「TT」と一致するもの

R.I.P. Vivienne Westwood - ele-king

 サウス・ロンドンの湾岸地区にある巨大なスタジオで忌野清志郎のフォト・セッションが始まり、僕はやることもなくただ見学していた。彼の初ソロ・アルバム『レザー・シャープ』のために30着ほどの衣装が用意され、デイヴィス&スターが息のあった撮影を続けている。スペシャルズやピート・タウンゼンド、デヴィッド・ボウイやティアーズ・フォー・フィアーズのジャケット写真を手掛けてきた夫婦のフォトグラファーである。2人が交互にシャッターを切るので、清志郎はどっちに集中していいのかわからず、序盤はうまくいっているようには見えなかった。彼らが用意した衣装のなかにテディ・ボーイズのジャケットがあり、清志郎がそれを着てポーズを取ると、実に恰好良かった。ミックス・ダウンの合間を縫って、体を休める間もなく撮影に挑んでいる清志郎はその時、体重が38キロまで減っていて、ジャケットはややダブついて見えた。そのせいか、そのカットは最終的にアルバム用には使われず、宣伝用に回されたので一般の目には触れなかったかもしれない。半日がかりの撮影が終わり、今日の衣装でどれか買い取りたいものはあるかと訊かれた清志郎はとくに考えた様子もなく「ない」と答えた。普段着にはネルシャツとか目立たないものしか彼は着ない。デイヴィス&スターが「OK」といって衣装を片づけ始めた時、「僕が買ってもいいですか」と思わず僕は声に出していた。テディ・ボーイズのジャケットはその場で僕のものになった。ヴィヴィアン・ウエストウッドの一点ものである。ガーゼ・シャツはワールズ・エンドですでに買い込んでいた。ヴィヴィアンだらけになった旅行カバンを持って僕は初のイギリス旅行から日本に戻ってきた。10代でパンク・ロックに出会うということはこういうことである。カタチから入ってもしょうがないなどとは思わない。ヴィヴィアン・ウエストウッドの服で全身を固めたい。二木信がトミー ヒルフィガーで全身を決めているのと同じである。ヴィヴィアン・ウエストウッドのショップが日本にオープンするのは意外と早く、93年のことだけれど、80年代にはまだ海を渡る必要があった。『レザー・シャープ』の取材とパンクの聖地巡りで僕の24時間はバーストしっぱなしだった。出所したばかりのトッパー・ヒードンがレコーディング・スタジオにいるのもぶち上がった。PV撮影の合間にトッパー・ヒードンが自分で飲むビールを自分で買いに行くところまで恰好良く見えた。

 70年代当時、パンク・ロックについての情報はほとんど日本に入ってこなかった。マルカム・マクラーレンのことはまだしもヴィヴィアン・ウエストウッドがパンク・ファッションを生み出したと言われても、詳細はわからないし、破けたTシャツぐらい誰でもつくれるような気がした。パンク・ファッションではなくコンフロンテイション・ドレッシングというコレクション名がついていたことも知らなかったし、「サヴェージィズ(パイレーツ)」、「バッファロー/泥のノスタルジー」、「ニューロマンティクス」と移り変わるシーンの背後にウエストウッドがいるらしいというだけで、それが本当なのかどうかもよくわからなかった(バッファロー・ハットは00年代にファレル・ウイリアムズがリヴァイヴァルさせている)。ウエストウッドがどんな顔なのかさえわからなかったので、僕は映画『グレート・ロックンロール・スウィンドル』のレーザーディスクを買い、セックス・ピストルズが女王在位25周年を祝うジュビリー当日にテームズ河に浮かべた船上でボート・パーティを開催し、〝God Save The Queen〟を大音量で演奏するシーンを何度も繰り返し観たけれど、警官たちと揉み合うマルカム・マクラーレンは確認できてもウエストウッドが逮捕された瞬間は判然としなかった(ちなみに『グレート・ロックンロール・スウィンドル』にフィーチャーされた〝Who Killed Bambi〟はテン・ポール・チューダーとヴィヴィアン・ウエストウッドの共作)。それどころかローナ・カッター監督のドキュメンタリー作品『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観るまで、僕はニューロマンティクスが下火になってから子どもを育てるお金がなくなくなったウエストウッドが生活保護を受けていたことも知らなかった。僕がカーキ色のジャケットを買い取った頃である。当時は誰と話してもイギリスへ行ったらBOYのキャップやパンクTシャツの1枚や2枚は買ったよと話し合っていた時期なのに。あの売り上げはウエストウッドには入っていなかったのだろうか。同じドキュメンタリーでウエストウッドはパンクについては語りたくないと最初は口を閉ざしてしまう。追悼記事のほとんどが「パンク・ファッションの女王が……」という見出しを立てているというのに、ウエストウッドにとってパンクは思い出したくない過去だということもちょっとショックだった。監督がねばりにねばって最後は経営実態まで細かく語り始め、それもまた驚くような内容だったけれど、同作は全体にお金のことが明確に語られているところが新鮮な作品だった。

  ヴィヴィアン・ウエストウッドは80年代の後半にファッションの方向性を大きく変え、いわゆるヴィクトリア回帰を果たしたとされる。パンクやバッファローとは異なり、確かにエレガントと呼べる性格のものにはなっていたけれど、裾が広がれば広がるほどいいとされた19世紀のスカート(クリノリン)をミニにカットするなど、そのアイディアは上流階級のパロディと言われたり、過去(束縛された女性)と未来(自由になった女性)を同時に表現したとも評され、目に見えない部分では男性用ファッションを素材レヴェルから女性用につくり直すなど、対決を意味するコンフロンテイション・ドレッシングはひそかに続いていたともいえる。92年にバッキンガム宮殿で大英帝国勲章を受賞する際にはスカートに大胆なビキニとスケスケのタイツ姿で現れ、物議を醸す一幕もあった(これには宮殿に所属する写真家の撮り方に悪意があったとウエストウッドは反論している)。一方でBボーイ・ファッションを低脳呼ばわりするなど、クレジットの入れ方を巡って20年間の付き合いに終止符を打ったマルカム・マクラーレンが新たに入れ込んでいたヒップ・ホップには冷たく当たり、ストリート・カルチャーとは決定的に距離を置こうとしたことも確かである。ニューロマンティクス時代の最後に単独で「ウィッチ」というコレクションを発表したウエストウッドはキース・ヘリングをフィーチャーすることで自動的にマドンナが広告塔になってくれるなど、実際にはストリート・カルチャーが彼女の名声を後押しした面があったにせよ。マクラーレンとの残念な結末とは対照的に『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観ると彼女の後半生は大学の教え子だったアンドレアス・クロンターラーとの愛の物語であったこともよくわかる。クロンターラーの献身ぶりやウエストウッドを支える彼の努力は並大抵ではなく、彼女もそれがわかっているところはなかなかに感動的だった。オーストリー出身のクロンターラーは92年にウエストウッドよりも25歳下の夫となり、25年間にわたって発表してきた「ヴィヴィアン・ウエストウッド・ゴールドレーベル」は実質的にはクロンターラーが手掛けていたも同然だったと発表し、ブランド名も「アンドレアス・クロンターラー・フォー・ヴィヴィアン・ウエストウッド」に改名されている。

  00年代に入るとウエストウッドは政治的言動を強く繰り出すようになる。とくに「気候変動」に関しては語気が荒く、行動力もかなりのものがあり、緑の党支持を表明しているものの、ヴィヴィアン・ウエストウッドの商品にはポリエステルが使われているなど矛盾を指摘されることも多く、かなりな額を寄付したにもかかわらず緑の党からイヴェントに出演することを拒否されたこともある。驚いたのはシェール・ガスの掘削に反対してキャメロン首相の別荘に戦車で向かって行ったことで、何が起きているのかわからなかった僕はスケートシングと動画を送りあったりして、その夜は、一晩中、大騒ぎになった。道が細くなってウエストウッドを乗せた戦車が別荘に突っ込むことはできなかったけれど、戦車の上から拡声器で抗議する姿を見てウエストウッドがパンクを全うしていることは確かだと思った。またウィキリークスを高く評価していて、アメリカ政府に指名手配され、エクアドル大使館で軟禁状態となっている主幹のジュリアン・アサンジを長期にわたってサポートし、クロンターラーと2人で獄中結婚の衣装をデザインしたり、アメリカ政府への引き渡しに反対して裁判所の前でウエストウッド自らが鳥かごに入って宙づりにされるというパフォーマンスも行なっている。05年にはキャサリン・ハムネットが90年代に定着させたメッセージTシャツに「私はテロリストではない。逮捕しないで下さい(I AM NOT A TERRORIST, please don't arrest me)」というメッセージに赤いハート・マークを付け加えてトレンドTシャツとして生まれ変わらせ、ワン・ダイレクションのゼインがこれを着てツイッターで広めたり、ジェレミー・コービンが労働党党首になった時は派手に応援し、ボリス・ジョンソンに大敗を喫することも。政治に比べてTVドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』で使われたウェディング・ドレスが1時間で売り切れたとかファッションの話題が少ないことは気になるところだけれど、『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観ると、そっちの方はクロンターラーがちゃんとやっているのかなと思ってしまうのはやはりマズいだろうか。

  05年に姪たちを連れて森アーツセンターギャラリーで開催されたヴィヴィアン・ウエストウッド展を観に行くと、まだファッションには興味がなかった彼女たちの反応は「魔女みた~い」というものだった。確かに装飾過多だし、とくに黒い服が集められた部屋は森の中にいるみたいで、妙な落ち着きがあった(日本ではゴスロリや矢沢あい『NANA』が流行の火つけ役になったと言われるし、ヴィヴィアン・ウエストウッドが人の名前だと思っていない世代には福袋で有名みたいだし……)。パンク・ロックは遠い夢。ヴィヴィアン・ウエストウッドが家族に囲まれて静かに息を引き取ったことを知らせる公式アカウントには「ヴィヴィアンは自分をタオイストだと考えていた」と綴られている。イギリスはニューエイジ大国なので驚くまいとは思うけれど、ここへ来て最後にタオイストというのは与謝野晶子のアナーキズム擁護に通じる空想性を想起させ、あんまり聞きたくなかったなとは思う。ヴィヴィアン・ウエストウッドの真骨頂はやはり力が漲るデザイン力であり、無為自然という意味でのアナーキズムではなく、大胆に布をカットするように制度として立ちはだかる壁を突破しようとする実行力に直結させたことだと思うから。またひとつパンクの星が消えてしまった。R.I.P.

