがたいところもある。とはいえ、パッションは充分で、すぐにも飛躍的な伸びが期待できるだろう。セカンド・シングルが “Riot” (17)というタイトルだったりと、重いものが弾けているような存在感はどうしてもURを思い出してしまうし、ブラックライヴスマターを時代背景として育った世代がどうなっていくかという興味は抑えられない。
ちなみにアングリー・ブラックメンと契約したのはこれまでにデス・グリップス、クリッピング、J・ペグマフィア、USガールズなどを送り出してきた〈Deathbomb Arc〉で、荘子itらのドス・モノスやBBBBBBBなども同レーベルと契約している。
三田格