「S」と一致するもの

世界の終わりとは何か?

表紙・巻頭『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』
浅野いにお(原作)インタヴュー

宇川直宏 宮台真司 小川公代
world's end girlfriend sasakure.UK
藤田直哉 野田努 飯田一史 北出栞 後藤護 福田安佐子 冬木糸一 藤井義允 伊藤潤一郎 小林拓音 松島広人 しま Flat

古くは『デビルマン』から『風の谷のナウシカ』、『AKIRA』、『新世紀エヴァンゲリオン』を経て、『進撃の巨人』、『君の名は。』、そして『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』まで、あるいはボーカロイドの奏でる「世界の終わり」的風景まで──なぜ日本のポップ・カルチャーはかくも「終末」を描いてきたのか。大衆文化の側から「世界の終わり」を、ひいては日本文化を考察する。

菊判/192頁

表紙ヴィジュアル
©浅野いにお/小学館
©浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee

目次

終末論的文化はいま世界を駆け巡る 野田努

◆『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』

浅野いにおインタヴュー──世界が終わらなかった後で
くそヤバい地球で、僕らは未来の夢を見ることができるか?──『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』論 藤井義允
我々の勝利――浅野いにお作品における「世界の終わり」 藤田直哉

◆なぜ日本のポップ・カルチャーはかくも「終末」を描いてきたのか

[インタヴュー]
宇川直宏──次の地球の番人、ナメクジのために
宮台真司──世界が終わろうとも、周りの人を幸せにすることで、幸せになれ
小川公代──ケアと対話で「終末」を乗り越える
world’s end girlfriend──「世界の終わり」も自己も個も越えた「新たな世界」を提示すること
sasakure.UK──人類が消えてもボーカロイドは歌い続ける

[エッセイ・論考・コラム]
戦後日本の特撮・アニメにおける、「世界の終わり」の変容 藤田直哉
セカイ系の時代精神 飯田一史
「世界の終わり」にあなたは泣けますか?──楳図かずお『14歳』とおさなごころ(ロックンロール) 後藤護
終末SF小説概観──核戦争から感染症、気候変動、隕石衝突、人口減少、AIまで 冬木糸一
ポップ・カルチャーとしての「終末ソング」、その常態化 野田努
パンデミックの回想──「来そうで来なかった終末」のなかで育まれた音楽 松島広人
「世界の終わり」をテーマにしたボカロ曲 しま
〈ポスト・セカイ系〉における「世界の終わり」 北出栞
2分前と2分後のあいだ──アポカリプスにおける「人間らしさ」について 福田安佐子
人類最後の世代の苦しみ──田村由美『7SEEDS』から 伊藤潤一郎
『花物語』から想像する、世界の終わりと資本主義の終わり 小林拓音

[共同監修者プロフィール]
藤田直哉(ふじた・なおや)
批評家。日本映画大学准教授。1983年札幌生まれ。著書に『虚構内存在』『攻殻機動隊論』『新海誠論』『シン・エヴァンゲリオン論』『新世紀ゾンビ論』『シン・ゴジラ論』『ゲームが教える世界の論点』『現代ネット政治=文化論』『娯楽としての炎上』、編著『東日本大震災後文学論』『3・11の未来』など。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
紀伊國屋書店
MARUZEN JUNKUDO
e-hon
Honya Club
dショッピング
au PAY マーケット
ゲーマーズ
アニメイト
メロンブックス

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
丸善/ジュンク堂書店/戸田書店
三省堂書店
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

 ジェニー・ヴァルジャガ・ジャジストリンドストロームトッド・テリエスメーツ……。乗り継ぎを含めて計22時間のフライトのなかで朦朧としながら、僕は自分が好きなノルウェー出身のミュージシャンをあらためて思い返していた。いや、たしかに好きな音楽や映画はあるし、北欧はいいところなんだろうなあー……程度の漠然とした憧れはあったものの、まさか自分がノルウェーに来ることになるとは思っていなかった。30代のうちにひとりで海外でも行きたいなー、などと呑気なことをコロナ禍前には考えていたが、大混乱のパンデミック、そしてこの円安。なかば諦めていたところを、どういうわけか縁あってノルウェーの首都オスロで開かれる音楽フェスティヴァルに招待していただき、39歳にして生まれてはじめて北欧の地を踏むことになったのだった。いや、というかヨーロッパですらはじめてだ。だからこれは、フェス・レポートであると同時に、海外慣れしていない中年のオスロ初体験記として読んでいただければ幸いだ。

 8月6日の朝、ヘロヘロになってオスロの空港に到着。そこから街の中心地までは電車で30分足らずだ。市街地に着いてまず感じたのは、す、す、す、涼しい……。感覚としては日本の春ぐらいなんじゃないか。地獄のような暑さの日本から逃れ、一週間この気候で過ごせることにまず感動する。すっかり元気を取り戻した僕は、ホテルに荷物を預けてさっそくオスロの街を歩き回るのだった。

 今回、僕が参加したのは毎年夏にオスロの街なかで開催されているオイヤ・フェスティヴァル(Øya Festival)。聞いたことがあるというひとも多いのではないだろうか。日本でも人気のあるビッグ・アーティストが多数出演してきた、いまやノルウェーを代表する音楽フェスティヴァルだ。逆に言うと、僕もその程度の知識しかなかったので渡航前にいろいろと調べてみたのだが、1999年の初開催以降、場所を変えつつ規模を大きくしてきたイヴェントで、オスロの中心地にあるトイエン公園で開かれている現在も高い環境意識のもとに運営されており「世界でもっともグリーンなフェスティヴァル」とも言われているそうだ。
 2024年は4日間の開催で、ヘッドライナーはパルプ、ジャネール・モネイ、(クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジが病気のためキャンセルになり)ジャック・ホワイト、そしてノルウェーのポップ・ミュージシャンであるガブリエル。英米のアーティストを中心にノルウェーのアーティストをミックスしたラインアップで、日本でいうとフジロックと似た傾向の、それよりはやや規模の小さい音楽フェスといった感じだろうか。海外慣れしていないとはいえ僕も音楽フェスは数多く参加してきたので、どういうところがオイヤ・フェスティヴァル独自の面白さなのかを見極めたかった。
 と言いつつ、街のなかで開かれるフェスなので、僕は何よりオスロの街を見られることに興奮していた。それは開催側としてもそういった狙いがあるようで、今回僕がわざわざ日本から呼んでもらったのも、〈Visit Oslo〉というオスロの観光案内会社とフェスが協力しているからだ。オイヤにはほとんどオスロの住民が参加しているそうだが、国外から来るひとに向けて豊かな音楽シーンのある街としてのオスロを見せる意欲があるのだ。


オスロの街なか

 そのことがよく表れているのが、前夜祭的な位置づけとなる〈Club Øya〉というイヴェントで、まずこれが本当に刺激的だった。オスロの街なかにあるヴェニューやクラブ、さらにはオシャレなワイン・バーみたいなところでノルウェーの新人アーティストがライヴを披露するもので、ノルウェーでもまだあまり知られていない存在をアピールするショーケースであると同時に、僕のような観光客にとっては街を歩く機会にもなっているのだ。


Club Øya会場周り


Club Øya会場周り


Club Øya

 それで僕もオスロに着いた初日から、ライヴを観ながら街のあちこちを見ることができた。オスロはちょっと歩いただけで中心部の位置関係が把握できるぐらいのこじんまりした街で、ほとんどのひとが公共機関と自転車、あと電動キックボードで移動している。公園とベンチがたくさんあり、レインボー・フラッグが至るところに掲げてあり、公共的な施設のほとんどはオール・ジェンダー・トイレで、平日昼間からパパが子どもの世話をしている……。ある意味、こちらが勝手に抱いている公共意識や環境意識やジェンダー平等意識が高いとされる北欧のイメージをそのまま引き受けてくれるような都市だ。そして、首都とは思えないぐらいゆったりした空気が流れている。

 街のレコード・ショップ〈big dipper〉(https://bigdipper.no/)にもさっそく行ってみた。オスロでは最大規模のお店だそうだが、店内はワンフロアでこじんまりしている。これがオイヤ・フェスティヴァルのラインアップにそのまま通じているというか、国外のインディ/オルタナティヴ系のアーティストのレコードとノルウェーのアーティストのレコードが6:3くらいの割合で置いてあり、あとは北欧メタル、ジャズなども混ざっている。


big dipper外観


big dipper店内

 お店のひとに話を聞くと、オスロの音楽リスナーはほとんど国内/国外を分けずに聴いているそうで、ノルウェーの音楽シーンはたしかにメタルやIDM/エレクトロニカといった北欧が強いとされているジャンルは人気があるけれども、じつのところものすごく多様なのだという。そのなかで根強く人気があるのはエクスペリメンタルな傾向のあるジャズ。最近はハイパーポップ周りも話題なんだとか。ノルウェーのアーティストって英語で歌うひとも多いですけど、あれはマーケティング的な戦略なんですかと尋ねると、それもあるけど、言葉の響きがまったく違うから音楽的な理由で選択しているミュージシャンも多いと思うよと話してくれた。ガブリエルなんかはノルウェー語で歌ってビッグなポップ・アーティストになったし、と。なるほど、日本にも置き換えられる話かもしれない……などと考えていると、20代前半ぐらいの店員の若者が日本に旅行したときにレコードを買いまくったという話をまくしたててくれた。やはり音楽オタクは世界共通である。


