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World's End Girlfriend

World's End Girlfriend

Ending Story

Virgin Babylon Records

Amazon

野田 努   Aug 25,2011 UP
E王

 このアルバムがリリースされた2000年は、エレクトロニカ/IDMと呼ばれる電子音楽が最初にもっとも幅を利かせていた時代だった。その年にリリースされたレディオヘッドの『キッドA』がまさにそのスタイルを取り入れたアルバムとして騒がれ、それまでもっともコアなテクノ・リスナーが何のサポートもなしに熱心に支持していたオウテカはいきなりポップのメインストリームへと接近した。エレクトロニカ/IDMのひとつの発信源となったのはフランクフルトの〈ミル・プラトー〉というレーベルで、いまではアルヴァ・ノトを見出したレーベルと言ったほうが通じるのだろうか、まあとにかく踊れないエレクトロニック・ミュージックを出しまくっていた。
 現代の大衆文化においてエレクトロニック・ミュージックの発展、とくに大衆化をうながしたのはダンス・ミュージックだった。踊っている連中にしてみれば、エレクトロニカ/IDMと呼ばれる電子音楽は、頭でっかちなスノッブ極まりない音楽に見えることもあったが、しかしそれは、時代の流れに即して言えば、現場で踊っているヤツこそ偉いという体育会系的な専制主義の罠にはまることなく、むしろ踊らないことの自由によって新たな第一歩を踏むことができた試みの系譜とも言える。エイフェックス・ツインやビョークといった連中は、へたすれば遊びも知らない大学院生御用達の音楽に聴こえかねないそれをポップのメインストリームで通用させ、コーネリアスはロック・サウンドにおいてもそれが応用できることを発見し、実践した。ワールズ・エンド・ガールフレンド(WEG)はこうした時代のなかで日本から登場した最初の大物だった。本作『エンディング・ストーリー』は2000年10月にリリースされた彼のデビュー・アルバムだが、長いあいだ廃盤だったそうで、今月の上旬にWEGが主宰する〈ヴァージン・バビロン〉レーベルから晴れて再発された。
 「なんか、ついに出てきちゃったという感じでしょうか」と、2000年11月に刊行された『ele-king』の最終号のレヴューのなかで三田格は書いている。「キッチュかつスピーディー、もしくはメランコリックかと思えばスラップスティックと、きわめてスキゾフレニックな音の配置や日本人離れしたメリハリの効かせ方(中略)。なんか、ついに出てきちゃったという感じでしょうか」
 ......と、こういう風に彼の文章を引用すると「自分の言葉で書けよ」と怒られるので、みなさんも気をつけたほうがいい。WEGはこのアルバムにおける自分の影響を、エイフェックス・ツイン、コーネリアス、フィッシュマンズの3つにあったとその当時に明かしているが、ポストモダンとしての『エンディング・ストーリー』にはもっと多くのテクスチャーがブレンドされている。小学生の頃はベートーヴェンが好きだったという彼のクラシック趣味はハーモニーやメロディに活かされ、アンビエント・ミュージックの温もりもダンスフロアの生き生きとした躍動感もある。ゴージャスなラウンジ・ミュージックめいた洒落気も、ドタバタ喜劇めいた演出も、こと細かでリズミカルなエディットも、どれもがいま聴いても心地よく、鼓膜を飽きさせることはない。コーネリアスが音世界を無邪気に楽しむように、『エンディング・ストーリー』にも無心に音に遊ぶことの面白さがたっぷりとある。
 しかし、『エンディング・ストーリー』、ひいてはWEGの音楽を特徴づけるのは、そうしたドライで緻密な展開の背後からときに噴出するエモーションにある。手品師がさんざん芸で沸かせておいた挙げ句に、ある瞬間にだけ人格が変わって、まるでハードコア・バンドが客席にツバを飛ばすような勢いで自らの感情を露わにする。まあ、しかしそれもほんのわずかな時間で、たいていの場合WEGは気品を失うことなく、優しく語りかけるような音楽を続ける。とくに『エンディング・ストーリー』は、その題名とは裏腹に、多くの場面でファンタジーを演じている。そして、そのなかには彼の豊かな感情表現が注がれている。それは、ワールズ・エンド・ガールフレンドや『エンディング・ストーリー』といった言葉に希望的観測への抵抗があるように、シンプルなレイヤーで解けるようなものではない。『エンディング・ストーリー』は確実に酔わせてくれるが、悪酔いするかもしれないアルバムでもある。

野田 努