編集後記(2022年12月31日) - ele-king

 2022年はことばに力のある音楽が多く生み落とされた年だった。あくまで自身の体験にもとづきながら、自分をとりまく社会の存在を浮かび上がらせるコビー・セイを筆頭に、パンクの復権を象徴するスペシャル・インタレストウー・ルーなど、せきを切ったようにさまざまなことばが湧き出てきた。それはもちろん、2020年以降の世界があまりにも激動かつ混迷をきわめていたからにほかならない。
 日本には、七尾旅人がいた。パンデミックやジョージ・フロイド事件以降の世界を鋭く描写しながら、しかしけっして悲愴感を漂わせることなく、ぬくもりあふれるポップな作品に仕上げる手腕は、問答無用で今年のナンバー・ワンだろう。ほかにも、たくさんのことばが紡がれている。それらの動向については紙エレ年末号で天野くんがまとめてくれているのでぜひそちらを参照していただきたいが、個人的にもっとも印象に残ったのは tofubeats だった。
 レヴューで書いたことの繰り返しになってしまうけれど、「溺れそうになるほど 押し寄せる未来」という一節は、どうしたってペシミズムに陥らざるをえない2022年の状況のなかで、「失われた未来」のような思考法と決別するための果敢な挑戦だったと思う。もともと『わが人生の幽霊たち』でその考えを広めたマーク・フィッシャー当人も、つづく著作『奇妙なものとぞっとするもの』では資本主義の「外部」について試行錯誤し、いかにペシミズムから脱却するか、あれこれ格闘していたのだった。来年はいよいよ『K-PUNK』の刊行を予定している。どうか楽しみに待っていてほしい。
 もうひとつ、その『奇妙なものとぞっとするもの』でも論じられていたアンビエントの巨匠、ブライアン・イーノが新作で歌った「だれが労働者について考えるだろう」というフレーズも強く脳裏に刻まれている。振り返れば、2022年の大半はイーノについて考えていたように思う。別エレの特集号、大盛況に終わった展覧会「AMBIENT KYOTO」とその図録の制作、6年ぶりのソロ・アルバム。人民のことを忘れない彼のことばにも、大いに励まされたのだった。

 本をつくるのはほんとうに大変だけれど、それは自分が明るくない分野の知見に触れる、絶好のチャンスでもある。個人的に今年は『ヴァイナルの時代』と別エレのレアグル特集号、そして現在制作中のサン・ラーの評伝に携われたことが、非常に大きな経験になった。エレクトロニック・ダンス・ミュージックのルーツがブラック・ミュージックにあること、それを忘れてはならない。
 2022年、ele-king books は24冊の本を刊行している。あたりまえだが、本はひとりではつくれない。協力してくださった著者、ライター、通訳、翻訳者、カメラマン、イラストレイター、デザイナー、印刷会社や工場、流通のスタッフ、そしてもちろん購読者のみなさま、ほんとうにありがとうございました。来年も多くの企画を準備しています。2023年も ele-king books をよろしくお願いします。

 最後に。故ミラ・カリックスの思い出として、1曲リンクを貼りつけておきたい。

 それではみなさん、どうぞよいお年を。

mira calix - a mark of resistance (radio edit)

John Also Bennett - ele-king

 『Out there in the middle of nowhere』の幕開けを飾る “Nowhere” のスチール・ギターの音が聴こえてきたとき、ぼくはかなり意外な気持ちだった。彼が関わる作品を聴くときに期待している柔らかなミドルを、スチール・ギターの持つ鋭い高音が引き裂いてしまったからだ。ここからもわかる通り、今作はいままでの彼の作品に対して批評的な視点を持つものだ。

 と、話を進めてしまう前に、JAB こと、ジョン・オルソー・ベネットという作家について掘り下げておいたほうがいいだろう。彼は〈Kranky〉からもリリースがある、フォーマ(Forma)というシンセ・ウェイヴ・バンドで活動をするかたわら、妻である Christina Vantzou との共作を2018年、2020年に1作ずつリリースしている。どちらも、まるでそよ風や水の流れる音が持つ空気感を音響に精錬したかのような、シンセサイザーやピアノのやわらかい音が印象的な作品だった。その音響へのまなざしは、いままでの彼のリリースをいくつか手がけている、〈Shelter Press〉を運営する実験音楽家、フェリシア・アトキンソン と共通のものがあるだろう。
 またソロ名義である JAB の作品においては、共作でも使用されていたフルートによる音響構成をさらに練り上げている。波打つドローン・シンセの音と、フルートの少しカサついた質感が絡みあう、2019年作の『Erg Herbe』はリラクゼーションばかりではなく、精神世界に沈滞していくような瞑想性を持つ名作だった。

 そうした JAB の作家性を前提とすれば、冒頭一曲目、“Nowhere” のスチール・ギターが生み出す強いアタック音は、彼がいままで紡いできた、あらゆる「でっぱり」や尖りをヤスリで削った、ビロードのような音響感覚から離れたものであることがよくわかるだろう。しかしゆったりとしたタイム感で奏でられるスチール・ギターのバッキングが繰り返されるうちに、スチール・ギターの長い残響から、本来減退するべき余韻が自律し、特定の周波数がせり出てくるような不思議な音場が立ち現れていることに気が付く。
 その音響の変化は決して劇的ものというわけではない。ギターらしいキラキラとしたアタック音の本体は残ったまま、その残響がひとつの独立した音響──以前の彼らしい、ドローン・シンセ的なサステインの長い発信音──にまで引き伸ばされていく。リリース・インフォによるとこの独特の音場は、スチール・ギターの響きに加工を加えることで作られたもののようだが、それはまるで彼の以前までの作品のもつ現代的な音響感覚が、毛羽だったスチール・ギターのクラシックな音響のなかから削り出されていく過程そのものを表現しているかのようだ。
 またこの「過程」は、アルバムの進展のなかでも表現される。今作の最終楽曲(デジタル版ではボーナス・トラックが一曲追加されているため最後から二番目の楽曲となる)“Embrosnerόs” では、JAB が以前から好んで使用した DX7 のシンセの音と、スチール・ギターの引き伸ばされた残響が混ざり合い、ひとつの「層」のような音響が構成されており、スチール・ギターの尖った響きはすっかりそこに飲み込まれてしまっているのだ。

 ところで本作は、サウスダコタ州のバッドランズの地形や風景から霊感を受けたものであり、録音自体もバッドランズ国立公園でおこなわれているのは興味深い。乾燥した気候と植生の貧しさゆえ、バッドランズでは水と風による浸食作用が激しく働き、複雑な谷と崖が形成され、谷や崖の断面には数万年かけて堆積していった砂や泥や粘土が層をなして折り畳まれているという。
 おそらくこの作品には、バッドランズの地層に宿るような、壮大な時間に対する諦念のような感覚があるのだ。動植物の死骸が経年のなかでカラカラに乾燥した砂礫に変わり、滑らかな地層を形成していくように、スチール・ギターのとがったアタック音はのっぺりとしたテクスチャーにすり潰され、『Out There In the Middle of Nowhere』というひとつの「地層」のなかに織り込まれていく。またバッドランズで録音されたであろう、乾燥した草の擦れる音や砂礫を踏みしめる靴の音などの今作に配置されている様々な環境音にしても、時間の流れのなかに溶け去ってしまうことをあらかじめ知っているかのような哀愁を湛えている。

 JAB がいままで志向していたニュー・エイジ〜アンビエント的な柔らかさが、感情の起伏を忘れさせていくようなある種の無時間性をもつものだとしたら、今作は経年劣化の過程、時間の流れそれ自体をぼくらに意識させる。いや、単に「時間の流れ」といってしまうのは正確ではないだろう。『Out there in the middle of nowhere』は地層を形作るほど途方もない時間のなかにぼくらを運び去るのだ。意識も、身体も、それらが作り出す自他の境界も、スチール・ギターの鋭い輪郭も、すべて崩れ去っていくほどの長い時間……。
 ここにあるのはいくらかペシミスティックで、荒涼とした想像力かもしれない。しかしこのようなイメージは、ソーシャル・メディアの発達ですっかり肥大化してしまった自己意識と、それが形作るプライベートな時間に閉じ込められてしまっているぼくらを、別の時間の尺度のなかにセットし直してくれるものでもあるはずだ。
 原音よりも長く引き伸ばされたスチール・ギターの残響が教えてくれる通り、ぼくらの自己意識が経験している「ウェットな」時間よりも、感情や精神がすっかり抜け落ちてしまったあと、ぼくらの物理的な身体が経験するであろう「ドライな」時間の方が、ずっとずっと長いのだ。

interview with Pantha Du Prince - ele-king

 2022年はビヨンセが高らかに、ハウスがもともとブラック・ミュージックでありゲイ・コミュニティから生まれた音楽であることを訴えた年だった。テクノでいえば、2018年からディフォレスト・ブラウン・ジュニア(スピーカー・ミュージック)が「テクノを黒人の手にとりもどせ(Make Techno Black Again)」を掲げて活動している。そういった動きを受けこの見出しをつけたわけだが、ホワイトウォッシング(白人化:詳しくは紙エレ年末号の浅沼優子さんのコラムを)が問題の時代にあって、いわゆるミニマル・テクノ~ハウスにくくられる音楽をやっているパンサ・デュ・プリンスことヘンドリック・ヴェーバーが、それらのルーツを忘れていないことは重要だろう。
 最新作『Garden Gaia』のサウンドや彼の来歴については、先日のアルバム・レヴューを参照していただきたい。今回は《MUTEK.JP》出演のため初の来日を果たした彼に、清らかで逃避的なあの音楽がどのように生まれたのか、その背景を探るべくいくつかの質問を投げかけている。サウンドから予想されるとおり感じのいい気さくな人柄で、好きな音楽から環境問題まで、大いに語ってくれた。

都会からちょっと離れたところに行くと、いきなり手つかずの自然が広がっていたりするんです。そのぶつかり合いみたいなところが好きなんです。たとえば東京も、すごく都会なんですけど、少し歩くだけで田舎のようなところに出たり、みんなが知らないような自然があったり。

今回が初来日ですよね。どこか行かれましたか? 気になるものはありました?