フレンドリーに話してくれたbig dipperのスタッフ

 そのあと実際にいくつかのヴェニューを回ってライヴを観て気づいたのは、ほとんどの会場が小規模で、この〈Club Øya〉というプログラム自体がオスロの音楽シーンをサポートするものだということだ。フェスの案内を読むまで知らなかったのだが、オスロの音楽シーンはコペンハーゲンやストックホルムに比べてヴェニューの数で比較してみてもかなり大きく、「スカンディナヴィアのライヴの首都」とも呼ばれているそうだ。ただ、それらの多くはインディペンデントな規模感で運営されていて、その活気がどの会場からも感じられた。
 僕は6つほどの新人アクトを観たのだけど、総じて音楽的な水準が高く、ジャンルも多様でそれぞれ個性も豊かだ。とくに気に入ったのが洒脱なハウス・トラックにテンション低めだが流麗なラップを乗せるノム・ド・ゲール(NOM DE GUERRE)と、ムードたっぷりのシンセ・ポップを艶やかに立ちあげるグレイトフルーツ(Greatfruit)、ジャガ・ジャジストが好きなひとはきっと気に入るだろうエクスペリメンタルでコズミックな感覚を持ったジャズ・バンドのモンステラ(monstera)。ここからグローバルに人気の出るアーティストもきっといるだろう。様子を見ていると全然違う音楽をやってるバンド同士が気軽にコミュニケーションを取っており、いい意味でシーンの狭さも窺えた。


NOM DE GUERRE


Greatfruit


monstera

 夜21時過ぎまでは明るいので、すっかりフワフワした気分で1杯1500円ぐらいのビールを飲みながら音楽に溢れたオスロの夜を満喫したのだが、朝からノンストップで動き回っていたため23時で腰が限界に。ヨロヨロとホテルに戻る。こんなことで明日からのフェス本番は持つんかいなと自分にツッコミを入れつつ、しかし高揚感と充足感で満たされていたのだった。

(続)

Nídia & Valentina - ele-king

 ダンス・ミュージック界には複数の新鮮が風が吹いている。当然そのなかには、アフリカ系ポルトガル人のニディア、イタリア系イギリス人の前衛ドラマー、ヴァレンティーナ・マガレッティというふたりの女性によるアルバム『エストラダス』も含まれるのだった。
 ニディアからいこう。彼女は、エレキングでもお馴染みの、リスボンは〈Príncipe〉レーベルで活躍するビートメイカー。いっぽうマガレッティは、すでに多くの共演作を持つロンドン在住の打楽器奏者。古くはRaime、グレアム・ルイス(Wire)とのUUUULafawndah、〈Incus〉から〈On-U〉を横断するスティーヴ・ベレスフォードとのFrequency Disastersニコラス・ジャーとのライヴ向井進とのV/Zおよび最近はシャックルトンとの共作を出したばかりのHoly TonguemRaimeのメンバーとのMoin、近年ではBetter Cornersでのアンビエント作品も注目されているが、広く知られているソロ作品は、おそらくCafe Otoのレーベル〈Takuroku〉からリリースされた『A Queer Anthology of Drums』だろう。去る6月には来日し、彼女のドラミングのみでひとつの世界を作れてしまえることを証明したばかりだ。
 その打楽器による表現力は、本作『エストラダス』において、ニディアのエレクトロニクスと融合し、駆動力をもった多彩なグルーヴへと変換されている。ポルトガル語で「道」を意味するという『エストラダス』のアートワーク——岩石のあいだを走る道路にタイヤの跡が付いたこの写真、本作の冒険的かつドライヴする作風にじつによく合っている。太陽に晒され、暑く、乾いた道路のカーヴ、疾駆した車の痕跡……自分のなかにひきこもっている場合ではない。

 〈Príncipe〉が昨年、クドゥロ(アンゴラ起源のアフロとハウスの融合)のコンピレーションを出しているように、近年はバイレ・ファンキといい、ジャージー・クラブといい、チリのセックストランスといい、200BPM以上の超ハイテンポで踊るタンザニア産シンゲリといい、アマ・ピアノほど広範囲な流行はしていないかもしれないが、ディアスポリックなマイクロ・ジャンルがあちこちで息を吹き返している(そしてオンライン上ではクラッシュクラブにフォンクにジャンプと……このあたりはいつか松島君と話したい。ぼくはいま20代の背中を追いかけているのだ)。そんなわけで、ダンス・カルチャーは、昔ながらの世界もデジタル世界も活気に満ちているのだった。

 ここでいきなり予告です。年末号のエレキングでは「ミニマリズム」を特集しようと思っている。ミニマル・ミュージックとは、白人文化における50年代〜60年代の、クラシックの前衛のみで定義できるものではない。たとえば、その分水嶺的作品『In C』においてテリー・ライリーがサックスを、ジョン・ハッセルがトランペットを吹いていることにもヒントがあるだろう。「ミニマリズム」はアフリカ起源のじつに多くの音楽(戦前ブルースからファンクほか)にも通底している。アフロ・ミニマリズムと呼びうるそれは、ことエレクトロニック・ミュージックに関して言えば、アシッド・ハウス以降、さまざまなスタイルを生みながら発展し、クドゥロやファンキのような明らかにエクスペリメンタルなサウンドをIDMとは呼ばないシーンのなかで力強く継承されているし、拡散している。ローレル・ヘイローラファウンダサム・カイデルなど、これまで知性派の作品を出してきたフランスのレーベル〈Latency〉がかようにも溌剌とした、ポリリズミックなアフロ・ダンス・ミュージック・アルバムを出したことが嬉しい。

 生ドラムと打ち込みのビートとの組み合わせ自体が新しいわけではない。本作では、それぞれの曲でそれぞれ魅力的なリズムが生成されていく、まるで生き物のように、その有機的な感覚が格好いいのだ……というわけで、このレヴューを読みながらコニー・プランクとマニ・ノイマイヤーとメビウスの『ゼロ・セット』などと口走ってしまう古参方には、4曲目の “Mata” から聴くことをお薦めしたい。もちろん、フィールド・レコーディングによる妙な雑音から親指ピアノ、そして未来的なシンセサイザーに重たいベースが地を這う、冒頭の “Andiamo” (イタリア語で「さあ、行こう」)からでもいい。未来はたしかにトライバルだった。
 だが、表題曲になるとどうだろうか。おそらくこの曲は、ヒップホップ/R&Bからの影響が注がれたダウンテンポのフュージョン・サウンドを画策している。路上の砂埃を巻き込みながら、親指ピアノと打楽器、エレクトロニクスの鮮やかな調和。それから、ザ・スリッツがエレクトロックに発展していったらこんなサウンドになったに違いない、というのがミドルテンポの “Tutta la note” のような曲だ。
 そうは言っても “Rapido” を聴けば、このアルバムの使命を思い出す。そう、 ベースとドラムが醸し出す強力なうねり、すなわちダンスすること。ま、ぼくはひとり、心のなかでダンスです。

interview with Conner Youngblood - ele-king

 個人的に今年は久しぶりに海外に出る機会を得たのだが、いろいろなひとと話すなかで、パンデミックが落ち着いてからいっそう旅に対する欲求が高まっているように感じる。日本に対する関心も強く、オーヴァー・ツーリズムや渡航費の高騰などの問題もクローズアップされているが、少なくとも世界の様々な文化への興味が広がっているのは悪いことではないだろう。

 スフィアン・スティーヴンスやエリオット・スミスが引き合いに出されるフォークや室内楽をエクスペリメンタルなR&Bやアンビエント・ポップとクロスさせたデビュー・アルバム『Cheyenne』(2018)で注目されたテキサス出身のシンガーソングライター/マルチ・プレイヤー/プロデューサーのコナー・ヤングブラッドは、世界中に対する強い興味を自身の音楽の原動力にしてきた存在だ。様々な土地を巡った旅の経験を生かした『Cheyenne』は、そこで見た光景をどのようにサウンドスケープに落としこむかに注力した作品で、壮大な穏やかさとでも言うべきスケールを携えていた。ジェイムス・ブレイクの諸作や『22, A Million』の頃のボン・イヴェールのプロダクションをより穏やかでリラックスしたものと表現できるかもしれない。
 約6年ぶりとなる新作『Cascades, Cascading, Cascadingly』もまた幽玄さや陶酔感を伴うサウンド・デザインが心地よいアルバムに仕上がっており、前半はエフェクト・ヴォイスが多用されることもありオルタナティヴR&Bの印象が強いが、聴き進めていくとフォーク、アンビエント、ロック、クラシカルと様々な要素が立ち現れる。使われている楽器も多ければ、音色もプロダクションも多様。さらに興味深いは母語の英語以外の言語もいくつか使われており、日本語タイトルの“スイセン”は日本語で歌われている。聞けばパンデミック中は複数の言語を学習していたとのことで、とにかくナチュラルに世界中の文化に触れて自分に取りこみたいひとなのだろう。その音楽性にしても、制作中にたくさん観ていたという映画のラインアップにしても、やや過剰に興味や関心が散らばっているようだが、それらすべてに対して素朴にオープンであることは彼の表現とそのまま繋がっている。

 以下のリモートでおこなったインタヴューでは、日本の裏側のブエノスアイレスから日本語もたくさん使いながら話してくれた。「cascades」は小さな滝のように何かが連なった状態を指す言葉だが、コナー・ヤングブラッドは精神的な意味においても国境に囚われず、多くのものに対する純粋な好奇心を心地よい音楽の連なりへと変換する。

日本だと『リリィ・シュシュのすべて』は印象的でした(……)毎日、レコーディングしながら映画を観ていました。歌詞も音楽も、その影響がすごく大きかったです。

いまはブエノスアイレスにいらっしゃるんですよね?

