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枯れ葉

枯れ葉

監督・脚本:アキ・カウリスマキ/撮影:ティモ・サルミネン
出演:アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ

2023年/フィンランド・ドイツ/81分/1.85:1/ドルビー・デジタル5.1ch/DCP
フィンランド語/原題『KUOLLEET LEHDET』/英語題『FALLEN LEAVES』
配給:ユーロスペース 提供:ユーロスペース、キングレコード
12月15日(金)よりユーロスペースほか全国ロードショー
© Sputnik
Photo: Malla Hukkanen

公式サイト:kareha-movie.com

木津毅 Dec 22,2023 UP

 この映画を観ている間ずっと、僕は古さについて考えていた。ただでさえ大物監督による古き良き映画文化を懐かしむ作品が増えている現在だが、しかし、カウリスマキの新作の「古さ」は何かこう、強い意思を感じさせるものだ。
 そもそも2023年にカウリスマキの新作に出会えたこと自体、多くのファンにとって嬉しい驚きだった。監督は前作『希望のかなた』(2017)発表時に引退宣言をしていたからである。ヨーロッパの隅のフィンランドで庶民たちが登場する小さな映画を作り続けてきたカウリスマキ。アフリカやシリアからの移民を主人公として草の根の助け合いを描いていた『ル・アーヴルの靴みがき』(2011)と『希望のかなた』を最後に監督をやめると宣言したことは、ヨーロッパに広がる移民排斥の動きに対する失意のように僕には感じられたものだ。市民たちの支え合いを素朴に信じること自体、古いものになってしまったということなのかもしれない、と。

 と思っていたら本作を引っさげてあっさりと今年のカンヌ映画祭に登場したカウリスマキが話していたのは、これは自身の〈労働者三部作〉の続きの4作目であるということだった(三部作の4作目というのは矛盾していると冗談を飛ばしながら)。〈労働者三部作〉は彼がまだ気鋭の映画監督だった頃の、『パラダイスの夕暮れ』(1986)、『真夜中の虹』(1988)、『マッチ工場の少女』(1990)の3作のことで、映画作家としての世界的評価を決定づけた作品群だ。その時点で彼の映画は決定的に「古い」もので、過去の映画からの影響をたっぷり取りこんでクラシカルな佇まいをしていた。その様式美のなかで主人公がブルーカラーの人びとだというのが、カウリスマキ作品の絶対的な決まりごとだ。バスター・キートン作品譲りの無表情で彼らは、古典映画の物語をなぞるようにして恋や犯罪や復讐のドラマを生きていた。

 それから30年以上経った現在、カウリスマキの「新しい映画」は何ひとつ変わっていないように見える。隅々まで統制された画面作りとヘルシンキの夜の街をしっとりと見せる照明と色彩、簡潔極まりない構成と80分程度の上映時間、そして、都市の片隅で生きる貧しい者たちの小さな小さなドラマ。とぼけた笑い。愛らしい犬。情緒的な歌謡曲。孤独な労働者の男女が出会い恋をするという物語は『パラダイスの夕暮れ』の反復であり、その、ある種の頑固さを感じることがカウリスマキ映画であったと思い出す。

 いわゆる「ゼロ時間契約」のスーパーマーケットの仕事をクビになったアンサ(アルマ・ポウスティ)と、工場現場で働く酒浸りのホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)が出会い、すれ違うというだけの物語。それは意図的に昔ながらのロマンスとして語られていて、ふたりは大衆的なカラオケバーで出会い、はじめのデートでは映画館に行く。ふたりが観る映画がカウリスマキと同時代に注目された盟友ジム・ジャームッシュのゆるいゾンビ映画『デッド・ドント・ダイ』だというのはもちろんジョークだし、映画館の外には20世紀の名画のポスターが貼られている。それらはたしかに古くからの映画マニアがニヤリとしてしまう場面ではあるのだが、では本作がそうした時代からズレた人間たちを慰めるために作られたかといえばそうではない。そうではなくて、『枯れ葉』はカウリスマキが「古さ」の価値を観る者にいま一度手渡そうとする映画なのだ。
 たしかに画面だけではいつの時代の映画かわからないが、間違いなくこの映画は現代のものとして撮られている。(スマートフォンではなく古い機種だが)携帯電話や(まったくそう見えないが)インターネット・カフェが登場し、(テレビやパソコンの画面ではなくラジオが)ロシアのウクライナ侵攻を伝える。そのときアンサは言う――「ひどい戦争」だと。ひどい戦争に対してひどい戦争だと市民が憤る。僕はそんなシンプルさを長らく忘れていた気がする。カウリスマキの作品のように、貧者たちの善き心を頑なに信じぬく映画をしばらく観られていなかったと感じる。アンサとホラッパはそして、労働者をボロボロにし「ひどい戦争」にまみれた世界で、ささやかな愛を見つけていく。彼らの生きる価値は失われていないのだと言い切るように。

 わずかながら変わったと思う部分もある。とくにアル中のホラッパに酒に溺れる男とは付き合えないとアンサがきっぱり言うくだりは、一見ダンディな佇まいのカウリスマキ作品に対する自己批評とも取れる――彼の映画では寡黙な男たちが酒を吞み交わしてきた。これまでも『浮き雲』(1996)でアル中のシェフが登場するなど酒の悪しき側面は描かれることはあったし、ブルーカラーにとって数少ない癒しだからこそアルコールが大きな社会問題であることも意識されていたはずだ。けれども意思の強い女性として描かれているアンサがそれを宣言することで、古めかしい男性性に対する戒めがより明確になっている。カウリスマキ映画の定番の生演奏の場面も、ニューウェーヴ調のインディ・ポップを鳴らす若い姉妹デュオであるマウステテュトットが登場する。格好つける男たちの愛らしさを滲ませてきたカウリスマキが、現代の女性たちの格好よさを自分なりに捕まえようとしているのは作家としての新たな挑戦だと受け止められるだろう。

 とはいえ、プロレタリアのためのプロレタリアの映画を作るという芯の部分は変わらない。若さゆえか「ここではないどこか」を夢見ていた〈労働者三部作〉とは違って地に足をつけて生きていくことをここでは讃えているが、それも『浮き雲』以降の成熟のなかでずっと追求してきたことだ。それに『枯れ葉』はこれまでカウリスマキが何度も言及してきたチャールズ・チャップリン『街の灯』(1931)をとくに強く連想させる作品で、90年以上前の映画が立ち上げていたまっすぐな人間愛を現代のために取り戻そうとしている。心地いいノスタルジアではなく、庶民を痛めつける世界への抵抗として「古さ」を持ち出すこと。カウリスマキは本作について、「愛を求める心、連帯、希望、そして他人や自然といったすべての生きるものと死んだものへの敬意」を「語るに足ること」だと話している。映画はいまなお、暗闇を照らす光なのだから。

予告編

木津毅