ヘンドリック・ヴェーバー(以下HW):じつは日本に住んでいるインテリア・デザイナーの友人がいるんです。彼に渋谷とかを案内してもらって、カフェとか、「COSMIC WONDER」というブランドのストアに連れていってもらいました。月曜日(12月12日)からは「Sense Island」という島(横須賀市猿島の無人島)のエキシビションのようなイヴェントに行く予定です。まだそれほど観光できていないので、ほかにもいろいろ見てまわりたいなと思っています。ドイツにも日本人の友人がたくさんいるんですよ。竹之内淳志さんという日本のマスターから舞踏を習っていて。だから日本とは強いつながりを感じています。

現在の拠点はベルリンですか?

HW:エリア的にはそうですね。ベルリンの郊外に住んでいます。

あなたの2004年のデビュー作はミニマルなダンス・ミュージックにフォーカスするベルリンのレーベル〈Dial〉から出ていました。今年は〈Perlon〉からメルキオール・プロダクションズ15年ぶりのアルバムが出て話題になりましたが、現在でもベルリンのミニマルのシーンは勢いがあるのでしょうか?

HW:わかりません(笑)。以前と比べて、わたし自身変化したし、スタイルも少しずつ変わってきました。いまでもクラブでプレイしますが、自分のジャンルはどんどんちがう方向へ向かっているし、コンパクトさやミニマルさは薄れて自分独自のジャンルを確立できてきていると思うんです。いまはクラブだけでなく、クラシック音楽やアンビエントのフェスティヴァルでも演奏しますし、ほんとうに幅が広がったんです。最近はモダン・アートやヴィジュアル・アート、サウンド・アートの場で演奏することもあります。わたしの音楽はひとつのセッティングだけで完結するものではありません。オーディエンスのひとたちが座って聴くこともできれば、パーティでダンスしながら聴くこともできるし、あるいはふつうのコンサートのように楽しむこともできる。時間帯や場所もさまざまで、幅広い層に聴いてもらえる音楽に変わってきていると思います。

そのようにご自身の音楽が変わっていくきっかけになったことはありますか?

HW:やっぱり自分自身が変わってきて……たとえば自分の身体やフィーリングについて知るようになっていったことが、ひとつのきっかけとしてあるように思います。それともうひとつ、「音楽はつねにすべてのひとのものである」という意識が自分のなかにあって。夜クラブに来るひとたちのためだけではなく、あらゆるひとに届けられる音楽をつくることに興味がありました。それで、みなさんが家で聴いても楽しめる音楽をつくりたくて、自然と変化していったのかなと。あと、自然環境とのつながり、植物や動物と人びととのつながりを表現したいというのもありますし……まわりのひとたちにも自分自身について知ってもらうことで、自分たちが周囲とどうつながっているかを追求できますし、それにともなって音楽も変わっていくんだと思います。わたしはアルコールも飲まないしドラッグもやらないので、まわりの人たちや環境から影響されて変わっていったんだと思いますね。

自然とのつながりというお話が出ましたが、あなたの音楽にはよく鳥の鳴き声と水のフィールド・レコーディングが導入されています。「自然」のなかでも、とりわけ「鳥」と「水」にフォーカスするのはなぜですか?

HW:わたし自身がもっとも多くの時間を過ごすのがそういう場所なんです。もちろん東京みたいな都会も好きですよ。人びとが集まっているエナジーを感じますが、でもやっぱり自分は自然のなかでインスピレイションをもらったり、自然とつながりを感じることが多いんです。リラックスできますし、身体的にも精神的にも癒されますし。健康を保つためにはとてもたいせつな場所なんです。だからよく森に行って鳥の鳴き声を聴いたり、海辺に行ったり、あと南スペインやハノーファーに行ったり。今回のアルバムはじっさいにそういう場所でレコーディングしました。都会からちょっと離れたところに行くと、いきなり手つかずの自然が広がっていたりするんです。それがとてもおもしろくて、そのぶつかり合いみたいなところが好きなんです。たとえば東京も、すごく都会なんですけど、少し歩くだけで田舎のようなところに出たり、みんなが知らないような自然があったり。
 鳥にかんしては……鳥ってもっとも古くから存在する動物なんです。恐竜が鳥になったんです(※鳥は恐竜の一種だと考えられている)。だから鳥の鳴き声を聴くと、人生や歴史、いろんなものが混ざりあって考えさせられるんです。テクスチャーも、フリークエンシーがとても複雑で、それがすごくおもしろい。小さい動物なのにあんなにインパクトのある大きなサウンドをつくりだすことができるのはすごいと思います。水も、ヴァラエティ豊かですばらしい。速い流れと遅い流れで音がぜんぜんちがうし、山からちょっと流れてくる少量の水でも地面や草に流れる音がありますし、アグレッシヴで強い音が出たと思いきや、アンビエント的でハーモニーのような美しい音も出るし、ラウドな音も出るし。美しい音がいきなり強い音に変わったり、ちょろちょろした小さな音でも奇妙に、危険に感じられることもある。そういった水の音の幅広さはすばらしいです。だから鳥と水が多いんです。

自然への関心は幼いころから抱いていたのですか?

HW:そうですね。もちろん小さいころから興味はありました。自分は都会のそばに住んでいて、都会と田舎のあいだで育ったんですが、どちらも孤独を感じます。

都会の孤独というのは、「ひとがいっぱいいるけどだれも知り合いじゃない」みたいな感覚でしょうか?

HW:そうです。逆に田舎の場合は、文化や文明が恋しくなる。自分のまわりにその両方があることが当たり前の環境で育ったんです。

病気になることは必ずしもダメなことではありません。それによってからだがバランスをとれるようになり、もっと強くなる。メンタルヘルスについてもおなじだと思います。なにかよくないことがあっても、それはよりよい方向へ変化するためのステップだと思うんです。

新作『Garden Gaia』の制作は、パンデミック中ですか? ウイルスも自然から発生するものですが、人間たちに壊滅的な状況をもたらしました。先ほど自然と都会のバランスについての話がありましたけれど、今回の新型コロナウイルスについてはどう思いましたか?

HW:非常に複雑な状況だったと思うんですが、人間が変化するべきだという警告だったような気もします。もっとサステイナブルに生きよう、自分の健康にも気をつかおうと思いましたし、コミュニティでひとと一緒になにかをやることのたいせつさにも気づきました。そして自分にとってなにが幸せなのか、なにが自分を幸せにしてくれるのか考えさせられました。多くを学べるいいレッスンだったと思っています。自分たちの人生においてなにがたいせつかという問いを持ち、自身の心をより深い部分まで掘り下げるようになりましたし、起こっていることと自分とのつながりについても考えるようになりました。コロナって、みずからそれを受けいれないといけないんですよね。それによって自分の体も変化していくと思うんです。ワクチンもそうです。もしかしたらもうみんなに抗体ができているのかもしれない、わたしのなかにも存在しているのかもしれない──そうやってひとのからだも、なにかがあるたびにそれを受け入れることで変化していくんだなと感じました。これはわたしたちにとって新しいチャレンジだと思います。どう受けいれ、どう付きあっていくか、どう変化していくかがたいせつです。あと、ひとりではなにもできないこと、すべてがつながっていることにも気づかされましたね。パンデミックが起こったら、日本だけではどうすることもできないし、ドイツだけでも中国だけでもダメだし、やっぱり世界じゅうのみんながつながって、みんなでなにかをしないと乗りこえることはできないんです。
今回のパンデミックでは、ガイア(※大地、地球)という大きなもののなかでみんながつながってシステムを形成し、それが機能していることのバランスを強く感じました。そのバランスを表現して、世界に発信したいと思いました。たとえば、病気になることは必ずしもダメなことではありません。それによってからだがバランスをとれるようになり、もっと強くなる。メンタルヘルスについてもおなじだと思います。なにかよくないことがあっても、それはよりよい方向へ変化するためのステップだと思うんです。受けいれて、変化していく。まわりとバランスをとりながら、乗りこえていく。そういったつながりとバランスを感じる機会が今回のパンデミックでした。

わたしはエレクトロニック・ミュージックが好きでよく聴くのですが、ときどきエレクトロニック・ミュージックが電気を使わざるをえないことについて考えます。クラブのサウンドシステムもそうですし、ヴァイナル・レコードやCDの生産もそうで、石油由来のものをいっぱい使わなければいけない。と同時にわたしたちは、気候や自然について考えることを避けて通れない段階にきている──そういったテクノロジーと自然の関係についてはどう思いますか?

HW:じつはわたしは、テクノロジーと自然を分けて考えていないんです。文明が生まれたことにより、自然も人類も発達してきたと思っています。わたしにとってより重要なのは、いかにテクノロジーを使わないかではなく、どのように使うかです。じっさいテクノロジーはすばらしいものですし、それを利用することで自分たちの人生をエンジョイすることも、とても大事なことです。飛行機に乗ってもいいし、パーティをしてもいい。ただ、それらを楽しむなかで、どのようにテクノロジーをとりいれ、有効活用できるかを考えることがいちばん大事だと思います。使うだけなら簡単ですが、すべてにノーと言うのでもなく、どのようにとりいれて使うか。テクノロジーが生みだすエネルギーはすばらしいものなのだから、その使い方を考えていくべきだ、と。そこがテクノロジーと自然を分けて考えるよりもたいせつなことだと思いますね。

デトロイトのすべての音楽もそうです。セオ・パリッシュや友人になったマッド・マイクからは強く影響を受けています。それらすべてが、自分の音楽からは聞こえてくるんじゃないかなと思います。

もっとも影響を受けた音楽や作品はなんでしょう?

HW:すごくたくさんの音楽から影響を受けましたね。うーん……まず、ドイツのクラウトロックからは大きな影響を受けました。ハルモニアやクラスター、もちろんノイ!も。80年代後半のイギリスのインディ・ミュージックからも大きくインスパイアされましたね。あとたとえばパン・ソニックだったり、日本のノイズ・ミュージック。すごく好きなのは……カールステン・ニコライ、〈Mille Plateaux〉、池田亮司。とくに〈Mille Plateaux〉からは特別な影響を受けました。〈Mille Plateaux〉と、〈Mego〉ですね。フロリアン・ヘッカーだったり……あとはフランシスコ・ロペス。もちろん、リカルド・ヴィラロボスやベーシック・チャンネルもですし、ハウスだとハーバートですね。デトロイトのすべての音楽もそうです。セオ・パリッシュや友人になったマッド・マイクからは強く影響を受けています。それらすべてが、自分の音楽からは聞こえてくるんじゃないかなと思います。子どものころはクラシック音楽をよく聴いていたので、その影響も大きいです。バッハやリスト、シューベルト。とくにシューベルトは自分にとって大きな存在です。それと、リゲティの影響も大きい。……まだまだ出てくるんですが、このあたりにしておきます(笑)。いま挙げたひとたちは自分にとってとても大事なエッセンスになっていますね。

マッド・マイクと友だちになったというのはすごいですね。デトロイトに行ったんですか?