コナー・ヤングブラッド(以下CY):はい、アルゼンチンに住んでいます。

え、住んでいるのもアルゼンチンなんですか?

CY:はい、ナッシュヴィルに12年ぐらい住んでいたのですが、今年アルゼンチンに移住することにしました。ナッシュヴィルがつまらなくなってしまって。

そうだったんですね。それではいろいろ聞いていきたいのですが、前作『Cheyenne』からパンデミックもありましたが、この6年間どのように過ごされていましたか?

CY:音楽と言語の勉強をしていました。日本語も勉強していたんですよ。昔日本語を勉強していたことがあったのですが、コロナ禍の時期は自分の部屋でYouTubeを観て、日本語やデンマーク語、ロシア語、スペイン語を学んでいました。音楽的にちょっと行きづまったところもあったので、語学を生かしてみたいと思ったんです。はじめは独学だったのですが、朝レッスンを取ることで生活リズムを整えて、いろいろな言葉を音楽に取り入れられるようになりました。

トム・ヨークのプロジェクトはどれも全部好きなんです。あと、映画のスコアにも影響を受けています。

あなたの音楽は海外での旅にインスピレーションを受けている部分が多いと感じるので、パンデミックはフラストレーションだったのではないかと思います。

CY:パンデミック以降は映画をたくさん観ていたので、そこからのインスピレーションが大きかったですね。そうやって世界を見ていました。それで、フィクションと現実を混ぜながら新曲に対するヒントを得ていきました。

今回のアルバム『Cascades,~』は曲数も多く、アレンジも多彩ですが、制作した時期は楽曲によってけっこう異なるのでしょうか?

CY:コロナ前に作ったものがふたつあって、“Running through the Tøyen arboretum in the spring”と“Closer”という曲です。ただ、残りは同じ部屋で同じ椅子に座って同じ時期に作った曲でした。

なるほど。というのは、本作はエレクトロニックなR&Bもあり、フォークもアンビエントもあり、プロダクションやタッチの面でヴァラエティに富んでいますよね。楽曲ごとのサウンドはどのように決まっていったのでしょうか?

CY:そこも、いろいろな映画を観たことの影響が大きかったですね。ホラーやSF、レトロなものと、いろいろなものを観て、そのときの気分で決めていったところがあります。自分を内観することで決まっていった部分もありますね。映画を観て抱いた感情と自分の人生を組み合わせて、いろいろな雰囲気が生まれていったのだと思います。あとは、いろいろな楽器を持っているので、しばらく使っていなかった楽器を引っ張り出して気分がフィットしたら使ってみたりと、その日のムードで作っていきました。

ちなみに、とくにインスピレーションを受けた映画はありましたか?

CY:たくさんあります。日本だと『リリィ・シュシュのすべて』は印象的でしたし、『ゾディアック』、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』、『グリーンナイト』……ブライアン・デ・パルマも観てましたし……HBOのドラマ『LEFTOVERS/残された世界』も観てました。30本ぐらいの観ていた映画のリストがあるんですよ(と言って、ヴァイナルのインナースリーブに掲載されるというインスピレーション元の映画作品リストを見せてくれる。『アド・アストラ』や『A GHOST STORY』など比較的新しいものから、ジブリ作品、1993年のほうのスーパーマリオの映画『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』まで、じつに様々な作品が並んでいる)。

なるほど……本当にいろんな作品にご興味があるんですね。

CY:毎日、レコーディングしながら映画を観ていました。歌詞も音楽も、その影響がすごく大きかったです。

ゴロゴロする音楽です(笑)。わたしの音楽にとって、心地いいスペースがあることは間違いなく重要です。

一方で、サウンド・プロダクションの面でヒントになった音楽作品はありましたか?

CY:それもいろいろあります。レディオレッド、エリオット・スミス、ゴリラズ、コクトー・ツインズ……。レディオヘッドもですが、アトモス・フォー・ピースのような(トム・ヨークの)サイド・プロジェクトにより影響を受けたかもしれません。トム・ヨークのプロジェクトはどれも全部好きなんです。あと、映画のスコアにも影響を受けています。というのは、さっき言ったように音楽を作りながら映画をたくさん流していたので、そのスコアからが自然に自分に入ってきたと思います。

あなたはマルチ・プレイヤーでもありますが、何か新しい楽器を習得されることはありましたか?

CY:1980年代のソビエトの時代のギターを買いました。

え、ソビエトですか?

CY:はい、インターネットで買いました。ソビエト時代のシンセサイザーも買いましたね。新しい楽器を習得したわけではないのですが、その辺りが新しく手に入れたものです。マイクやエフェクターも、ロシア製のものを買いました。

へええ、面白いです。こうしてお話を聞いていても、すごくいろいろな土地のいろいろなものにご関心があるのだなと感じますが、今回のアルバムで母語以外のいろいろな言語で歌われているのも興味深いですよね。あなたにとって、なぜ複数の言語で歌うことが重要なのでしょうか?

CY:わたしにとって新しい言語を学ぶことは、自分を表現するための新しい色を使えるようになるということなんです。外国語という別の色を持ってくることで、表現の仕方、リズム、歌い方が変わることがあります。たとえば日本語で歌うときとデンマーク語で歌うときだと、少し違ってくるんですよね。また、作っている最中は気づかなかったのですが、いま考えてみると、自分の両親が理解できる英語だと気恥ずかしかったりナーヴァスに感じられたりするものを、母語以外だと歌いやすい部分もあるのかもしれません。それにたとえば、ある外国語が理解できる女の子がいたとして、その相手にだけ伝わる言葉で自分を表現できる良さもあると思います。

なるほど、興味深いお話ですね。アルバムに収録されている“スイセン”では日本語で歌ってらっしゃいますが、他の楽曲と歌い方がかなり違っていて、この曲では激しさが出ています。あなたにとって日本語は、どのような感情を表現する言語なのでしょうか?

CY:どうしてそうなったかはわからないのですが、日本語で歌った“スイセン”ははじめてわたしが叫んだ曲になりました。たぶん、アニメを見ていて「自分が架空のアニメのオープニング・テーマを歌ったらどうなるだろう」と考えたのが関係していると思います。短くて、ロックやスクリームがいっしょになっているものを想像しました。なぜそれがスイセンの花というモチーフになり、そこからナルシストというテーマになったのか(※スイセンの学名はギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来する)はわからないのですが、自分がやりたかったことを詰めこんだ結果です。

ただ、あなたの音楽は様々なタイプのサウンドがありながら、前作から基本的には心地よさは一貫していると思います。音楽において、心地いいことや気持ちを落ち着かせることはあなたにとって重要ですか?

CY:(日本語で)ゴロゴロする音楽です(笑)。

ゴロゴロ(笑)。

CY:わたしの音楽にとって、心地いいスペースがあることは間違いなく重要です。ただ今回は、激しいとまでは言わなくとも、『Cheyenne』よりは切迫感や緊張感があるものを作ろうとは思っていました。でも結果としてはリラックスできるものになっているので、それがわたしの音楽ということなんだろうとは思います(笑)。たとえば“All They Want Is Violence”という曲ではホラー映画にインスパイアされたので怖い要素があるものを作ろうとしたのですが、結果としては落ち着いた曲になりましたね。

なるほど。でもたしかに、そうした緊張感がアクセントになっている部分もありますよね。『Cascades,~』に関して、曲のモチベーションとなる感情はどのようなものが多かったと思いますか?

CY:感情というよりは、実験という部分が大きかったと思います。つまり、何かしらの変化を求める感情に突き動かされていたかもしれません。

本当はアルゼンチンではなく日本に住みたかったのですが、手続きが大変で。でも日本語はずっと勉強してるから、近い将来に日本に住めるようになりたいです。

アルバム・タイトルの『Cascades, Cascading, Cascadingly』というのも変わったものになっていますが、これはどのように出てきた言葉ですか?

CY:まず「Cascades」という言葉の響きそのものが好きで、それに変化をつけてみたのですが、選びきれなくて並べたものをタイトルにしました。「Cascadingly」というのはおそらく文法的には間違っていて、検索すると使っているひとはいるんだけど、造語に近いものだと思うんですね。ただ、その連なっていくイメージがアルバムの曲の雰囲気にも合っていると感じました。

本作はあなたのミュージシャンとしてのいろいろな側面が発揮されたアルバムだと思いますが、シンガーソングライター、プレイヤー、プロデューサーでいうと、どの側面でもっともチャレンジングだったと思いますか?

