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オニ

オニ

Sunwave Heart

ハヤシライス

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橋元優歩   May 14,2010 UP

 「元始、女性は実に太陽であつた。」他にすがり、生かされている青白い月となってしまった女性なる存在よ、「私共は隠されて仕舞つた我が太陽を今や取戻さねばならぬ。」
―平塚らいてう『青鞜発刊に際して』

『青鞜』発刊より99年が過ぎて、いまや女性は青白い月ではない。大きな街頭モニターで、綾瀬はるかがジャイアント・コーンにおいしそうにかぶりついている。何度みても見惚れてしまう。画面にあふれる、なんという充実だろう。こんなにきれいに全けく、世界や生活とチューニングできるなんて......。自分で稼ぎ、自分で余暇を充実させる、こんなことは明治の女性にとっては空想の域であっただろう。しかし、では現在女性は太陽かと問われればそれも肯定しかねる。太陽と言えるほどプリミティヴなエネルギーを現代の人間が持てるものだろうか。オニのソロ初となるアルバム『サンウエーブ・ハート』のジャケットには、アップで撮られた本人の顔に重ねて大きく太陽が描かれている。

 ライトニング・ボルトのような熱量とノー・ウェイヴな感性を持った、大阪の女性エクスペリメンタル・ジャンク・デュオ、あふりらんぽ。その片割れ、オニ。あふりらんぽのエネルギーは天に逆らうかのような無軌道性があるが、本作はオニがパーソナルな命題として太陽を志向し、その力を称えるものではないかと思う。

 「種を、種を種をいっぱいまいた、おなかの中に、いっぱいの種をまいたよ! (中略)それが...伸びて伸びて伸びての~びて、天にむかってのーびーてゆくよー」
――"オニという花"

 オニとは何か、オニとは誰か、オニとは命だ。いまを精一杯に咲き、新しい命を増やす花だ。という自己表明からアルバムははじまる。音楽としては「フリー・フォーク」の日本におけるひとつの展開、といえるだろう。ギター弾きとしての本領が注がれた非常にシンプルな作品だが、「フリー・フォーク」らしい、一種の疎外論的な文明批判がある。あるいは、素朴とも思われるアニミズム。シックス・オルガンズ・オブ・アドミッタンスらに色濃いだろうか。トルミスの「鉄への呪い」という表現に倣えば、「鉄の支配する世界」つまり、原始的な生命の世界を抑圧するものへの呪詛ないしは批評である。むろん直接的な呪いの言葉などどこにもうかがわれない。それは、むしろ描写しないことのなかに表れる。太陽、鳥、山、風、汗、唄、雨......歌われる素材をみれば、生命と世界を言祝ぐ言葉で埋め尽くされている。芽は伸び、鴇色の雲が空を飛び、遠き山は静かな愛をくれる。オニの、張りがあってよく透る声がその一語一語を明瞭に紡いでいく。佐藤正訓氏の帯文の引用だが、「本当の人間の『すっぽんぽん』の歌」というのが順接的な解釈になるだろう。

 しかし、普通に聴いていけば、人や一般的な生活を思わせる言葉がまったく登場しないことに違和感を覚えると思う。駅でもいい、ビルや公園でもいい。またテレビや携帯、恋や倦怠、ビール、ネット、なんでもいい。全編にわたって、およそ現代日本の生活という生活についてまわるディテールがすっぱりと切り落とされ、人間すら出てこない。原始的なものへの志向性はわかるが、少し異様な印象がある。「鉄」(いまの言葉なら「ファスト風土」に相当するだろうか)は意図的に描写を省かれているのだ。なぜ山やら風やら「雨雲さん」ばかりを歌うのか。そこに「すっぽんぽん」の人間性がある、などという素朴なフィクションに、素直に乗るわけにはいかない。

 人が出てこないと述べてしまったが、子どもが出てくる。一般名詞としてではなく、彼女自身の子どもと思われる描写で登場するのが、唯一の人間である。それは非常に大切なものとして歌われる。というか、このアルバム全体がひとつの子守唄として捧げられているという印象さえ受ける。

 非常にクリアな録音で、かすかな残響には小さなコンサート・ホールを思わせる奥行きがある。アルペジオが際立つ。1曲目のような、テンポのある王道フォーク・ソングもいいが、大方はもっとぐっと沈み込むような曲調で、この空間的な奥行きがとても効いている。"緑の天使"、"鴇色の空"、"アクエリアス"など多くの曲では、シンプルなフィンガー・ピッキングがむしろ静寂を強調する。うっかりと彼岸へ誘われるかのような感覚がある。"緑の天使"においては、風鈴と蝉の声が微弱に挟まれることで、生というよりは死のイメージに接近する。

 こうしたなかに子どもへの視線が織り込まれていく。ただ、個としての独 立したキャラクターは描かれない。子どもからの発信はなく、母からのくるみこむような一方的な視線だ。しかもところどころで、まるで恋人を思わせるかのような「あなた」という呼称が使われる。まだへその緒でつながっているかのように渾然一体となった、母と子と自然、という三角形の宇宙。これが本作の基調を成す世界観となる。三者の強固な結び付きに微かに戦慄する。本当に、他に何も出てこない。他者的な視線も挟まれない。生み、育てるということはこんなに排外的なものなのだろうか。アクのない、クリアで柔らかいヴォーカルでつづられる中盤。しかしここで母性とは、ほとんど自然の猛威である。そしてこの子どもという項をおいて、初めて「太陽」のモチーフが立体化する。

  激しいストロークで感情的に歌われる終曲"サンウェーブ・ダンス"。朝露のようなトラッドな感触のブリティッシュ・フォークから曲調が一転するドラマチックなトラックだ。命を生み、命を育むものとしての渾身の演奏だ。唄も跳ね、踊る。ギターもテクニカルだが、ヴォイス・パフォーマンスも見事で、詞に添えられた本人直筆のイラスト―お日様と生命の曼荼羅図だ―とともに非常な迫力を持ってアルバムはしめくくられる。

 しかし、母親としてではない、オニという一人の女性は太陽だろうか。それを描くには、この作品で省かれた様々な雑音と風景が喚び戻されねばならないだろう。次は、原始にではなく現在にエネルギーの源泉を掘り当てるような音が聴きたいと思った。

橋元優歩