HW:ツアーで会って、いっしょに時間を過ごすことができました。アンダーグラウンド・レジスタンス・ミュージアムに行ったんですが、なんとそこに彼がいて、自分のところに来てくれて、歓迎してくれました。魔法のような体験でした。スペシャルなエディションのレコードを全部くれたりして、とても友好的で、すごくクールないいひとでした。

アンダーグラウンド・レジスタンスのベスト・レコードはなんですか?

HW:フーッ! ……うーん、答えられないな(笑)。……DJロランドの「Knights Of The Jaguar」かな。大きなヒットですけど、自分はヒットが好きなので。いまだに大好きです。ご存じのとおり、わたしの音楽はとてもメロディックだと思うんですが、やはりデトロイトのああいう感じとメロディが合わさることで、よりダークでアップリフティングな感じのサウンドをつくりだすことができていると思います。みんなが知らないようなものを挙げられなくて、アンダーグラウンド・レジスタンス・ファンの答えじゃないですね(笑)。でも、デトロイトのあのコミュニティが世界的な大ヒットを生みだすことができたということがすばらしいですよね。とても賢くて、シンプルなライフのなかで可能性を活かして、規模の大きいものをつくっているところが魅力だと思います。

あなたの音楽には、いい意味での逃避性があると思います。気候危機だけでなく、近年は大きな戦争などいろいろなことが起こり、暗い時代がつづいています。とくに2022年はそうでした。そういったなかで、音楽にできる最良のことはなんだと思いますか?

HW:つねに音楽はそういう役割を担ってきたと思います。たとえばナポレオンの時代にしても、乱世から美しい音楽が生まれています。社会にエネルギーをもたらすのも音楽だと思いますね。そこから生まれるダークでアグレッシヴな音楽にも希望が見えたりするでしょうし。あと、アーティストや音楽それ自体は政治的になってはいけないと思っています。やっぱりコミュニティが大事なんです。先ほども話したように、この地球でどうバランスをとり、どうみんなでひとつになって生きていくかがたいせるだと思います。政治的になりたければ政治家になればいいんです。音楽をつくって届ける身としては、他人とは異なる見方をして、なにが大切か、どんな可能性があるのか、どのような美しさが存在しているかを見つけだして、それをみんなに届けることで、人びとがつながってコミュニティを形成できるようにしたい。それが自分たちアーティストにできることだと思います。たとえばウクライナでも、レイヴ・ミュージックによってみんながひとつになってエネルギーを生みだすことができています。なにがたいせつか、人びとが心でなにを感じているか、そういうものを伝えあって広げていくのが音楽にできることだと思います。

J Jazz Masterclass Series - ele-king

 和ジャズの再発を手がけているUKの〈BBE Music〉が、今度は、オリジナルは100枚などと言われる激レア盤、寺川秀保の自主制作盤『イントロデューシング』のリイシューを出しました。 1978 年の作品で、島根県の益田市「DIG」における演奏を録音しライヴ盤。ビブラフォン奏者の藤井寛がフィーチャリングされている。
 アルバムには、ウェイン・ショーター(『J Jazz Vol. 3』収録の「Black Nile」)、フランク・フォスター(「Simone」)とミルト・ジャクソンとジミー・ヒース(「Rerev」)といったジャズ界を代表する作曲者たちの諸作品の、素晴らしい解釈の演奏を披露している。発売は来年1月23日で、CDとアナログ盤あり。

寺川 秀保 HIDEYASU TERAKAWA / Quartet Live Featuring Hiroshi Fujii
寺川秀保 (ts,ss)
三浦哲男 (b)
“サンダー”中矢アキヒロ (ds)
藤井 寛 (vib)

イニシェリン島の精霊 - ele-king

 オリジナルのポスターは「The BANSHEES」とタイトルが大きく書いてあり、その下に小さく「Of Inisherin」と続けられている。デザインも曇った空のヴィジュアルが使われているので、前回のアメリカンな感じやその前のイギリス的なブラック・ユーモアとは異なり、新作はゴシック調なのかなと思って自動的に脳内でスージー&ザ・バンシーズ〝Spellbound〟が鳴り始めた。しかし、そういった作品ではまったくなかった。どちかというと舞台は100年前のアイルランドで、まだしもポーグスだったけれど、〝Dirty Old Town〟が鳴り響くわけでも、ましてや〝A Rainy Night In Soho〟が奏でられるわけでもない。むしろ音楽が生まれることが楽しい気分とは結びつかない作品であった。音楽はなんのためにつくられるんだよと、マーティン・マクドナー監督にちょっと文句を言いたくなるというか。なにも音楽をダシにしなくてもよかったじゃないかと。

 オープニングは海の波濤。カメラが引かれると孤島が舞台だということがわかってくる(もう少し後のシーンでは対岸のアイルランド本島で戦火の炎が上がっているのも目に入る)。コリン・ファレル演じるパードリック・スーラウォーンが軽快な足取りで山道を歩いている。これはあとで思い知らされることになるけれど、『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』といったランティモス作品でファレルが演じてきた都会のダンディとは似ても似つかない素朴な島民を最初から全身で表現しきっていて、彼の演技にはいきなり唸らされる。始まってまだ2分も経っていない。パードリックは毎日お決まりとなっているパブで一緒にビールを飲むためにブレンダン・グリーソン演じるコルム・ドハティの家を訪ねる。家の前にはコルムの飼っている犬が座っていて、パードリックは犬を可愛がる。家のなかには、しかし、コルムがいない。どうやらそんなことは初めてで、昨日まで2人は毎日一緒にビールを飲みに行くのが習慣だったらしい。1人でパブに行ってみるも、やはりコルムはいない。どうしたんだろうとパブの店主とともにパードリックは首を傾げる。そこへ少し遅れてコルムが現れる。コルムは自分のビールを受け取ると店の外に置いてあるテーブルに座って1人で飲み始める。どうしたんだよと、後を追ってパードリックも同じテーブルに座り、コルムに話しかけると、コルムはパードリックにお前とは絶交だと告げる。パードリックには思いあたる節がなく、自分が何かしたのかとコルムに問う。コルムは理由を説明しない。

 コリン・ファレルとブレンダン・グリーソンの演技が上手すぎて、前半ではぜんぜん気がつかなかったのだけれど、この映画は「神話」として描き出されている(傷口を止血しようとしないシーンでそうだとわかった)。「神話」というのは物語に軸が置かれすぎて、個々の登場人物に膨らみがなく、僕はあまり好きではない。今年、亡くなったばかりなのであまり批判的なことは書きたくないけれど、青山真治監督の映画はそのせいでどうも作品に入り込めず、『共食い』(13)を観るまではいつも距離を感じていた。『イニシェリン島の精霊』もこれが「神話」だと気がついた時点で、冒頭のシーンに立ち返ってみると、一気に解釈が変わってくる。2人の男の友情や亀裂の話に見せて、この作品が問題にしているのはブレクジットであり、トランプ現象である。どうしてこんなことになってしまったのか。(以下、ネタバレというか解釈。映画を観てから読むことをお勧めします。ほんとに)コルムが絶交を切り出したのは、遡れば「宗教改革」の喩えである。孤島で素朴に生きているパードリックはいわばカトリック信者で、作品中の言葉に倣えば「いい奴」であることが最も大事なこと。彼は毎日、牧畜業に精を出し、働いた後は友人たちと楽しくビールを飲む。それ以上は望まない。神の恵みがそれ以上ではないからである。コルムも以前はそのような生き方をしていたのだろう。しかし、彼はパードリックに絶交を言い渡してからは毎日、作曲にのめり込み、「生産的」であろうとする。そのためにはパードリックのバカ話をこれ以上、聞いているヒマはないと判断する。コルムはいわばマルティン・ルターである。物語はかつてのような親交を取り戻したいとパードリックが悩み、コルムとのコミュニケーションを取り戻そうとする過程で悲劇的な流れが加速していく。2人の対立関係は最終的に後戻りできないものとなり、パードリックはコルムに「終わらない方がいい戦いもある」と、絶望的なひと言を告げて映画は終わる。「生産性」を重視するプロテスタントに、人間の力ではなく「神の恩寵」を重視するカトリックが反撃を開始し、いわば「宗教改革」に対する逆襲が始まったのである。ブレクジットもトランプ現象も根底にあるのは宗教戦争で、陰謀論とかフェイクというかたちをとっているかに見えるけれど、「一生懸命に信仰すること」が「一生懸命に働くこと」に取って代わった16世紀から現在の新自由主義に至る500年の流れを反転させたいのである。それをマクドナー監督は「終わらない方がいい戦いもある」と表現し、もしかすると無意識に支持している。妥協点はない。繰り返すけれど、舞台はカトリックの国アイルランドが選ばれている。