CY:ミキシングが一番苦労しました。エンジニアリングやプロダクションも含めて全部自分でやったのですが、ミキシングだけは友人といっしょにやったんです。一番楽しかったのはプロダクションですが、全部の要素をまとめるミキシングがもっともチャレンジングでした。それから、歌も大変でしたね。自分が歌っているのを聴いて、どのテイクが一番いいのか見極めるのが難しかったです。

そんななかで、一番達成できたと感じられるのはどんなところでしょうか?

CY:アルバムのなかでは“Blue Gatorade”と“Solo yo y tú”が一番好きです。一番気に入っているのは“Blue Gatorade”なのですが、“Solo yo y tú”はプロダクションやミキシングまで全部ひとりでやった曲なので、とくに誇りに感じています。

わかりました。また、ぜひ日本でもライヴで来てください。

CY:行くつもりです! 本当はアルゼンチンではなく日本に住みたかったのですが、手続きが大変で。でも日本語はずっと勉強してるから、近い将来に日本に住めるようになりたいです。ツアーに関してはまだ予定はないけど、実現できるよう努力します。

Damon & Naomi with Kurihara - ele-king

 USインディの至宝、デーモン&ナオミが7年ぶりに来日することが決定している。長年のコラボレイター、栗原ミチオとのトリオ編成でのパフォーマンスを披露する予定で、さらに11月3日の下北沢 CLUB QUE公演には(ele-king booksで多くの装丁を手がけてくださっている長井雅子さんも所属する)Pervencheが、同5日の新代田FEVER公演にはsugar plantも出演する。詳しくは下記より。

Damon & Naomi with Kurihara Japan Tour 2024

Damon & Naomi 7年ぶりの来日決定!
長年のコラボレイターである栗原ミチオを加えたトリオでの公演が実現。

90年代初頭からインディーという枠をはみ出しながらドリームポップやインディー・フォークのオリジネーターとして活動、メランコリックとエクスペリメンタルを行き来するサウンドは文学的とも言えるストーリーを感じさせてくれる。おりしもこの秋にはGalaxie 500の未発表集がリリースとなる、まさに世界的な再評価の声が高まってきたタイミングでの来日となる。
共演としてキリキリヴィラからPervenche (QUE)とsugar plant (FEVER)が出演。

11月3日 (Sun)
下北沢 CLUB QUE

open 17:30 start 18:00
Live : Damon & Naomi with Kurihara、Pervenche
前売 7,000円 + 1D 当日 7,800円 +1D
前売チケットは8月10日 10:00よりLivePocketとe+にて販売開始
LivePocket:https://t.livepocket.jp/e/que20241103
e+ : :https://eplus.jp/sf/detail/4158480001-P0030001

11月5日 (Tue)
新代田FEVER

open 19:00 start 19:30
Live : Damon & Naomi with Kurihara、sugar plant
前売 7,000円 + 1D 当日 7,800円 +1D
前売チケットは8月10日 10:00より以下のURLにて販売開始
e+ : https://eplus.jp/sf/detail/4158690001-P0030001

Damon & Naomi
Damon & Naomiはアメリカのインディー・ロックデュオでメンバーはDamon KrukowskiとNaomi Yang。彼らは1991年に解散したドリームポップバンドGalaxie 500の元メンバーとしても知られている。Galaxie 500の解散後、Damon & Naomiは1992年にデビューアルバム「More Sad Hits」をリリースしキャリアを新たにスタートさせた。このアルバムはプロデューサーにGalaxie 500の作品を手がけたKramerを再び迎え、シンプルでメランコリックなサウンドを作り上げた。
彼らの音楽はドリームポップやインディー・フォーク、さらにはエクスペリメンタルな要素を取り入れた独自のスタイルを持っており、Naomi Yangの透明感のあるボーカルとベース、Damon Krukowskiの控えめなドラムとギターが織り成すメロディーはリスナーに静かな感動を与えてきた。それは日常の喧騒から離れた場所でリスナー自身の内面を旅をするような感覚を作り出す。

Damon & Naomiは日本のバンドGhostとのコラボレーションでも知られている。彼らはGhostのギタリストKurihara(栗原ミチオ)と共に多くのアルバムを制作した。2000年の「With Ghost」では、GhostのサイケデリックなサウンドがDamon & Naomiの音楽に新たな魅力を加えた。その後もKuriharaは2005年の「The Earth Is Blue」や2007年の「Within These Walls」、2011年の「False Beats and True Hearts」、そして最新作である『A Sky Record』にも参加し、複数のアルバムで重要な役割を果たしてきた。彼のギターワークは、Damon & Naomiのシンプルで詩的なサウンドにエッジと深みを加えている。
Damon & Naomiの活動は音楽だけでなく映像やアートの分野にも広がっている。Naomi Yangは写真家および映像作家としても活躍しており、彼女の視覚的な作品は音楽と深く関連している。特に2015年にリリースされたアルバム「Fortune」は、Naomiが監督した映画にインスパイアされており、視覚と聴覚の両方で彼らの芸術を楽しむことができる作品となっている。
彼らの最新作「A Sky Record」(2021年)は東京でも録音され、穏やかなメロディーと内省的でありながら映像を想起させる歌詞でリスナーを魅了する。彼らの音楽は静かでありながら深く、シンプルでありながら複雑な感情を呼び起こす。彼らはGalaxie 500の頃からインディー・シーンで独自の地位を確立しており、その音楽は時間が経つにつれてさらに豊かになっている。

ゲーム音楽の歴史と本質を知るための最良の手引き
第一人者による積年の研究の集大成

いまわたしたちの目の前にあるゲーム音楽は、
なにがどうなった結果としてそこにあるのだろうか?

『コンピュータースペース』『ポン』『アメイジング・メイズ』
『スペースインベーダー』『ラリーX』『ゼビウス』
『ジャイラス』『デウス・エクス・マシーナ』
『スーパーマリオブラザーズ』『ドラゴンクエスト』
『ジーザス』『ファイナルファンタジー』『アクトレイザー』……

ゲーム音楽を「ゲームサウンド」という大きな枠組みのなかに
位置付け直すことで、その答えを探る。

これまでゲーム音楽の構造研究は主として産業史・技術史の観点からなされてきたが、その大半は「ゲーム音楽はこんなにも進歩してきた」という進歩主義史観に貫かれたもので、零れ落ちるものが無数にあった。クラシック、ロック、ジャズ……どんなジャンルでもそうだが、音楽史には必ず同時代の社会や文化との関わりが示されるものだ。しかし進歩主義史観はどうしてもそこをすっ飛ばしてしまう。だから本書はゲーム音楽に込められた価値と信念の系譜に目を向けるのだ。これを明らかにしておかないと、ゲーム音楽の歴史は永遠に機能論と印象論の牢獄に閉じ込められたままになるだろう。 ──「はじめに」より

最終的に提示するゲームサウンドの構造モデルは、「ゲーム音楽の本質はどこにあるのか」という問いに対する、現時点で最良の解答になっているはずである。 ──同

四六判/360頁

目次

はじめに──ゲーム音楽って、なんだろう。
序章 「最高のノイズ」があった頃
第1章 音の必然性──ヴィデオゲーム以前のゲームサウンド
第2章 エレメカ・サウンドとヴィデオゲーム・サウンド
第3章 ヴィデオゲームにBGMが定着するまで
第4章 「映画」になりたがるヴィデオゲーム・サウンド
第5章 音盤化するゲーム音楽
第6章 「ゲーム音楽語り」の構造
第7章 メカニクス/シグナル/ワールド
あとがき

[著者]
田中 “hally” 治久(たなか・はりー・はるひさ)
ゲーム史/ゲーム音楽史研究家。チップ音楽研究の第一人者で、主著に『チップチューンのすべて』、共同監修書籍に『ゲーム音楽ディスクガイド』『ゲーム音楽家インタヴュー集──プロのベテラン18人が語るそれぞれのルーツ』『インディ・ゲーム名作選』ほか。さまざまなゲーム・サントラ制作に携わる傍ら、ミュージシャンとしても活動しており、ゲームソフトや音楽アルバムへの楽曲提供を行うほか、国内外でDJ・ライブ活動も展開している。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
disk union
紀伊國屋書店
MARUZEN JUNKUDO
e-hon
Honya Club

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
丸善/ジュンク堂書店/戸田書店
三省堂書店
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

Loren Connors & David Grubbs - ele-king

 デヴィッド・グラブスとローレン・コナーズ。ともに現代の米国を代表するエクスペリメンタル・ミュージック・ギタリストだ。そのふたりの共演・共作アルバムが本作『Evening Air』である。リリースはアンビエント・アーティストのローレンス・イングリッシュが主宰するレーベル〈Room40〉から。

