Home > Reviews > Book Reviews > コンバ──オルタナティヴ・ライフスタイル・マニュアル- マティルド・セレル著/鈴木孝弥訳
先日僕は、テレビの前で、録画放送でACミランとバルセロナの試合を複雑な思いで見ていた。試合は、ACミランが、いかにもイタリアらしいカテナッチオで、とにかくひたすら守って守って、そして相手のミスから幸運な1点(明らかにミランの選手のハンドだった)、後半にもショート・カウンターでもう1点追加と、UEFAチャンピンズ・リーグのベスト16のファーストレグをモノにした。試合中には、ベルルスコーニ名誉会長と現チーム・オーナーであるその娘の姿も映し出された。
試合自体はそれなりに見応えのあるものだったが、ACミランへの投資がベルルスコーニの支持率アップに繋がったと聞けば、いっぽうでは醒めた自分がいたのもたしかだ。別に僕はバルセロのファンではないが、このときばかりは応援した。イギリスの有名な言葉で、「女房は変えられても好きなチームは変えられない」というのがあるが、これはもう、理屈で考えれば、洒落にもならないのだろう。が、しかし......、もし自分がミラニスタだったら、どうだったろう。かのアントニオ・ネグリでさえ、それがわかっていながらミラニスタであることを止めなかったのだから......(彼はその政治的矛盾を受け入れたのである)。
311は、我々をずいぶんと慎重にさせた。僕は、かねてから自分をノンポリだと自覚していたものだが(自分ごときが政治的だとは言えない)、結局のところ、納税者として暮らし、現代の消費社会を生きているということが、実は否応なしに政治的な行為であるということを思い知っている。こと大企業の商品を買うとき(ないしは銀行への預金など)には気をつけたほうがいい。自分ががんばって働いて稼いだ金が、人殺しの道具開発のために使われているなんてことは珍しいことではないのだ。
逆に言えば、世界を変えることは日常的な行為を慎重すれば可能だとも言える。マティルド・セレルの『コンバ』は、そうした日々の政治的なおこないに関する最新の金言集だと言っていい。
マティルド・セレルは、パリのラジオ・ノヴァで朝の10時に番組を持っている女性だというが、ラジオ・ノヴァといえば、『リベラシオン』紙の系譜であり、我々音楽ファンには、フランスで最初にハウス・ミュージックを紹介して、そしてまだ若いロラン・ガルニエにチャンスを与えたラジオ局として知られている。
それにしても、朝の10時から、ラジオで、シャンゼリゼ通りの広告への落書きや職場での昼寝、バイコット(不買)運動を賞揚し、昨晩の吸い残し大麻の寄付を勧めたかと思えば、どの企業が真面目に環境問題に取り組んでいるのかのランキングを発表するフランスという国は......コンピュータからメディアの常套句の削除の呼びかけ、家庭平和のための職場での罵り合いの奨励、反抗を表明するキーボードの打ち方まで、彼女は短い文章で簡潔に小気味よく、愉快な反抗のアイデアを話しかける。ラジカルなことを言っていても、洒落が効いているので、政治アレルギーの人も楽しめるだろう。
テヘランのイスラム教導師カゼム・セディーギの「薄着を来た女性のために男を道を踏み外し、地震を引き起こす」という声明に抵抗するためにアメリカの女性生物学者が呼びかけた実験──敢えてみんなでセクシーな服装をする呼びかけ運動の紹介、あるいは女性のマスターベーションについて、あるいはマグロの漁獲高の数値とその繁殖力を比較しての「分別あるスシの食べ方」、路上のパーキングスペースに金を払って自由に私有化する話、同性愛カップルのキスの仕方などなど......本書は、今日的な問題提起を──環境問題、フェミニズム、そして新自由主義とゲイ問題──、洒落た言葉で解説して、それらに抗する実践の方法を紹介していく。僕が気に入った話のひとつは......というか、自分で実践しているのは、エスカレーターの話。あんなものに電力を使い、健康を気にするくらいなら、5~6階の階段は歩いたほうが良いに決まっている。
訳者の鈴木孝弥は、信頼できるレゲエ評論家のひとりとして知られているが、彼はまた、デモ隊で打楽器を鳴らし、あるいはまた都内で暮らしながらラジオ・ノヴァを愛聴している珍しい人である。彼は、フランス語の言葉遊びの激しいこのエッセイ集に詳細な注釈を付けているが、なにげにそのなかに自分の意見まで入れてしまうところもフランスらしい。世界を見渡したとき、とにかく働かない国民はフランス人、次にカナダ人だそうだが、カナダには多くのフランス人が移住しているので、結局、「働かない遺伝子」の根源はここ、市民革命を実現した国の首都にあるのだろう。
だいたい、シャンゼリゼ通りの広告板に落書きして、それが裁判所で「表現の自由」として犯罪にならなかったというのは、なんともフランスらしい良いエピソードだ......が、しかし、これを「フランスらしい」で終わらせるにはあまりにも面白い話なので、鈴木孝弥もがんばって日本語に変換したのだろう。たしかにこの本、面白いわ。笑った。笑いは健康に良い。
野田 努