 宗教戦争というとブレクジットやトランプ現象に急に距離を感じる人は多いだろう。僕もヨーロッパの一神教とは無縁なので、この映画を観るまで宗教改革とそれらを結びつけることはなかった。そして、距離があるということはこの問題を俯瞰的に眺める位置にいるということであり、宗教改革によって「一生懸命に信仰すること」が「一生懸命に働くこと」にすり替わったことよりも、かねてから西欧人が「一生懸命」なことが問題なのではないかと思っていたことが確信に変わった。プーチンによるウクライナ侵攻が始まった時、「まだ戦争なんてことが起きるのか」と驚いていた誰かのひと言に触発されて、僕は「国家対国家」の戦争というのは、近代以降、西欧に特有の現象ではないかと思い、アジア、アフリカ、そしてラテン・アメリカでは西欧諸国が絡まない「国家対国家」の戦争がどれだけあるのか調べてみた。全部を調べ切れたわけではないけれど、日本を除くアジアでは西欧が絡んだインドネシア戦争の余波で起きたカンボジア-ヴェトナム戦争などを除くと、19世紀の泰越戦争やネパール~チベット戦争、20世紀に入ってからの印パ戦争ぐらいしか起きていず、アフリカでは(モシ王国やダホメ王国、それとキューバを巻き込んだ南アフリカ国境紛争は説明が難しくなるので省略し、小さな国境紛争を除くと)やはりオガデン戦争、ウガンダ~タンザニア戦争、第1次コンゴ戦争、第2次コンゴ戦争ぐらいで、ラテン・アメリカは西欧人の流入があったせいか、ペルーがチリ、コロンビア、そしてエクアドルとは3回も戦争をしたのが最多で、ブラジルとアルゼンチンのシュプラティーナ戦争、最も悲惨と言われた三国同盟戦争、ブラジルとボリビアのアクレ紛争、ボリビアとパラグアイのチャコ戦争、エルサルバドルとホンジュラスのサッカー戦争などで、アメリカが絡んだサンディーノ戦争やグレナダ侵攻に南米諸国が巻き込まれた例をいくつかを加えてもやはりそれほどの数ではなく、西欧諸国同士や西欧諸国がアジアやアフリカに仕掛けた戦争の数とは圧倒的な開きがあるのだとわかった。アジア、アフリカ、南米ではむしろ内戦の回数が尋常ではなく、問題なのは内輪揉めであって、そうなると考える内容はまた別なことになると思うけれど、日本やトンガが何度か先制攻撃をかけて侵略戦争を始めた国だということもこれまでとは感じ方が変わってきた。いずれにしろ戦争を生み出してきたのは圧倒的に西欧人の「一生懸命」であり、『イニシェリン島の精霊』でもプロテスタントの「一生懸命」は中盤から理解不能な行動様式へとエスカレートしていく。そう、マクドナー監督はプロテスタントの行動様式やそれをドライヴさせているリベラル思想に異様なイメージを貼りつけようとしていると僕には見える。そうは見えなかった、教養のないパードリックの方がやはり共感できないという人もいるのかもしれないけれど(妹の存在がその気持ちを後押しする)、パードリックにはもう戦いをやめる気はない。『イニシェリン島の精霊』はブレクジットやトランプ現象はこれからが始まりだと告げている。宗教改革は短く捉えても133年は続いている。

 いまから思えばブレクジットやトランプ現象を予見させるひと言はローラン・ガルニエの口から最初に聞いたことを思い出す。remixのインタヴューだったと思うけれど、フランスの大統領選にニコラ・サルコジが勝利したことについて感想を求めたところ、彼は「初めて隣人が信じられなくなった」と語っていた。あの時、明らかにガルニエは分断を肌で感じとっていた。パードリックがコルムに絶交だと告げられた時と同じショックをガルニエは言葉にしていたのである。あれが始まりだったとすれば133年のうち15年が経過したことになる。映画のストーリーはもっと複雑多岐で、登場人物も多いけれど、ここには書かない。女性問題もあるし、警察権力や教会権力の問題も丁寧に織り込まれている。生活感もあれば、スピった要素もあって(バンシーズだしね)、物語の奥行きは実にだだっ広い。「いい奴」を定義するために動物と人間の距離もしっかりと描かれ、どこをとっても雑な部分はない。『スリー・ビルボード』から5年が経っているだけのことはある。ele-kingは音楽情報サイトなので、ひとつだけ主題と関係ないことを書いて気晴らしをすると、コリン・ファレルと共に『聖なる鹿殺し』に出演していたバリー・コーガンがここではまるでシェイン・マガウアンにしか見えない。ニュー・ウェイヴのファンなら誰もがそう感じることだろう。しかも、音楽に勤しむコルムがフィドルを弾く姿はザ・ポーグスのメンバーとダブって見え、余計にそれらしさが増している。そういえばおとといはクリスマスだったのに〝Fairytale of New York〟を聞かなかったな。いまからでも聴いて、そして、もう寝よう。世界は溟い。

interview with Nosaj Thing - ele-king

 取材に入る直前。インタヴュー・カットを撮りたいので、最初の数分だけ照明を落とさせてもらいますと、そう伝えた。「大丈夫、暗いほうが好きだから。暗いのはいい」。その返答は、まさに彼の音楽を体現していた。どこか内省的で、しかしけして感情を爆発させることはない音楽。映像喚起的で、光よりも影のほうを向いてしまうタイプの、マシン・ミュージック。
 バックグラウンドは00年代後半の西海岸にある。いわゆるLAビート・シーンが彼のスタート地点だ。当地のDJ/プロデューサー/エンジニアであり、レーベル〈Alpha Pup〉の主宰者でもあるダディ・ケヴが、ビートメイカーにフォーカスしたパーティ《Low End Theory》を開始したのが2006年。そこでケヴがノサッジ・シングの(のちにファースト・アルバム『Drift』に収録されることになる)“Coat Of Arms” をヘヴィ・ローテイションしたことが、彼のその後の飛躍につながった。
 とはいえデイダラスフライング・ロータスティーブスといったあまたの才能ひしめくムーヴメントの渦中、やはりノサッジ・シングの音楽はどちらかといえば控えめに映るものだったのではないだろうか。以下に読まれる「日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる」との本人の弁は、まさに彼の音楽の特徴をよくとらえている。間を活かし、表面的な華やかさよりも、ある種の静けさや落ち着きのなかに独自の雅を展開していくこと。2010年代に入りチャンス・ザ・ラッパーやケンドリック・ラマーといった大物をプロデュースしたり、トラップの感覚とエレクトロニック・リスニング・ミュージックを折衷する『Fated』や『Parallels』といったアルバムをつくり終えた今日でも、その軸はまったくブレていない。

 むろん、変化している部分もある。この秋リリースされ、年明けにアナログ盤の発売を控える5枚目のアルバム『Continua』に色濃くあらわれているのは、マッシヴ・アタックやトリッキーといったブリストルのサウンド、かつてトリップホップと呼ばれた音楽からの影響だ。
 最たる例はジュリアナ・バーウィックを迎えた “Blue Hour” だろう。この曲がまたとんでもなくすばらしいのだけれど、驚くなかれ、ふだん声をあくまでひとつのサウンドとして利用している彼女が、ここでは歌詞を書き明瞭に歌っている。ゲストに新たな試みを促す力が、ノサッジ・シングの「暗い」トラックには具わっているにちがいない。
 バーウィックはじめ、ほとんどの曲にゲストが招かれている点も大きな変化だ。サーペントウィズフィートトロ・イ・モワパンダ・ベアなどなど、多彩かつジャンル横断的な面子が集結しているが、なかでも注目しておきたいのは今年素晴らしいデビュー・アルバムを送りだしたコビー・セイと、ele-king イチオシのラッパー=ピンク・シーフ。ここでもまたノサッジ・シングは、普段の彼らからは得られない、声の抑揚やムードを引きだすことに成功している。
 ほの暗く、静けさを携えながらも、内にさりげない光彩を潜ませた音楽──それは、激動の一年を締めくくろうとしているわたしたちリスナーが、じつはいちばん欲しているものかもしれない。間違いなく、すごくいいアルバムなので、ぜひ聴いてみてほしい。

マッシヴ・アタックやポーティスヘッド、トリッキー、アンクルとか。そういったものにインスピレーションを得ました。

NYにいる友人から聞いた話では、いま物価の上昇がすごいらしいですね。レストランにふたりで入ると以前は50ドルで済んだところが100ドルはかかるようになったそうです。LAはどんな具合でしょうか? NYはパンデミックで仕事を失った人も少なくなく、さらに追い打ちをかけるように物価高になり、ホームレスや精神不安を抱えるひとも増え、治安も悪くなったと聞いています。

NT:やっぱりLAも同様にインフレがひどくなりました。とくにガスの料金がすごく上がっていてみんな苦しんでいます。ホームレスにかんしては、LAはここ10年くらいずっと問題視されてきていましたので、パンデミックの影響というよりも、ひとつの社会問題としてつねに存在していました。個人的には、パンデミックのときはたまにゴッサム・シティ(『バットマン』で描かれる、荒廃した治安の悪い都市)に住んでいるような気分になりましたね。

新作は最終的にはとてもムーディーで、ある意味では心地よい音楽にまとまっていますが、背景には気候変動など未来への不安や、あなた個人の家宅侵入被害といった、いくつかの重たいテーマが潜んでいるようですね。今回は5年ぶりの新作で、12人ものゲストを迎えたアルバムです。どのようにこのプロジェクトがはじまり、進んでいったのかを教えてください。

NT:前のアルバムを2017年にリリースしたんですが、そこからどういう方向性にいくかを考えるのにしばらく時間を要しました。どのように自分の次のアルバムをつくりあげていくか、すごく悩みましたね。パンデミックは世界じゅうの人びとにとって難しい時期だったと思うんですが、自分にとってその時間は貴重なものだったと考えています。というのもこの数年間、5~7年はずっとツアーをしたり、他のアーティストのプロデュースを手がけたりしてきて、そういった経験を自分の世界にどのように落としこむかを考えていたので、自分にとってはある意味とてもポジティヴな時間でした。
 今回のアルバムそのものは、とてもシネマティックなものだと思っています。僕は85年に生まれたんですけど、90年代半ばの音楽をとくによく聴いていたので、そういった音楽を自分なりに解釈して取りこむことにチャレンジしました。たとえばマッシヴ・アタックやポーティスヘッド、トリッキー、アンクルとか。そういったものにインスピレーションを得ました。とはいえ、ノスタルジックになりすぎないよう、細心の注意を払いました。
それと、今回のアルバムはこれまででもっともコラボレーションを全面に打ちだしたものになっています。ぼくはもともとすごくシャイな人間ですが、今回参加してくれたアーティストたちには個人的に知っていたわけではないひとも何人かいて、そういうひとたちにも連絡をとって参加してもらうようにお願いしました。だからさまざまなスタイルをうまくミックスすることができたアルバムだと思います。

日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる──そういうような棲みわけをしてきました。

あなたの音楽はビート・ミュージックでありながら、ある種の静けさや暗さを携えていて、アンビエントにも通じる部分があるように感じます。過度にハイテンションになる音楽ではなく、こういったサウンドができあがるのには、あなたの性格や生い立ちも関係しているのでしょうか?