 グラブスはかつてジム・オルークとのガスター・デル・ソルとしても知られている(思えばローレン・コナーズもジム・オルークの共演作がある)。ソロもコラボレーション・アルバムも多数リリースしている。いわば90年代以降の米国実験音楽における重要人物でもある。著作もあり、名著『レコードは風景をだいなしにする ジョン・ケージと録音物たち』(フィルムアート社)が翻訳されている。
 グラブスとコナーズのデュオ作は約20年前の2003年に〈Häpna〉からリリースされた『Arborvitae』以来のこと(現在はブルックリンのレーベル〈Improved Sequence Records〉からリリースされている)。約20年前の『Arborvitae』は幽幻かつ荘厳な美しさを称えたピアノとギターによるエクスペリメンタルな教会音楽といった趣のアルバムであった。
 いっぽう2024年の『Evening Air』はその音楽性を継承しつつも、より深化した霧のような響きをアルバム全編に渡って展開しているアルバムである。端的にいって『Evening Air』は「美しい」。グラブスのアルバムではNikos Veliotisとの『The  Harmless  Dust』に近い印象を持った。演奏と響きの美。音響の美。
 また、『Arborvitae』ではグラブスがピアノとギター、コナーズがギターを担当していたが、『Evening Air』ではコナーズもピアノを担当(曲によってがドラムも!)している点にも注目したい。このコナーズのピアノがまた素晴らしい響きを発しているのだ。
 グラブスがピアノを担当するのは、1曲目と2曲目、コナーズがピアノを担当するのは3曲目(B1)、4曲目(B2)、6曲目(B4)である。5曲目(B3)ではギターはふたりのデュオだがそれに加えてなんとコナーズがドラムを演奏している(この演奏が極めて独自のもの)。アルバム最終曲の6曲目 “Child” は、ローレン・コナーズとスザンヌ・ランギールのカバー曲である。

 ふたりの演奏にはそれぞれがそれぞれ別の領域に存在し、違いに侵食をしないように気遣いつつ、しかしそれぞれの音がある瞬間に溶け合い、消え入りそうになるような静寂さと緊張感がある。1曲目 “vening Air” はまさにその代表のような曲で、ギターとピアノによる静謐な音の接触と離反が展開されている。ミニマリズムを主体とするグラブスと、夢の中を彷徨うような夢幻的なグラブスの演奏の対比が実に見事だ。
 この曲以降、ふたりのギターとピアノはつねに緊張感を保ったまま持続と生成と接触を繰り返すが、コナーズがドラムを担当する5曲目 “It’s Snowing Onstage” で事態は一変する。いわば完全に独自の音響発装置となったドラムがギターに溶け込むように音を発生するとき、緊張感と異なる不可思議な音響が自然と生成されているのだ。緊張感が別次元に昇華したというべきか。
 どの曲も名演だが、録音の素晴らしさも筆舌に尽くしがたいものがある。決して派手な音ではないが、音の残響の捉え方が見事で、空間の中に霧のように溶け合っていくようなふたりの演奏を見事に捉えている。特にピアノの音が透明な粒のようでもあり、もしくは薄明かりの光のようにうっすらと滲むような響きでもある。
 特にコナーズのピアノ演奏が美しい。マスタリングを〈12k〉レーベルの主宰であり、アンビエントアーティストとしても名高いテイラー・デュプリーが手掛けている点も書き添えておいても良いだろう。ちなみに、ギターとピアノのミックスはグラブス自らが手がけている(DG名義)。

 最初にも書いたようにリリースはローレンス・イングリッシュが主宰する〈Room40〉からである。グラブスは2022年にポルトガルのギタリスト/インプロヴァイザーのマヌエル・モタとのコラボレーション『Na Margem Sul』、本年2024年にはシドニー在住のギタリストのリアム・キーナンとのコラボレーション『Your Music Encountered In A Dream』を、〈Room40〉からリリースしてきた。本作は、いわば〈Room40〉におけるコラボレーション・シリーズ3作目といえなくもない。
 私見だが、コラボレーション・シリーズでこのもっとも良い出来が、この『Evening Air』に思える。演奏と音響、音響と音楽の非常に高いレベルで、しかしさりげなく実現しているからだ。さすがはあのローレン・コナーズとのデュオ作といえよう。
 ローレン・コナーズは1949年生まれのNYの伝説的なエクスペリメンタル・ギタリストで、その淡く幽幻なギターの音響で聴くものを魅了し続けてきた。すでに40年以上の活動歴があり、アルバムの数もコラボレーションも数多い。サーストン・ムーア、大友良英、アラン・リクト、灰野敬二などとの共演を重ねてきた。
 70年代後半からリリースされ続けてきたコナーズのアルバムは膨大で、安易にこの一枚というのは紹介できないが、私が思い入れがあるのは、1999年にリリースされたジム・オルークとの『n Bern』である。また2006年にリリースされたCD3枚組のコンピレーション『Night Through (Singles And Collected Works 1976-2004)』も非常に印象的なCDだった。ちなみに『Night Through (Singles And Collected Works 1976-2004)』はジム・オルークがマスタリングを手がけていた。

 いうまでもないがオルークとグラブスは90年代においてガスター・デル・ソルというポスト・ロック・音響派のグループで活動していた。本作『Evening Air』を聴いていると、なぜか不意にそのガスターの影が脳裏をよぎった。むろんグラブスはガスターであったのだから当然かもしれないが、演奏同士がもたらす静謐な緊張感にどこかかつてのガスターと同じ空気を感じたとでもいうべきだろうか。特にグラブスがピアノを演奏する冒頭2曲 “Evening Air”とChoir Waits in the Wings” にそれを感じた。当然、ガスターのようにグラブスの印象的な「歌」はない。だがふとした瞬間に感じる「緊張感」に、どこかガスターを感じたのだ。
 もともとグラブスの音楽をオルークがアレンジするというのがガスターの核だったと思うのだが、そこから生まれる緊張感こそがあのバンドの本質ではなかったか。となればコナーズとの演奏は、グラブスの演奏に良い意味での緊張感を与え、あのガスターを思わせる音楽・演奏・音響空間になったのではないかと、つい妄想してしまうのである。
 私などはこの『Evening Air』がガスターの90年代未発表音源をまとめた『We Have Dozens Of Titles』と同年に出ることに、どこか「運命」を感じてしまったものだ。『Evening Air』と『We Have Dozens Of Titles』、それぞれを併せて聴き込んでいくと、90年代音響派とは何だったのかが見えてくるような気もするのである。90年代音響派とは、20世紀の米国の実験音楽の最後直接的末裔でありつつ、「レコード」というアーカイブの探究によって「現代」という時代を生きてきた音楽であった。本作もまた米国における実験音楽の探究という系譜の中にあるように私には聴こえた。

 その意味で後年グラブスを語るとき重要なアルバムになるのではないか。コナーズもまた英国音楽の例外的な末裔であり、大量のレコードを残している。彼は米国のエクスペリメンタル音楽の「生き証人」でもある。そのコナーズと演奏をおこなうことで、かつてオルークと共にガスターでおこなっていた例外的米国音楽の探究という「緊張感」が再び生成されているように聴こえたのである。
 ともあれふたりのことをまったく知らなくとも、聴いた人の耳を捉えて離さない音楽である。優雅で儚く、そして永遠のような音楽であることも事実だ。まずは聴いてほしい。ギターとピアノによる「夜の時間」、「幽玄の美」がここにある。

9月のジャズ - ele-king

 昨秋に来日公演をおこない、本WEBでのインタヴューにも応じてくれたジャズ・サックス奏者のヌバイア・ガルシアの新作『Odyssey』が発表された。昨年はクルアンビンとのスプリット・ライヴ盤や、参加作品だと『London Brew』などもあったが、自身のソロ・アルバムでは2021年の『Source』以来3年ぶりとなる久々のアルバムだ。シャバカ・ハッチングスジョー・アーモン・ジョーンズらとサウス・ロンドンのジャズ・シーンを牽引してきた彼女ではあるが、既にサウス・ロンドンに限定される存在ではなくなっており、『Odyssey』ではエスペランサ・スポルディングやジョージア・アン・マルドロウなどアメリカ人のアーティストとの共演もある。インタヴューでもティーブスキーファーらアメリカのアーティストへの興味について述べていたり、またクルアンビンとのライヴ盤をリリースするなど、インターナショナルに活躍する彼女ならではだ。しかし、作品の根幹となる部分は今回も変わっておらず、ジョー・アーモン・ジョーンズ(ピアノ、エレピ)、ダニエル・カシミール(ベース)、サム・ジョーンズ(ドラムス)というサウス・ロンドンの旧知の面々によるトリオは、『Source』から引き継がれている。プロデュースも『Source』と同じくクウェズ(Kwes.)がおこなっており、ヌバイアがいかに彼を信頼しているかがわかる。


Nubya Garcia
Odyssey

Concord / ユニバーサルミュージック

 ギリシャの叙事詩を意味する『Odyssey』は、ヌバイアの長い音楽の旅をイメージしている。「自分自身の道を真に歩むこと、そして、こうあるべきだ、あああるべきだという外部の雑音をすべて捨て去ろうとすることを表現している。それはまた、常に変化し続ける人生の冒険、生きることの紆余曲折にインスパイアされたものでもある」と、アルバムを総括してヌバイアは述べているのだが、そこには音楽業界に長く残る差別という雑音への示唆も含まれる。長く男性優位が続いたジャズ界であるが、近年はヌバイアのような才能あふれる女性アーティストの活躍もクローズ・アップされるようになり、本作ではエスペランサ、ジョージア・アン・マルドロウ、リッチー・シーヴライト、ザラ・マクファーレン、シーラ・モーリス・グレイ、ベイビー・ソルなど米英の黒人女性アーティストが多く起用される。女性ジャズ・アーティストによるプロジェクトとしてはテリ・リン・キャリントンのモザイク・プロジェクトが知られるが、ヌバイアが参加するネリヤも同じような方向性のバンドであるし、『Odyssey』についても女性アーティストとしての矜持が存在している。

