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砂原良徳

砂原良徳

Subliminal [Limited Edition]

Ki/oon

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アボ・カズヒロ   Aug 10,2010 UP
E王

 前作の『ラヴビート』が発表されたときに自分はまだ17歳の高校生だったこともあって、作品の背景にあるコンセプトだったり、そこから浮かび上がってくる問題意識のことは、ほとんど気にしていなかった。親の庇護のもとで毎日のほほんとレコードを聴いて暮らしていた僕にとっては、環境問題だとか、世界の調和がとれなくなっているとかそういったことは、まぁ頭では「大変なことだなぁー」とは思ってはいたけど、やっぱりそれほど切迫したものとしては感じられずにいた。

 それよりも、理屈なんか抜きにして一聴しただけでも彼のものだとわかる、その音世界の完全な虜になっていた。スネアの音の密度、フィルターコントロールによって定められるシンセの重心、ダビーな空間の広がり......。それらのどれをとっても決して過不足のない、まさしく「良い塩梅」とでも言いたくなるそのサウンドコントロールは実に見事だったし、ジャンルやスタイルを越えた普遍的な部分の"音"そのものに自分の色を強く打ち出すその姿勢は素直にかっこいいと思った。自分が知っているどんな作り手よりも音楽に誠実で、借り物ではない「自分の言葉」を持った語り部。当時の僕にとって砂原良徳は、そんなひとつの理想像を体現している存在だった。

 それから実に9年のときが経った。時代はディケイドをひとつ跨ぎ、僕も20代を折り返した。もちろん、親元はとうに離れて、社会の1ピースとして日々の暮らしにヒーヒー言っている......。そんななかで届けられた久々の新作は、聴いた瞬間思わず冷や汗が出た。それと同時に、クラフトワークを初めて聴いたときのホアン・アトキンスさながら「凍てついた」。なぜなら今回はそのサウンドから、彼の問題意識をはっきりと切実なものとして感じ取ることができたからだ。それは僕が大人になったからなのか、はたまた、この9年のあいだに社会はより深刻なフェーズに遷移しつつあるからなのか? どちらにせよ、今回の砂原良徳のサウンドはいままでにも増して鬼気迫る、張り詰めた空気を纏っているように思えた。

 前作のウォーミーなパッドサウンドと、どこかラグジュアリーにすら思えるゆったりとしたビートで構成されたその音世界からは、どこか浮世離れした粋人の余裕のようなものが感じられた。しかし今作は、全体のサウンドキャラクターとしては『ラヴビート』からの世界感を引き継いではいるが、前作以上に音数はそぎ落とされ音像はドライになっている。そして、全体的に丸い音が多かった前作に比べ、ビットクラッシャーで加工したようなローファイで歪んだサウンドが頻出するのが印象的だ。とくにその傾向は、2曲目に収録されている表題曲"サブリミナル"で顕著に現れている。

 この音を聴いて、同時に思い出したものがある。それは、ジョン・カーペンターが80年代の終わりに撮った映画『ゼイリブ』だ。この作品には世界の真実の姿が見えるサングラスが登場する。このサングラスをかけると、街のビルボードに掲げられている煌びやかな広告は「服従せよ」とか「考えるな」とか「眠っていろ」とかいったメッセージに変化して見える。さらにはマスメディアや権力の側にいる人間はすっかり宇宙人とすりかわっていることがわかってしまうのだ。人々は、自分の意思で生きていると当たり前に信じながらも、知らず知らずの間に洗脳され、奴隷化されていたのだ。

 影の黒幕宇宙人が実際に居るかどうかはいまは置いておくとして、こと無意識とか無自覚のうちに自分の感覚がマスにチューニングされていると感じることは多々ある。SNS→Twitter以降のここ最近はとくにそうだ。自分の言葉で文章を書き、ポストしているつもりでいても、気がつくとTwitterのタイムラインは足並み揃えて同じような言い回しや言葉遣いがズラりと並んでいてドキッとすることがある。本来の自分の言葉は、どこかの誰かが作った記号と定型句の集合に置き換わっている。まぁ、ある種の共同体の中に埋もれる心地よさもたしかに分からないこともない。しかしいっぽうで、今の社会はそういった共感することの心地よさに捕らわれすぎ、自分の考えや感情をよりイージーなところに落とし込みがちではないか? とも思う。

 音楽にしたってそうだ。所謂ヒットチャートに上ってくるようなポピュラー・ミュージックのたいはんが紋切り型のラヴ・ソングを歌うか、もしくは無責任に他人の人生を応援するかしなくなって久しい。そもそも歌詞にしたってアレンジにしたって、直接的で説明過多なものが多い気がする。例えば夏の暑さを表現するとして、レゲエ・アレンジをかました上に、サビで実際に「暑いぜー♪」と歌っちゃうような音楽ってのも、笑いごとじゃなく数多く存在する。そこまで来るとその音楽にはもはやイマジネーションが介入する余地は無いし、そもそも全部喋っちゃうんだったら音楽でそのテーマを表現する意味があるの? といったところだ。より多くの共感を得るためのマーケティングの上で音楽が作られ、そしてより多くの物に共感するために大衆は自らの感性をイージーな側にチューニングする。そこには、アンダーグラウンド・レジスタンスが言うところの「プログラマーたち」のような存在を感じる。そして、それに対抗しうるのは、イマジネーションに他ならない。

 そして今作は「無意識」への警鐘と同時に、イマジネーションを喚起させることに重点を置いたサウンドメイクがされている。もちろん、直接的で野暮な表現などせずに、だ。例えば4曲目の"キャパシティ"は、増加する人口に対する地球のキャパシティのバランスが崩れはじめているということをテーマにした曲だ。この曲の、アタックが遅い(音の出始めは音量が小さいが段々音量が上がっていく)シンセパッドが徐々にそのレイヤーの枚数を増やして幾重にも重なり合っていく展開は、限界に向かいながらも増大していく地球人口を連想させ美しくもスリリングだ。

 今作を通して感じたのは、現実の世のなかの何かと戦おうとする砂原良徳の姿勢だ。問題提起という域すら、もはや越えているかもしれない。半年以内には、ついに久々のアルバムも出るという! 最近だと過去のシングルの寄せ集めとリミックス・ワークが数曲、あとは申し訳程度の書き下ろしなんていうアルバムを平気でリリースするアーティストも少なくないが、そこは「なんとなく」では絶対に作品を発表しない彼のことだ。いま、このタイミングでどうしても砂原良徳が声をあげねばならないことがあるのだろう。こちらもイマジネーションを鍛えて、しっかり受け止める準備をしておかなければならない。

アボ・カズヒロ