NT:LAで育って、さまざまな音楽やカルチャーに触れる機会があったことは大きかったと思います。東京も同じような感じですよね。自分の世界をクリエイトするなかで、アンビエントをつくることは一種のセラピーのように感じています。これまでいろんなアーティストとセッションをしたり、プロデュースをしたりしてきましたけれど、たとえば日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる──そういうような棲みわけをしてきました。それこそブライアン・イーノがさまざまなジャンルの音楽をプロデュースしていて、ロックからアンビエントまでいろいろやっていましたが、歳を重ねるうちに彼のようなことをやりたいと思うようになりましたね。

エレクトロニカ的だけれどもヒップホップやR&Bでもあり、新作にはあなたが好きな音楽がいろいろ詰まっています。なかでもやはりヒップホップの要素は大きいように感じましたが、いかがでしょう? とくにピンク・シーフはエレキングが好きなラッパーのひとりですので、参加しているのが嬉しかったです。彼の魅力はどういうところにあると思いますか?

NT:ピンク・シーフには、とても新鮮で近未来的な印象を抱きました。彼のレコーディングは私のスタジオでおこなったんですが、とても面白かったことがあって。アルバムのアートワークに使われている写真はエディ・オットシェールというロンドンの写真家によるものなんですけど、この写真には両面があるんです。表に「両面を見て」と書いてあるんですよ。表では、道の真ん中に人が座っています。裏返すと、その道の反対側も写されているんです。ひとつの作品で道の両面を写したものなんですね。
 その写真をスタジオでピンク・シーフに見せたところ、彼は「わかった」と言って20~30分でリリックを書き上げました。そして彼はレコーディングをはじめて、楽器も演奏したんですけど、すごく長いテイクをひとつだけ録って、「できたよ」って言ったんです。追加で録音することもなく、ほんとうにワンテイクで終わらせちゃったんです。スタジオで彼に初めて会って、いきなりレコーディングがはじまって、すぐに終了したというそのプロセス自体が、自分にとってはかなり衝撃でしたね。
 その後「足すものはほとんどないけど、スクラッチだけ足したい」と伝えると、Dスタイルズの曲をスクラッチしてくれました。自分が10代の頃によく聴いていたDJグループで、当時はスクラッチにハマっていたので、とても嬉しい経験でした。

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ジュリアナ(・バーウィック)の最新アルバムに参加していて交流があったから、この曲を聴かせてみたところ、それが彼女にとって生まれて初めて歌詞を書いてみようと思うきっかけになったみたいで。

先ほどマッシヴ・アタックやトリッキーの名前が挙がりましたが、まさにその影響を大きく感じさせるのが “Blue Hour” です。この曲にはジュリアナ・バーウィックが参加しています。彼女もわれわれのフェイヴァリットで、当然あなたも大好きなアーティストだと思いますし、彼女のアンビエントが素晴らしいことをあなたの前でことさら言う必要はありませんが、このアルバムにおける彼女の起用法はとても気に入りました。

NT:この曲はそもそもインストゥルメンタルからはじまったんです。ぼくは画像や映像からインスピレーションを受けることが多いんですが、この曲もガールフレンドが撮った短いビデオをスマホで見ていたらコードが浮かんできて、そこから作曲しました。ぼくはジュリアナの最新アルバムに参加していて交流があったから、この曲を聴かせてみたところ、それが彼女にとって生まれて初めて歌詞を書いてみようと思うきっかけになったみたいで。彼女はいつもコーラスのような歌い方で、歌詞を書いたことがありませんでした。今回初めてちゃんと歌詞を書いて歌ったんですね。そういう感じでコレボレーションしつつ曲をつくったんですけど、じっさいに彼女と一緒に作業をしたのは2回だけです。

“Grasp” に参加しているコビー・セイもわれわれのフェイヴァリットのひとりなのですが、彼とはどうやってつながったのでしょう? 彼のどんなところを評価していますか?

NT:この曲は個人的にもとくにお気に入りなんです。最初は自分でドラムを叩いてプログラミングをして──という感じで、この曲も最初はインストゥルメンタルにしようと考えていました。それからギター・リフを弾いたり、なんとなくつくってはいたんですけど、そのまま数か月放置していたんです。でもずっと気にはなっていて、この曲をどう練りあげていくか頭の片隅で考えていて。
 そこでサム・ゲンデルに「アイディアを足してくれない?」と頼みました。そしたら彼がサックスのパートを送ってくれたので、インストにサックスが載った感じの曲にしようと思ったんですが、それでもどこか完成していないように感じていました。どうしようか悩んでいたところ、〈Lucky Me〉のダンというひとがコビーを紹介してくれて、「彼にやってもらったら?」と言ってくれたんです。
 それでコビーに連絡をとって、「こんなアイディアがあるんだけど」と4つ5つほどアイディアを出したところ、彼がそのうちひとつをピックアップして、ヴォーカルやベースをやってくれました。何千ものパズルがひとつにまとまるようにしてできあがった感じです。自分にとっても彼は特別なアーティストだったから、一緒にできたことはいまでも信じられないですね。

あなたは00年代後半に、《Low End Theory》を中心とするLAのビート・シーンから登場してきました。現在でもその「シーン」のようなものは続いているのでしょうか? もしそうであれば、そこに属しているという意識はありますか?

NT: 2005年か2006年だったか、かなり昔の話ですからね……。みんなそこから進化して、新しい道を歩んでいって、2012年か2013年くらいになんとなく空中分解したような感じではあるんですけど、いまでもみんな友だちだし連絡もとりあっていますよ。みんな成長して大人になって、子どもがいるひともいます。たとえばティーブスはアート・シーンに向かったり、フライング・ロータスは映画監督をやったり。みんな多様な活動をするようになりましたが、互いにサポートしあっています。

日本語には「地味」という言葉があります。あえて飾り立てないことのカッコよさについて言うことばですね。たとえば江戸時代は、着物を羽織ったときに、生地の表面に色味を使うのは「粋=クール」じゃないという大衆文化のなかで芽生えた美意識がありました。鮮やかな色彩は、着物の裏面に使うんです。それが歩いているときや風で少しめくれたときにちらっと見える。それが「粋」です。あなたの音楽にもそういうところがあるように思いましたが、いかがでしょうか?

NT:そういうふうに思ってもらえるのはすごくありがたいですね。それがひとつの個性だと考えられたら自分でも嬉しいです。自分としては、このアルバムで表現したかったことは、映像的なものに近いんです。
 これまでの自分のミュージック・ビデオは、ちゃんとしたチームがいるわけではなかったのであまり冒険せず、実験的でもなかったと思うんですが、ぼくの頭のなかにはつねに実験的なアイディアがありました。だからいま、ヴィジュアル・アルバムを作成していているんです。それはひとつの長い映画のような作品になりそうです。ぼくのアルバムのアートワークは全部モノクロなんですけれど、そのヴィジュアル・アルバムはとてもカラフルなものになるので、いまおっしゃっていたような感覚もあるのかなと思います。1月末にリリースする予定です。

音楽、人生、坂本龍一 - ele-king


photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 2022年12月11日に坂本龍一の、「この形式での演奏を見ていただくのは、これが最後になるかもしれない」といわれる「Playing the Piano 2022」が配信された。コンサートを通しての演奏をすることが体力的に困難ということもあり、1日に数曲ずつ丁寧に演奏し、収録をしていったという映像だ。
 しかしながらそこにあったのは、まさに現在進行形の「坂本龍一の音楽」だった。坂本の演奏は、これまでのどのピアノ演奏とも違う、新しいピアノの響きを放っていたように思えた。音が、結晶のように、そこに「ある」ような感覚とでもいうべきか。
 それはまるで「もの派」の思想をピアノ演奏で実現するようなものであった。聴き慣れたはずの “Merry Christmas Mr. Lawrence” や “The Last Emperor” のみならず、ドリームキャストのソフト『L.O.L.』からの曲をピアノ・アレンジという意外な曲まで、どの曲もピアノの音がそこに「ある」かのような新しい存在感を放っていた。ピアノの音が結晶のようにそこにあった。
 鑑賞者はピアノの音がそこに「ある」かのように向かい合うことになる。不意に「もの派/ピアニズム」。そんな言葉が脳裏をよぎった。

 もちろん私が「もの派」を連想したのは、坂本龍一が文芸雑誌『新潮』に連載中の「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」で「もの派」に対する思い入れを語っていたことを知っていたからである。加えて2023年1月にリリースされるニュー・アルバムのアートワークを「もの派」を代表す美術家、李禹煥が手掛けることを事前情報として得ていたからでもある。
 しかしそれでもまさかピアノ演奏に「もの派」を感じるとは思わなかった。坂本龍一はいつもそうだ。彼のピアノ曲/演奏を通じてドビュッシーを知った人も多いだろう。彼は音楽と芸術をつなぐハブのような存在でもあった。坂本は演奏や音楽を通じて私たちにさまざまな芸術や文化をさりげなく紹介してくれる。

 そう、私にとって坂本龍一とは、唯一無二の音楽家であると同時に、文化・芸術の優れたキュレーターでもあった。
 坂本龍一は未知の音楽、未知の芸術、未知の思想をそのつど的確な言葉で表現してくれる人だ。じっさいドビュッシーからゴダール、タルコフスキーからもの派に至るまで、坂本龍一から「教わった」音楽、芸術、芸術は数知れない。
 なかでも村上龍とホストをつとめた『EV. Café』(1985)という本の存在が大きかった。吉本隆明、浅田彰、柄谷行人、蓮實重彦、山口昌男らとの刺激的な鼎談が納められたこの本によってニューアカデミズム/ポストモダンの巨人たちの思想のとばくちに触れ、坂本龍一という音楽家の音楽的背景を理解できた(気になった)。
 これは私のような遅れてきた「ニューアカ/ポストモダン」世代には共通する「体験」だったのではないかと思う。いわば10代の頃の私にとって「聖典」のような本だった。
 90年代以降、後藤繁雄が編集した『skmt: 坂本龍一』や『skmt2: 坂本龍一』も愛読したし、ICCが刊行していた「インターコミュニケーション」に折に触れて掲載される対談やインタヴューなども追いかけてきた。同誌では浅田彰との往復書間に知的な刺激を受けたものだ。