 『Odyssey』のトピックとしては、英国のチネケ・オーケストラとの共演も挙げられる。チネケ・オーケストラは多民族の演奏家より構成され、ヨーロッパにおいて初めて多くの黒人演奏家が参加する楽団として知られるが、今回の共演に際してヌバイアは初めてストリングス・アレンジも手掛けている。そうしたオーケストラ・サウンドの魅力が詰まった楽曲が “In Other Worlds, Living” で、『Odyssey』の世界観を表すような壮大なスケールを持つ。重厚で骨太なモーダル・ジャズの “Odyssey”、律動的なリズム・セクションが斬新なカリビアン・ジャズの “Solstice” などヌバイアらしいインスト作品が並んでおり、“The Seer” ではアグレッシヴなジャズ・ロックの曲調の中、ヌバイアのサックスがディープで鮮明なフレーズを奏でる。この曲に顕著だが、サックスのミキシングはエコーをかけたような残像があり、そのあたりはクウェズのなせる技なのだろう。一方、今回はさまざまな女性シンガーたちによるヴォイスも花を添える。中でも、ジャズ・ファンク調の “Set It Free” におけるリッチー・シーヴライトのクールだがソフトで浮遊感に満ちたヴォーカルがいい。彼女はココロコのトロンボーン奏者として知られるが、本職ではないヴォーカリストでも素晴らしい才能を見せる。


Ibrahim Maalouf
Trumpets of Michel-Ange

Mister I.B.E.

 ベイルート出身のジャズ・トランペット奏者のイブラヒム・アマルーフ(マーロフ)は、叔父に作家のアミン・アマルーフを持つ。1975年のレバノン内戦で祖国から難民としてフランスに渡り、アラブ社会についての著書や、内戦や難民をモチーフにした小説を残しているが、音楽一家に生まれたイブラヒム・アマルーフも同様にレバノン内戦中にフランスに逃れ、クラシックやアラブ音楽を学んできた。父親のナシム・アマルーフもトランペット奏者で、イブラヒムと一緒にデュオを組んでヨーロッパで演奏活動をおこなってきた。イブラヒムは父が開発した4本のピストンバルブを持つ特殊なトランペットを用い、それによってアラブ音楽特有の微分音を表現することが可能となった。そして、アラブ音楽をジャズや西洋のポピュラー音楽と結びつけ、独自の表現をおこなう音楽家である。2007年のソロ・デビュー作『Diaspora』は、そうしたフランスにおけるレバノン人のディアスポラとして、イブラヒムのアイデンンティティを強く打ち出した作品だった。その後、ロック、ファンク、ソウルなど西洋音楽に接近した『Illusions』(2013年)、アロルド・ロペス・ヌッサ、アルフレッド・ロドリゲス、ロベルト・フォンセカらキューバのミュージシャンと共演し、ラテン色が濃厚となった『S3NS』(2019年)、デ・ラ・ソウルと共演するなどヒップホップを取り入れた『Capacity To Love』(2022年)と、作品ごとにさまざまな色を出すイブラヒム・アマルーフだが、いつも根底にはアラブ音楽がある。

 『Capacity To Love』から2年ぶりの新作『Trumpets of Michel-Ange』も、彼ならではのアラブ音楽と西洋音楽との邂逅が見られる。『Trumpets of Michel-Ange』とは「ミケランジェロのトランペット」ということだが、ルネッサンスの偉大な芸術家にちなむと共に、ナシム・アマルーフが開発した4分音のトランペットを普及して広めようという教育プロジェクトの名称としても用いられる。今回はゲストにニューオーリンズのトロンボーン奏者で、ジャズ、ファンク、ロック、ヒップホップと縦横無尽に活動するトロンボーン・ショーティー、デトロイトのダブル・ベース奏者のエンデア・オーウェンズ、マリのコラ奏者として世界的に活躍し、去る7月19日に逝去したトゥマニ・ジャバテ、その息子のコラ奏者/シンガー/プロデューサーのシディキ・ジャバテらが参加。イブラヒムは2022年にアンジェリーク・キジョーとの共作『Queen Of Sheba』をリリースし、そこではアフリカ音楽とアラブ音楽との融合を試みていたのだが、『Trumpets of Michel-Ange』もかなりアフリカを意識した作品と言えるだろう。“The Proposal” や “Love Anthem” は哀愁漂うアラブの旋律にアフロ・ビートをミックスし、中東フォルクローレの舞踏音楽の系譜を受け継ぐ作品となっている。トロンボーン・ショーティーをフィーチャーした “Capitals” はさらにアップテンポのダンサブルなナンバーで、ビデオ・クリップのライヴ映像ではダンサーも登場して盛り上がる。ライヴ映像を見るに、今回の録音はブラスバンド的な編成で、オーバーダビングは一切用いていない。また、イブラヒムのバックで演奏するトランペット隊もすべて4分音トランペットを用いており、それが迫力のあるブラス・サウンドを作り出している。


Jaubi
A Sound Heart

Riaz

 テンダーロニアスのアルバム『Tender In Lahore』、『Ragas From Lahore』(共に2022年)で共演し、その後『Nafs At Peace』(2021年)でアルバム・デビューしたジャウビ。パキスタンのラホール地方出身のグループで、アリ・リアズ・バカール(ギター)をリーダーに、ゾハイブ・ハッサン・カーン(サーランギー)、カマール・ヴィッキー・アバス(ドラムス)、カシフ・アリ・ダーニ(タブラ、ヴォーカル)という4人組である。もともとはパキスタンや隣接する北インドの古典伝統音楽などをやっていたが、テンダーロニアスなどとの共演からジャズやジャズ・ファンクをはじめとした西洋音楽にも傾倒していく。『Nafs At Peace』にはテンダーロニアスも参加し、北インド地方固有の音楽をジャズやジャズ・ファンクで解釈した作品となっていた。3年ぶりの新作『A Sound Heart』もテンダーロニアスが参加しており、カマール・ヴィッキー・アバスが抜けた代わりにルビー・ラシュトンのドラマーのティム・カーネギーも加入。テンダーロニアスの周辺では同じくルビー・ラシュトンのメンバーのニック・ウォルターズも参加し、ほかにオーストラリアの30/70からヘンリー・ヒックス、ポーランドのEABSからマレク・ペンジウィアトルが参加し、より広がった世界を見せる。

 『A Sound Heart』というアルバム・タイトルはイスラム教のコーランの一説に触発されたもので、神への愛を描いたものとなっている。また、収録曲である “A Sound Heart” はビル・エヴァンスにインスパイアされた美しいピアノ曲(ピアノだけでなくテンダーロニアスのフルートや、ゾハイブ・ハッサン・カーンのサーランギーも素晴らしい)であるが、アルバムでは随所にジャズの偉大な先人たちに捧げられた曲がある。ウェイン・ショーターへ捧げた “Lahori Blues” は、1960年代後半のショーターを想起させるブルース形式のモード・ジャズ。ちょうどショーターや、彼の参加したマイルス・デイヴィス・カルテットの演奏で知られる “Footprints” に似たところがあるが、ジャウビの方はサーランギーによるエキゾティシズム溢れる演奏が異色である。変拍子によるジャズ・ロック的な “Wings Of Submission” においてもサーランギーが印象的で、ほかのグループには無いジャウビのトレードマークになっていると言えよう。“Chandrakauns” はタブラを交えたリズム・セクションが北インド的で、テンダーロニアスのフルートやキーボード、シンセなども相まって全体的に不穏で抽象性の高い演奏を繰り広げる。“Throwdown” はブルージーなギターが導くクールなジャズ・ファンクで、カマール・ウィリアムズに通じるような作品。パキスタンとサウス・ロンドンが邂逅したような1曲と言えよう。


Allysha Joy
The Making of Silk

First Word / Pヴァイン

 メルボルンのソウル~ジャズ・コレクティヴの30/70のリード・シンガーとして活躍するアリーシャ・ジョイ。ソロ活動も活発に行っていて、『Acadie : Raw』(2018年)、『Torn : Tonic』(2022年)に続く3枚目のソロ・アルバム『The Making Of Silk』をリリースした。30/70のドラマーであるジギー・ツァイトガイストやキーボード奏者のフィン・リース、ハイエイタス・カイヨーテでバック・コーラスを務めるジェイスXLといったメルボルン勢のほか、サウス・ロンドンからギタリストのオスカー・ジェロームや、ブラジル出身のコンガ奏者のジェンセン・サンタナ(彼はヌバイア・ガルシアの『Odyssey』にも参加する)といったメンバーが録音に加わっている。これまでのソロや30/70の作品の延長線上にある作品集と言え、ジャズとソウルやファンク、そしてクラブ・サウンドが融合した世界を聴かせる。

