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どうして辿り着かなかったのか......。『裏アンビエント・ミュージック 1960-2010』(INFAS/7月22日)の見本が刷り上って来たその日、僕は初めて彼の音楽を耳にした。このサード・アルバムは6月にはリリースされていたらしい。入稿に追われていた時期だから仕方がない......とは思いたくない。これはやはり悔しいし、素直に後悔するだけの価値はある。あるいはこの人の存在にもっと早く気がついていれば、サード・アルバムがリリースされたタイミングできちっとフォローできていたはずである。あー、くそ。これから発売日までの1週間、同じような思いに襲われることは二度とないと願いたい(発売されちゃえば、なんか、諦めもつくんだけど......)。
しっとりとして優雅なアンビエント・ドローン。それこそイレジスティブル・フォースがドローンに乗り換えればこうなっていたに違いないと思わせるような......。イギリスの作曲家、ヒップグレイヴは09年にホーム・ノーマルより『デイ』でデビューし、同じ年のうちに100枚限定で『サトレティーズ』を〈アンダー・ザ・スパイア〉からもリリースしているらしく、最初から大きな評価を得ていた......そうである。それらとの比較はいまはできないけれど、ここで展開されているドローンも緩やかな変化を基調に、ところどころで驚くほど天国的なモードが配置され、静かな興奮の連続が続く。さらさらと流れる金の砂やとても慎み深く鳴り響く鐘のように、柔らかく、柔らかく、織り上げられたテクスチャーはいわゆるアメリカのドローンとは違い、ある種の磁場に引きずり込もうとする強さはない。こちらから近づいていかなければ消えてしまうようなものでしかないともいえる。
ジム・オルークが定着させたモダン・ドローンはやはり現代音楽の復権であり、アヴァンギャルドの再生を経て、それらは誰にでも扱える遊び道具へと変化していった。グローイングしかり、エメラルズしかり。どこへ向かおうが、何ひとつ制約はない。クリストファー・ヒップグレイヴのそれはキンクスやモノクローム・セット、あるいはレフトフィールドやボーズ・オブ・カナダと同じくイギリス人の心象を深く投影したものであり、湿地帯のメンタリティを音に移し変えたもといえる。アヴァンギャルドや現代音楽にとって、それは心象風景を投影するためのものではなかったはずだけれど、このような流れを変えることはもはやできない。ハットフィールド&ザ・ノースの代わりにこれを聴き、キュアーの記憶と重ね合わせるだけである。午後3時ごろ、紅茶でも呑みながら。
三田 格