 だが「教わった」という言葉は正確ではない。じっさい坂本は、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」の第6回でも、教えることが不向きだと語ってもいる。
 坂本龍一はただ自分の知性と興味の赴くままに、文化や芸術を探究してきた。私たちは(とあえて書くが)、遊牧民のように世界地図を移動を続ける坂本龍一の背中を必死に追いかけてきただけともいえる。
 そんな坂本龍一の「移動」を「旅」と言い換えてもいいかもしれない。むろん坂本龍一は「観光嫌い」を兼ねてから公言しているので、物見雄山の「旅行」ではない。そこには明確に興味の対象があり、唐突な驚きへの感性の柔軟性があり、あくなき知への好奇心がある。そして何より(当たり前だが)音楽家という職業は、ツアーやレコーディング、プロモーションなどつねに「移動」が伴うものでもある。移動を重ね、音楽を演奏し、音楽家と出会い、聴衆の前に立つ。


photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 坂本龍一の「移動」=「旅」はつねに知と芸術と世界の諸問題を浮き彫りにし、わたしたちの知的好奇心を満たす不思議な力がある。ご本人にはおそらくそんな意図などないにもかかわらず。
 「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」は、「旅」を続けながらなんの先入観もない視線で世界のありようを探求し認識をし続ける坂本龍一の思考を追体験するような読後感に満ちていた。同時に病気やご両親のこと、これまでの人生のことも語られており、2009年に刊行された『音楽は自由にする』以降の彼の「自伝」のように読むこともできる。
 じっさい、この連載では2009年から現在までの坂本龍一の活動や行動がほぼ時系列に語れていく。だが単にリニアな時間軸で順を追って語られるのではなく、ときに語り手である坂本の現在の出来事や考えが挿入され、過去に現在が、現在に過去が反射されるように語れている。
 ご自身の辛い闘病の生々しい記録、両親の死、アルバムのこと、「時間」をめぐる考察、自然をめぐる感性の記録がノンリニアに語られ、さながらこの10年の坂本龍一の「断想的記録」を追うような非常に刺激的な内容なのである。
 先に書いたように時期的には以前の自伝的著書の『音楽は自由にする』以降の出来事になるわけで、それはいわば2009年のソロ・アルバム『アウト・オブ・ノイズ』以降の活動ということになる。この『アウト・オブ・ノイズ』は、いわば五線譜にとらわれない「音」で音楽をする要素を持つことで、坂本龍一の活動のなかでも重要なターニング・ポイントとなったアルバムである。そして近年のターニング・ポイントになった作品はもう1枚ある。『async』である。

 電子音響、アンビエント作品との濃厚な関連性を持っているのが、この2作品の特徴だ。2004年の『キャズム』からその傾向が出ているが、このふたつのアルバムには不思議な連続性があるように思う。そう、『アウト・オブ・ノイズ』、と坂本龍一みずから「とても大切な作品」と語る『async』は明確につながっているように私には聴こえるのだ。これも00年代以降の電子音響やアンビエント/ドローン作品への坂本から回答と考えれば納得がいくのではないか。
 そう考えると、00年代以降、カールステン・ニコライやクリスチャン・フェネスなどとのコラボレーションをはじめたことも大きな意味を持ってくる。
 特にカールステン・ニコライとの交流はとても重要だ。「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」のなかでも何度も登場するこのドイツ人の電子音楽家/アーティストは、坂本龍一みずから「友人」と呼ぶ存在である。
 カールステンは、00年代の共作以降、坂本の仕事に並走しつつ、ひとりの人間として、とても尊敬できる振る舞いを重ねていった。映画『レヴェナント:蘇えりし者』のサウンドトラック制作時、坂本は、2014年の中咽頭がん治療直後であり、抗がん剤の影響もあり、本調子ではなかった。しかし監督の要望は容赦ない。悪夢をみるほどまで追いこまれていくなか、坂本はカールステン・ニコライに共作を求める。すると彼はラップトップひとつ持ってロスまで即座に駆けつけてくれたという。
 また、手術前の不安な日、坂本は思わずカールステンに電話をしたらしい。そして病気で辛い坂本にアート作品とテキストを届けてくれたこともあるという。人として、友人がとても辛い状況のとき、どう振る舞うのか。彼はまず態度と行動で示す。まさに素晴らしい人柄として言いようがない。私はアルヴァ・ノトの音楽が大好きなのだが、長年の彼の作品を愛好してきたよかった(となぜか)思ってしまった。

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photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 さて、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」での坂本は世界中へと旅に出ている。2008年のグリーンランド(北極圏)への旅にはじまり、日本国内ツアーで新潟市から富山市へ行ったときに出会った山桜、ヨーロッパ・ツアー、高谷史郎との共作インスタレーションの展示をおこなったローマ、ソウルでのコンサート、カールステンとのヨーロッパ・ツアーである「s tour」、そしてカールステンが暮らしているベルリン、リスボン、アイスランド、アラブ首長国連邦、ワシントンDC、イタリア、奈良、山口、札幌。
 2009年以降、坂本の「旅=移動」を、断ち切らせる体験が二度あった。ひとつは2011年の東日本震災、もうひとつは2014年にみつかった最初の癌であろう。
 2011年3月11日。あの日、坂本は海外ではなく、日本にいた。どうやら映画『一命』の音楽を東京のスタジオで録音していたらしい。
 重要なことは、ニューヨークに住み、世界中への旅を繰り返していた坂本が「あの日」は日本の東京にいたという事実に思える。私はそこに坂本龍一という人間の「運命」を強く感じてしまった。坂本は2001年9月11日その日もニューヨークで遭遇している。彼は世界の「激変」に近い出来事に二度も遭遇したのだ。
 ともあれ3月11日のあの途方もない震災とそれに続く原子力発電所の事故をその国で体感したということで、彼は自分が何をするべきかという意識をより明確に持つようになったのではないか。
 じじつ「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」でも県陸前高田への訪問、住田町への寄付などが語れる。宮城県名取市にある津波によって泥水を被ってしまって調律の狂ってしまったピアノをひきとったともいう。そしてデモへの参加。

 坂本龍一は震災以降、ともすれば分断しかねない社会をつなぎ止めるように、人と社会にコミットメントしていった。
 この過程のなかで、その言葉の一部だけが切りとられ、激しい批判にさらされた「たかが電気」発言があった。この「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」第3回で、坂本は、そのような批判に対して、当時の発言を全文掲載し、いまでも撤回する気がないとはっきりと断言している。ここでは詳しくは書かないが、気になる方がぜひ「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」を読んでみてほしい。少なくとも自分は納得できるものがあった(そもそも何が問題であったのか理解できないのだが)。
 坂本龍一にとって3.11、9.11を経てより強くなったのは社会への意識に加えて、環境への配慮だろう。00年代も雑誌「ソトコト」にコミットするなど、環境意識をどう持つかということを伝えていたが、3.11以降はより具体的な「環境」そのものにつながっていくようになったと思う。
 そこにあるのは「自然」と「地球」意識ではないかと思う。「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」には「月」という言葉が出てくるが、そこで対になるのはやはり「地球」だろう。2011年以前からモア・トゥリーズなどの環境活動をしてきた坂本だが、自分にはそこに音楽家としての本能のようなものが強く働いているような気がしてならない。
 地球という重力があり、空気がある環境でしか音楽はならない。少なくとも空気の振動によって伝わる「音楽」ではなくなってしまう。だからこそ環境=音楽の源泉としての意識が強く働いているのではないかと勝手に想像してしまう。


photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 『async』には水の音や足音、さまざまな環境音が使われているが、これは「音」へのあくなき好奇心ゆえだろう。音は「ここ」でしか鳴らないという想い。だからこそ「月」という言葉が入った “fullmoon” という曲がアルバム全体のムードを相対化するような、あえていえば「黄泉の世界」からの音のように響いてくる。
 “fullmoon” は、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」でも語られているが、ベルトルッチ監督の「声」を最後に録音したものが用いられている曲でもある。
 生と死。そんなムードが濃厚な “fullmoon” には不思議とこの世界から浮遊するような感覚が横溢している。
 『async』全体はドローン、アンビント作品なので非常に抽象的なムードのアルバムだが、“fullmoon” にはどこか重力から解き放たれようとしているようなムードが感じられたのだ。
 月と地球。重力と生。音楽と消失。声と音響。“fullmoon” には環境と意識と生と死が淡い霧のように音響空間に溶け込んでいる。
 これはアルバム『async』全体にいえることかもしれない。そこに「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」というタイトルを重ね合わせると、70歳を迎えた坂本龍一の現在の人生観を強く感じ取ることができるような気がする。
 『アウト・オブ・ノイズ』は北極圏で坂本が体感したことが、音に具体的に反映されている。『async』は、3.11以降の世界で、地球と自然と人間と感性を音として表現した作品でもあった。私はこれらの音楽に、そして90年代以降の坂本龍一の音楽に「地球意識」とでもいうような真にワールドワイドな感性が息づいているように感じている。
 それは1989年の『ビューティー』、1991年の『ハートビート』あたりからはじまり、1999年のオペラ『LIFE』で一度「歴史的」に総括された。そして00年代以降は、それ以降の世界を見据えるように、よりミクロな世界からマクロな世界を巡っていくのだ。


photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 加えてこの連載では、00年代以降の若い世代の音楽家との「出会い」「交流」も語れている。2023年1月号掲載の連載第7回ではフライング・ロータスサンダーキャットOPN、Se So Neon らとの交流が述べられている。坂本の彼らへの目線はとても優しい。
 何よりフライング・ロータス、サンダーキャット、OPN、Se So Neon を知らない読者は、坂本を通じて彼らの音楽との出会いを果たすのだろう。坂本の「旅」と「出会い」は、それを読む(知る)人たちにも「出会い」をもたらすのだ。

 世界への旅も、交流も、出会いも、ミクロ/マクロを往復するような活動だった。音楽的にはよりミニマルになり、しかし行動的には、マクロに=俯瞰的になる。そうやって坂本龍一の音楽と思考はより深まりを見せていったのかもしれない。
 そして2014年以降の癌と2021年の再発というあまりに大変な闘病については赤の他人でしかない自分に語ることはできないので、とにかく「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」を連載1回目から読んでほしいとしかいいようがない。癌という病にどう向かうか。自分にとっても、他の誰かにとっても重要な事柄が淡々と、しかしある大きな感情とともに語られていく。
 私も、おそらくは他のどなたかも、いずれは病に伏すときが必ずくる。だからこれは他人事ではない。坂本龍一は重病を超えて生きることの意味を示してくれる。
 3.11の震災、原発事故、自身の闘病によってミクロ/マクロの視点に自然と肉体と科学という三つの柱も加わったように思える。「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」は、そんな坂本龍一の10年代が包括されている貴重な記録だ。
 言い換えれば坂本龍一の思考を追体験するようなキュレーションの体験であり、坂本龍一が10年代の電子音楽にどうコミットしていったかを示すコンポジションの記録でもあるのだ。
 来年1月17日、坂本龍一の6年ぶりのニュー・アルバム『12』がリリースされる。このアルバムにもまた彼の「音」が追求されているだろう。そのリリースを心待ちにしつつ、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」を読み返すことにしたい。


Photo by zakkubalan ©2022 Kab Inc.