 〈CTI〉時代のボブ・ジェームズのサウンドを想起させるメロウでスペイシーなジャズ・ファンク “nothing to prove”、かつてのウェスト・ロンドンのブロークンビーツを想起させるリズム・セクションとメロディアスなコーラスがフィーチャーされた “dropping keys” と、フェンダー・ローズを軸としたサウンドとハスキーなアリーシャ・ジョイのヴォーカルは今回も素晴らしいマッチングを見せる。コズミックなシンセがエフェクティヴな効果を上げる “raise up” では、後半のアリーシャのスキャットが鍵となり、オスカー・ジェロームのギターをフィーチャーした “hold on” では、アリーシャの歌からアーシーでレイドバックしたフィーリングが溢れ出す。

interview with Sonoko Inoue - ele-king

落ちこぼれの馬鹿馬鹿しくも切ない暮らし
忘れられない覚えられない
落ちこぼれの馬鹿馬鹿しくも愉しい暮らし
忘れられない でも覚えられない
くだらないったら ありゃしない
(“ありゃしない”)

 アコースティック・ギターを抱えて生活について歌うことはフォークのひとつの型であり、井上園子はその伝統を現代の日本において受け継いでいるシンガーソングライターだ。ブルーグラスやカントリーに影響を受けたその音楽性は、ギターを始めてそれほど長くないというのが意外に思えるほどすでに滋味深さを獲得しているが、しかし、歌われる風景自体は必ずしも穏やかなものばかりではない。日本の都市の片隅で見落とされている「落ちこぼれの暮らし」にあるわびしさ、悔しさ、みじめさ……そんなものが率直に描かれている。
 弾き語りの一発録りで制作されたデビュー作『ほころび』は、アコギ1本でおこなうことが多い現在のライヴ活動のありのままを反映したものだという。ときにラフさを隠さない演奏が心地よさだけではない緊張感を呼び、飄々とした歌声は不意に痛切さをこぼしてみせる。その緩急の妙味を体験できる一枚だ。
 それは言葉においても同様で、日々の生活におけるささやかな喜びや切なさが綴られる一方で、生々しく獰猛な感情が姿を現すこともある。孤独の情景がたんたんと語られる“三、四分のうた”、劣等感がにじむ“ありゃしない”、うら寂しい瞬間を切り取った“漫画のように”。それに、ユーモアや毒もある。「綺麗な服着たおやじども」に悪態をつく“きれいなおじさん”の率直な怒りに、痛快さを覚えるリスナーも多いだろう。
 それでも、一般的な常識から外れた美学を持って生きる人びとに敬意を捧げる“カウボウイの口癖”がそうであるように、『ほころび』では小さな人間同士の交感もまた、たしかに歌われている。何もかもが慌ただしい現代において、ほころびを悪いものではなく、慈しむものとして捉える感性をフォーク/カントリーの伝統から自然と吸収した歌なのだ。

 マイペースな活動を続ける井上園子に話を聞いた。「私は私をうたうだけ」とデビュー作で宣言している彼女は、これからもそうすることだろう。

ブルーグラスであれば何でも好きなんですけど、たとえばディラーズなんかは探れば探るほど面白いですね。

デビュー・アルバムをリリースした心境はいかがですか。

井上園子:あまり変わらないです。

プレッシャーも感じずに。

井上:そうですね。本当はもっと感じたほうがいいのかもしれないですけど、いつもと変わらない穏やかな日々を過ごしています。

ではバックグラウンドからお聞きしたいのですが、子どもの頃はどういう音楽を聴いていたんですか。

井上:自分で選ぶというよりは、そこにあるものを聴いていた感じです。両親やきょうだいが聴いているものをお下がりとして聴いてきたイメージです。

そのなかでとくに好きだったものはありますか。

井上:母が好きだったオジー・オズボーンを聴いていました。チャットモンチーやaikoも聴いてましたね。ヒップホップもアイドルも聴くし、アメリカン・ルーツがあるものも聴くし、雑種な感じでした。

子どもの頃からアメリカン・ルーツ的なものも耳に馴染んでたんですね。

井上:父が好きだったので。

ひとりが作ったものを何百人も何千人ものひとが口癖のように唱えられること、時間をかけてひとの記憶に入りこんでくることは、パッと出のものにはない温かさがあるんじゃないかなと思います。

ブルーグラスのライヴ・カフェ&バーでアルバイトをされていたとのことですが、ブルーグラスのどういうところに惹かれたのだと思いますか。

井上:決められたトラディショナルな音がずっと続いていくところや、弦楽器のテンプレート化されたフレーズの技術的な部分がすごく心地よかったです。

ある種、様式化されたものに惹かれるという。

井上:そうかもしれないです。

バイトをされていたという茅ヶ崎の〈STAGECOACH〉というのは、どういう雰囲気のお店だったんですか。

井上:ブルーグラスやカントリーを演奏する老舗で、年齢層も上の方が集う喫茶クラブみたいなところです。

ギターもそこで始められたとのこですが、ギターは楽器としてすぐにしっくり来る感じだったんですか。

井上:いや、いまだにそんな感じは全然ないですね。

そんななかで、ご自身で曲を作るのは自然な流れだったのでしょうか。

井上:自分ではそういう感情はなかったんですが、周りから「やってみなよ」と言われたのが一番大きい理由だったと思います。

曲作りをしていくなかで、とくにインスピレーションだったり影響だったりを受けたものはありましたか。

井上:ずっと聴いてきたものなので、トラディショナルやブルーグラスには少なからず影響を受けていると思います。ブルーグラスであれば何でも好きなんですけど、たとえばディラーズなんかは探れば探るほど面白いですね。

[[SplitPage]]

「ほころぶ」って素敵なことなんだなと感じたんです。大事にした結果がほころぶってことなのかなと思えて、すごく好きな言葉です。

では、アルバム『ほころび』についてお聞きします。弾き語りの一発録りというのは覚悟がいることだとも思うのですが、そうしようと決めたのはどうしてでしょうか。

井上:ライヴ活動でもひとりでやっていることがほとんどなので、バンドで繕えるほどまだ仲間がいないというのが正直なところですし、最初のアルバムは堂々と、粗が出るぐらいのほうがいいかなと思って弾き語りにしてもらいました。一発録りも、何度も録り直しても上手くならないので、いまあるものが前面に出たほうが自分らしいのかなと思ってそうしました。

一発録りのロウな感触もありますし、自分が『ほころび』を聴いていて感じたのは、生活について正直に歌っている弾き語りだなということでした。生活について歌うのは井上さんにとって意識的なことなんでしょうか。

井上:意識的にならざるをえないところもあります。そこにわたしの暮らしが全部あるので。でもそれが伝わっているなら、嬉しい気持ちもあります。ただ意識して暮らしているわけではないので、自然な形で歌になっているといいなと思います。

曲と歌詞はどちらが先にあることが多いですか。

井上:どちらも別々ですね。

というのは、アルバムを聴いて言葉のセンスが独特だなと感じたんですね。「キャリア採用」みたいな、弾き語りのフォーク・ソングに一見マッチしなさそうな言葉が出てくるのが面白いし、ユーモアや毒もありますよね。こういった言語感覚がどこから来たのか、思い当たるところはありますか。

井上:難しいですが、漫画だったり紙に印字されたものが好きなので、それはあるかもしれないです。長い文章というよりは、ひと場面で情景が浮かぶような短い言葉に全部が詰まっているものにすごく惹かれますね。

とくに好きな漫画はありますか。

井上:ギャグ漫画がすごく好きですね。落ちこんだときは絶対『浦安鉄筋家族』を読みます。

なるほど! ちょっと通じるところがある気がします。『浦安』のどういうところがお好きですか。

井上:あの世界観とかが全部好きですね。ちゃんと笑いで落ちる安心感も好きです。最高だよな、みたいな。

一方で、「この暮らしのカビ臭さ」、「落ちこぼれ」みたいな暮らしに対する生々しい言葉も出てきますが、これはもう率直に感じていることを書かれているのでしょうか。

井上:はい、何のひねりもなく、感じたことをそのまま書いています。

歌詞は直感的なものを書き留めて作っているのでしょうか。

井上:書き留めているものを、パズル的に組み上げている気がします。

とくに“きれいなおじさん”のような曲に感じますが、怒りは曲を作る原動力になりますか。

井上:はい。

普段、どういうところに怒りを感じますか。

井上:うーん……原因が基本自分のほうにあるのはわかってるから、やり場のない悔しさのほうが近いかもしれないです。悪いひとと悪くないひとがいて、理由がはっきりとあれば真っ当に怒れるんだろうけど、ほとんどの場合は自分にも原因があったり自分が不甲斐ないことが原因だったりするので、悔しさのほうが多いです。結果として怒りになるだけで、始まりは劣等感なのかなと思います。

とくに“ありゃしない”には劣等感や悔しさがあると思うのですが、一般的な意味で社会人として働いているひとたちと比べてそうしたことを感じられることはあるのでしょうか。

