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Various Artists / Next Stop Soweto

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野田 努 Jun 14,2010 UP

 いよいよ南アフリカのワールドカップがはじまる。実はこれを書いているのは10日の昼過ぎだ。まさに今夜の開幕を控えているわけである。ワールドカップのことを考えると仕事どころではない。原稿などとてもじゃないが書けない。それほど無性に興奮してくるのだ。

 ワールドカップを前にして、僕は2冊の本を読んだ。『マラドーナ新たなる闘い』(河出書房新社)――これはマラドーナが監督に就任してからのおよそ1年にわたる動向を現地に住む日本人のジャーナリストの藤坂ガルシア千鶴という方が追ったもので、とても面白かった。僕にとって今回のワールドカップは、マラドーナの喜ぶ顔を見たい、それだけであると言ってもいい。マラドーナを応援する人は、いまからでも読んでおいたほうがいい。アルゼンチン代表の試合をさらに楽しめるだろう。もう1冊は『ワールドカップは誰のものか』(文春新書)――これは後藤健生というベテラン・ジャーナリストが書いた本で、ワールドカップの歴史における政治の介入やFIFAの権力闘争など生臭い歴史を綴っている。書いてある内容の2/3は知っていることだったので新鮮味はなかったが、しかし南アフリカの状況についての情況をいちど整理したかったし、予習にはなるだろうと思って読んだ。

 南アフリカは大変な国である。BBCのワールド・ニュースを観ても、今回のワールドカップにはアンビヴァレンツな感情が見えてくる。虹色の国というマンデラのヴィジョンの終焉が見えるだろう、と悲観する記者さえいる。南アフリカという特殊な歴史を有する、激しい格差社会と生々しい人種対立のなかで開かれるのだ。新設したスタジアムには小綺麗なトイレがあっても、スタジアムの近くで暮らす人たちの家には水道すらない。お祭り気分とゲットーの温度差、あるいはまた、土地の国有化によって国外へと逃亡する白人、白人多国籍企業を受け入れる黒人活動家へのジレンマ......なんともハードでやっかいな現実ばかりで、それを思えば、僕も脳天気に浮かれている場合ではないと思えてくる。ワールドカップという計り知れないエネルギーを放出する祝祭が、いったいどんな影響を南アフリカにもたらすのだろう。

 『ネクスト・ストップ・ソウェト』シリーズは、今年に入って〈スタラト〉レーベルがリリースしている南アフリカで録音された音楽のコンピレーションである。「次はソウェト」......ちなみにソウェト(Soweto)とは「South-Western Townships」の略で、ヨハネスブルグ南西に広がる南アフリカ最大の黒人居住区だ。推定200万人が住んでいると言われ、1976年6月16日にはソウェト蜂起という暴動が起きている。アパルトヘイト政策と白人支配にいいかげん頭に来た学生たちの抗議運動からはじまったこれは、白人との対立を強め、大量の犠牲者を出した大惨事となったものの、そのいっぽうでは国中の黒人たちがアパルトヘイトの現実を知る機会にもなり、アパルトヘイト時代の終結へと向かう契機ともなった、と言われている。

 ソウェトは、南アフリカにおけるブラック・アーバン・カルチャーが育まれた場所でもある。すなわちアフリカン・ルーツとは切り離されたディアスポリックなブラックが育った場所とも言えよう。彼らは映画のドラマを、そしてまたジャズを欲した。その欲望のなかで50年代のジャイヴとズールー音楽が結合し、南アフリカのアンダーグラウンド・ジャズは生まれるのである。1960年のシャープビル大虐殺(反抗した黒人たちをシャープビル警察が虐殺した事件)以降は当局からのミュージシャンへの弾圧も強まったというが、しかし音楽は彼らの闘いのサウンドトラックとしての機能した。それがゆえ、音楽は絶えることがなかったという話だ。

 『ネクスト・ストップ・ソウェト』シリーズは、60年代から70年代における南アフリカのアンダーグラウンド・ミュージックへの案内である。この時代の音源は、当たり前だが、ほとんど外の世界に知られていなかった。このシリーズは、ダンカン・ブルーカーとフランシス・グッディングというふたりの研究者による南アフリカのレコード考古学に関する長年の努力の成果である。

 『vol.1』はジャイヴ・サウンド、『vol.2』はR&B/ソウル/ファンク、シリーズ完結編の『vol.3』はジャズだ。言うまでもない話だが、僕をふくめ多くの音楽ファンは南アフリカのこの時代のアンダーグラウンドな音楽のことなど知らない。が、音楽は知識で聴くものではない。素晴らしいのは、これを聴いていると、60年代から70年代のソウェトの甘美な瞬間が見えてくることだ。まさに音楽の素晴らしさ。デューク・エリントンやルイ・アームストロングは南アフリカのゲットーで模倣され、そして彼の地の匂いのなかで変異している。そう、ズールーとアメリカのブラック・ミュージックとの出会いは、ときおり信じがたいほど雄大な響きを持つ(嘘だと思うなら、『vol.3』の1曲目を聴いて欲しい)。いずれにしても、とても興味深いコンピレーションであることは間違いない。そんなわけでこのシリーズを部屋で鳴らしながら、僕はリフティイングしているのである(より困難な2号球で)。

 ところで、ワールドカップ前にもう1冊読もうと思って手元にある読みかけの本がある。『アンチェロッティの戦術ノート』(河出書房新書)である。ACミランを率いて、チェルシーの監督を務める名将の戦術論であるが、これを読んでいるとわが国のサッカー戦術の無邪気さをあらためて思い知ることになる。ゲームにおいて相手はミスるものではあるという現実に基づかれたイタリア人のフットボール観とその戦術は、頭に来るほど大人である。まあ、いい。ワールドカップは日本代表を応援するために観るのではない。世界のフットボールを堪能すするために観るのである。僕にとっては......ですけど。

野田 努