Oli XL - ele-king

 2017年に〈PAN〉のアンビエント・コンピ『Mono No Aware』に参加、2018年には北欧エレクトロニカの牙城のひとつ、ローク・ラーベクが主宰する〈Posh Isolation〉のコンピ『I Could Go Anywhere But Again I Go With You』にも名を連ね、じわじわと存在感を増していったストックホルムのプロデューサー、オリ・エクセル。
 2019年にはファースト・アルバム『Rogue Intruder, Soul Enhancer』を発表、昨年〈Warp〉との契約がアナウンスされた彼の、初来日公演が決定した。1月14日(土)@渋谷WWW、1月15日(日)@京都METROの2都市を巡回する。新時代のエレクトロニカの担い手として期待大の逸材、そのパフォーマンスを目撃しておきたい。

北欧のスターOli XLジャパン・ツアー東京&京都!
ハイパーポップからのエレクトロニカ新時代、
名門WARPからアルバムも期待される最新鋭が初来日★

Oli XL JAPAN TOUR 2023

1/14 SAT 23:30 at WWW Tokyo
https://t.livepocket.jp/e/20230114www
*限定早割12/29まで販売

1/15 SUN 18:00 at METRO Kyoto
https://www.metro.ne.jp/schedule/230115

tour artwork: sudden star
promoted by melting bot / WWW

Oli XL [SE]
ストックホルムのOli XLは、プロデューサー、DJ、ビジュアルアーティスト、アンダーグラウンドなクラブ・ミュージック界隈で最も魅力的な新人アーティストの一人として頭角を現している。19歳の若さで最初のレコードをリリース、現在3枚のEPとLPをリリースしているOli XLはUKの名門〈WARP〉とも契約を交わし、シングル「Go Oli Go / Cartoon Smile」をリリースした注目のアーティストである。ベルリンのレーベル〈PAN〉から2017年に新世代のアンビエント・コンピレーションとして名高い『Mono No Aware』のトラックや、同年のベルリンAtonalでのVargのNordic Floraショーケース(Sky H1、Swan Meat、Ecco2k、そしてVarg自身を含む他のアーティストと共に)、2018年1月にリリースされた〈Posh Isolation〉のコンピレーション『I Could Go Anywhere But Again I Go With You』が大きな反響を呼び、2019年にデビューアルバム『Rogue Intruder, Soul Enhancer』を自身の新レーベル〈Bloom〉からリリースし、その際立ったサウンドスケープは瞬く間に広がりを見せる。

型破りでありながらファンキーなリズムとポップなセンス、これまでのリリースで示唆されていたサウンドが結晶化した2018年のEP『Stress Junkie』のリリースはSource DirectとBasement Jaxxの間のようなものだと本人は表現している。「クラッシュするようなシンコペーションのドラムと、静謐でリバーブのかかったアンビエンスの間のスイートスポットを突く」スペキュラティブなクラブ・ミュージックと呼ぶこともできるだろう。DJとしては、UKのハードコアの連続体への親和性とともに、そのニュアンスをすべて取り込み、時代性のある美学によってフィルターにかけ、多彩なダンス・フロアのサウンドを生み出している。UKのFACTは〈W-I〉をレフトフィールド・クラブ界隈の重要な声として取り上げている。そのレーベルにおいてCelyn June、Chastic Mess、Lokeyといった友人のリリースをディレクションし、音楽の物理的な新しいリリース方法を模索、Relicプロジェクトでは、安価な家電製品からパーツを集め、3Dプリントされた形状に埋め込み、Celyn JuneのEP『Location』を音楽プレイヤーとして機能する彫刻としてリリースする。〈W-I〉をクローズした後は新レーベル〈Bloom〉を立ち上げファースト・アルバム、続いてInstupendoとのコラボ・シングルやプロダクション・ワーク、最近ではWarpとの契約を発表後最初のシングル「Go Oli Go / Cartoon Smile」をリリース。UKクラブ・ミュージックの連続体のリズムを解剖したフリーハンドのアプローチで、断片的なサンプリング・テクニックにパーソナルなフィールド・レコーディングと加工されたボーカルを組み合わせ、ユーモアのないグリッチと並行してにBasement Jaxxの遊び心を想起させる奇妙だが感情豊かな音楽世界を実現している。

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https://soundcloud.com/oli_xl

Oscar Jerome - ele-king

 サウス・ロンドン・シーンのなかでもジャズやアフロ、ファンクやヒップホップ/R&Bと縦断した活動を見せるオスカー・ジェローム。シンガー・ソングライターでありギタリストでもある彼は、トム・ミッシュあたりに比べるとどうも過小評価されているきらいがあるけれど、この秋にリリースしたアルバム『スプーン』は個人的に2022年のベスト・アルバムに推したい。2019年にリリースしたアムステルダムでのライヴ盤以降、UKを離れていろいろな土地でも活動を見せている彼だが、たとえばナイジェリア出身でベルリンを拠点とするシンガー・ソングライターのウェイン・スノウのアルバム『フィギュリン』(2021年)にも参加している。彼らの共作である “マグネティック” は、『ヴードゥー』の頃のディアンジェロにクルアンビンのような幻想的なコズミック・サイケ・フィーリングをまぶしたもので、表立ってはいないもののアフリカ音楽の影響も感じさせるものだった。

 『スプーン』の先行シングルとなった “ベルリン1” は、そうしたベルリンでの活動が刺激となって生まれたもののようで、ミュージック・ヴィデオではベルリンの街中をオープン・カーでクルージングするオスカーの姿を見ることができる。ちなみに、彼の乗っている車はかなり旧式のメルセデスで、ブラック・スーツを着てオールバックにサングラスを掛けるというオールド・ファッションがここのところの彼のスタイルのようだ。こうしたファッション・センスを見るにつけ、オスカーはポール・ウェラーのようなアーティストなのではないかなと思うことがあるし、前のアルバム『ブレス・ディープ』(2020年)ではスティングを重ね合わせるような作品もあったりした。やはりUKらしいシンガー・ソングライターなのである。

 『スプーン』は『ブレス・ディープ』でミキシングをしていたベニ・ジャイルズが共同プロデュースをおこなう。彼は女性シンガー・ソングライターのリアン・ラ・ハヴァスのプロデュースを手掛ける一方、アルカを思わせるエクスペリメンタル・プロジェクトのアドヘルム名義で活動するなど幅広いアーティストだ。ココロコのドラマーであるアヨ・サラウ、ベースのトム・ドライスラー、サックスのセオ・アースキン、ドラムスのサム・ジョーンズ、エンジニアのロバート・ウィルクスなども『ブレス・ディープ』に続いての参加となる。
 新たに参加するのはトム・ミッシュやブルー・ラブ・ビーツ、最近はブラック・ミディなどとも共演するサックス奏者のカイディ・アキニビ、オーストラリア出身で 30/70 のドラマーも務めるジギー・ツァイトガイストなどで、特にジギーは3曲ほどオスカーと共同で作曲している。その “ザ・ダーク・サイド”、“ザ・スープ”、“パス・トゥ・サムワン” は、どれも1分弱のインタルード風の小曲で、オスカーとジギーの即興演奏というかジャム・セッションの一場面を切り取ったもの。ここでのオスカーはまるでフレッド・フリスのような実験的なインプロヴァイザーぶりを見せる。

 その一方で、“スウィート・アイソレーション” のような内省的なフォーク・ソングがオスカーの魅力。キング・クルールにも通じるぶっきらぼうな歌とロー・ファイな演奏で、そのダークで狂気じみたトーンはニック・ドレイクやシド・バレットなどと世界観を共有する。“ザ・スプーン” も枯れた味わいで切々と紡ぐブルージーなナンバー。パーカッションを交えた土っぽい香りの演奏のなか、オスカーのギターはフリートウッド・マックの “アルバトロス” におけるピーター・グリーンのような音色を奏でる。曲の進行とともに次第にエモーショナルな熱を帯びていくオスカーの歌も素晴らしい。
 ジャズの方面から語られがちなオスカーだが、彼の歌とギターは本質的にはロックだ。妖しげなフルートの音色を交えたアフロ・ロックの “チャンネル・ユア・アンガー” は、ヴードゥー教の宗教儀式で伝わる音楽のような呪術性を帯びている。オスカーのアフリカ音楽に対するアプローチが表れた一例だ。“フィート・ダウン・サウス” はヒップホップの影響が強いファンク・ナンバーで、ロイル・カーナーやトム・ミッシュなどサウス・ロンドン勢に共通するムードを持つ。多分このアルバムのなかで一番人気が高いだろう。でも、ほかのシンガーたちと違って、しっかりとギター・ソロの見せ場を作るところがオスカーらしい。アコースティック・ギター演奏のみの小曲 “アヤ・アンド・バーソロミュー” 含め、どちらかと言えば『ザ・スプーン』はシンガーよりもギタリストの方に比重が高いアルバムとなっている。

 セオ・アースキンのサックス、アヨ・サワルのドラムスとともに激しい演奏を繰り広げるジャズ・ロック調の “フィード・ザ・ピッグス” は、ギターのフィード・バック演奏によってサイケデリックなムードを生み出していく。“ホール・オブ・ミラー” は注目の新進女性シンガー・ソングライターのレア・セン(彼女もオスカーと同じギタリストでもある)とのデュエットで、タイトなビートとメロウなギター・フレーズが印象的なネオ・ソウル調のナンバー。途中で口笛やスキャットを交えながら歌う “ユーズ・イット” は、延々と同じフレーズをギターで紡いでいくミニマルなナンバー。ココロコのように土や埃の匂いが漂ってきそうな曲で、こうしたアーシーなサウンドがオスカーの一番の魅力ではないかと思う。

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