井上:あの歌詞を書いていた当時は感じていたと思います。

アルバムのなかでは“漫画のような”にも痛切さを感じるのですが、これはどのようにできた曲だったのでしょうか。

井上:“漫画のような”は先に言葉で言いたいことがあって、気持ちいいフレーズをつけていく作業をしていたと思います。

「ぼくら雑に積まれた本のようだね」というのが印象的ですが、何かこの言葉を書くきっかけはあったのでしょうか。

井上:すごく狭い部屋に住んでいて、物が増えると縦に積んでいくような状態で。それが何かのきっかけで崩れちゃったときにまた積み直すって作業をしているんですけど、これが正しい形じゃないのに積み直すのって何でなんだろうと思って。部屋が狭いからなのか、積んでいくことで整理されていると自分が勘違いしているからなのか。そういう雑に積まれた本というところから連想していって、恋人との付き合い方とか家族や友だちとの関わり方とかにもつながっていくんだろうなというのを考えて作りました。

なるほど、イメージ喚起的な。一方、“きれいなおじさん”はある意味ストレートに怒りが出ているようにも思うのですが、経験されたことを率直に書かれたのでしょうか。

井上:そうです。悪口を本人に言えなかったので書いたという、よくない形の曲ですね。

(笑)でも、痛快に感じるリスナーも多いと思いますよ。ただ、それが聴き心地のよい弾き語りフォークになるのも面白いと感じます。歌詞と音楽的なフィーリングのバランスについては考えられますか。

井上:歌っていて気持ちいいことに一番重きを置いているので、そこがそのまま曲に出ていますね。

“カウボウイの口癖”には粋な感じの描写がありますが、カウボウイというモチーフはどこから出てきたのでしょうか。

井上:自分のアルバイト先の〈STAGECOACH〉には、本当にカウボウイがいっぱいいるんです。ウェスタン・ブーツ履いてウェスタン・ハットかぶって、カントリーを歌う、本当に化石みたいなひとたちがいるところなので(笑)。そのひとたちの美学をずっと聞いて暮らしていたので、そのひとたちのカッコいい潔さを歌いたいと思って作った曲です。

そのカウボウイたちの美学において、とくにカッコいいと思われるのはどのようなところですか。

井上:日本人が戦時中の敵対国の英語の曲を歌うというのも、音楽やファッションとして何十年も好きでいるというのも、本当にカッコいいことだなと思います。

お話を聞いていると、ブルーグラスの様式美に惹かれるというのもそうですが、ずっと続くものに魅力を感じられる傾向があるのかな、と。

井上:いま思えば、あると思います。

それはなぜなのか、ご自身で分析することはできますか。

井上:なぜですかね……。ひとりが作ったものを何百人も何千人ものひとが口癖のように唱えられること、時間をかけてひとの記憶に入りこんでくることは、パッと出のものにはない温かさがあるんじゃないかなと思います。それがいい悪いではなく、とにかく残し続けるという。それを歌い継ぐひとがいるっていうのは、すごく素敵だなと思うことばかりなので、そういうところが好きなのかな。

(オジー・オズボーンは)声も歌い方もいいし、生きてるひとの歌だなと思います。

なるほど。『ほころび』というアルバム・タイトルはどこから出てきたのでしょうか。

井上:わたしは洋服をいっぱい持っているほうではなくて、一着をずっと着続けるタイプなんですけど、裾がほつれていくことがあるんですね。ロング・スカートが短くなっていくのを見て、いろんな意味で「ほころぶ」って素敵なことなんだなと感じたんです。大事にした結果がほころぶってことなのかなと思えて、すごく好きな言葉です。

リスナーにはどういう状況で聴いてほしいアルバムですか。

井上:ひとりでいるときにさっと聴けるものであってほしいですね。

よくわかりました。現在の活動についてもお聞きしたいのですが、バンドと演奏されるときはよりアメリカーナ的なサウンドを志向しているようですが、こうした音楽性はバンドとやりながら自然と決めていくのでしょうか。

井上:そうですね。プレイヤーのひとたちが好きでわたしは呼んでいるので、彼らが思った通りにやってくれるのを聴きたいと伝えています。

バンドとやるときの楽しさをどんなところに感じますか。

井上:定型文がないから、みんなの感情が音で見えるのにワクワクしますね。

一発録りについてもそうですし、音楽において事故や偶然起こることに惹かれるほうなんでしょうか。

井上:事故はないに越したことはないんですけど、それも楽しめるようにわたしはひとりでいるので。

活動していくなかで、共感するミュージシャンと出会うことはありますか。

井上:はい。望んでひとりでやっているひとには興奮しますよね。

それは井上さんご自身もひとりでやっていきたい気持ちが強いからですかね。

井上:ひとりでやっていると、自分が出したものがすべてだから。バンドとかだと、「本当はもっとこうしたい」みたいな意見がひとそれぞれであるけど、それをひとりで表現できるのは一番原始的だし、一番精巧な形だと思うと言うひとがいたので。

ということは、今後の活動もひとりで背負っていきたいという感じでしょうか。

井上:うーん、楽しいことはどんどんやっていきたいですね。いまはとにかくギターを触っている時間が楽しいです。

一方で、歌うことは井上さんにとって自然なやことだったのでしょうか。

井上:いえ、あまり歌ったことはなかったですね。声が低かったりで、恥ずかしいと思っていたので。

とくに好きなシンガーっていますか。

井上:いっぱいいます。やっぱりヘヴィ・メタルとか、オジー・オズボーンです。

本当にオジー・オズボーンがお好きなんですね(笑)。どういうところが好きですか?

井上:全部ですね。声も歌い方もいいし、生きてるひとの歌だなと思います。

なるほど、ブルーグラスとオジー・オズボーンが両方根っこにあるというのが面白いですね。ご自身はこれから、どういったミュージシャンでありたいと思っていますか。

井上:無理をせずに、本当にやりたいことをやっていくことがわたしは素敵だと思うので、そうありたいと思っています。


MODE AT LIQUIDROOM - ele-king

 去る6月の「MODE 2024」、草月ホールに入ったときには、すでにヴァレンティーナ・マガレッティは最後の3曲くらいで(そのあと出演した坂田明が圧倒的だったとはいえ)、ほんとうにもったいないことをした。イタリア出身でロンドン在住のこの女性ドラマーは、いろんなプロジェクトでいろんなことをしていて、今年は、Holy Tongueのメンバーとしてシャックルトンとの共作アルバムを〈AD93〉からリリースし、そしてつい先日は〈プリンシペ〉のニディアとの素晴らしい共作アルバムを出したばかり。Toneglowに載った彼女のインタヴューの悲観的な予想によれば、AIに頼った未来の音楽シーンではDJは絶滅し、生楽器による生演奏が最後のアートになるという。9月21日の「MODE」の会場リキッドルームに到着すると、だいたい通常のライヴではお約束としあるBGM(ないしは前座DJ)のいっさいがなかった。開演前も転換の時間も、ただ場内のざわざわした音があるだけで、それがなんか妙に新鮮に思えたりもした。しかも、その夜出演したStill House Plantsもgoatも、生演奏の生ドラムのバンドだ。


素晴らしきスティル・ハウス・プランツ

 少しばかり気が早いが、この夜のライヴが今年の自分にとってのクライマックスだと思っていた。そして、期待以上のものがあった。最初はSHPだった。なにげに3人は登場し、音を出したと思ったら演奏がはじまった。それは不規則さの自由というか、ドラムとギターとヴォーカルのみでできることの驚くほどの展開をみせるものだった。フィンレイ・クラークのギターとデイヴィッド・ケネディのドラムとのコンビネーションは、ほとんど奇数拍子、変拍子のリズムにおいて、即興的だがあり得ないほど決まるところが決まっている。ジェシカ・ヒッキー=カレンバックのジャズやブルーズを押しつぶしたようなヴォーカリゼーションが、その空間を自由に出入りする。ディス・ヒートが普通のロック・バンドに聴こえるほどSHPは変幻自在に屈折しているし、しかもそこにはブラック・ミュージックにも通じる艶めかしさがある。最初の2曲を聴いた時点で、ぼくの涙腺は緩んでしまった。
 いっぽうのgoatと言えばその逆で、ドラムとパーカッションによるまったく規則正しいリズムが重なりあうなか、いっさいのメロディを排したサックスとギターがベースと共鳴し、やがてそれぞれが結合すると、どこか『オン・ザ・コーナー』めいた、しかもじつに推進力のあるサウンドが創出される。その奇妙な迫力は、人間よりもメトロノームに近づこうとしたCANのようなミニマリズムをさらに徹底的に、機械よりも正確にやろうとして生じるものかもしれないし、メロディをまったく排したそのサウンドから立ち上がる無機質さとリズムのすさまじい躍動感との調和が発するものかもしれない。
 それにしても、BGMもMCもアンコールも(そしてCGも動画も)ないシンプルな照明のなか、極めて独創的なサウンドを持つこのふたつのバンドで、リキッドルームが身動き取れないほど超満員になったことにも希望が持てる。ぼくにとって今年のベストなライヴどころか、ここ10年のなかでもベストな体験だった。


オーディエンスをダンスさせたゴートの圧倒的なライヴ。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026