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シンセサイザーが帰ってきた。......いや、どこかに行っていたわけではないが、ループを構成することで作られるダンス・ミュージックとは別のところからそれは帰ってきた。合成機械から出る電子音を前面に打ち出したポップ・ミュージックがおよそ30年ぶりにシーンを賑わそうとしている。
チルウェイヴも、いまとなってはシンセ・ポップ・リヴァイヴァルのひとつとして捉え直すことができるだろう。ネオン・インディアンは2009年のチルウェイヴの先駆けとなったグループのひとりだが、彼のセカンド・アルバム『エラ・エクストラーニャ』はウォッシュト・アウトのデビュー・アルバムと同様、彼なりのシンセ・ポップを展開している。
いま準備中の紙ele-kingの3号にはシンセ・ポップの特集ページがある。シンセ・ポップのリリースがこれほど多いのは、先述したように30年ぶりのことだし、「リヴァイヴァル」とは言っているが30年前の焼き直しではない。特集するには充分な条件が揃っている。
もっともチルウェイヴ系がシンセ・ポップに移行した理由のひとつは、サンプリングの問題も大きい。仲間内のアンダーグラウンドでやっている分には気にする必要のなかった著作権問題にも、シーンが注目されるようになれば配慮しなくてはならない。現実的な話として、音源としてのシンセサイザーが必要とされているというのがまずある。
また、チルウェイヴ世代の作り手の多くが80年代生まれで、子供の頃の記憶としてのシンセ・ポップ、つまり、オールディーズとしてのシンセ・ポップという事実もある。ネオン・インディアンは子供の頃にいとこの車のなかで聴いたニュー・オーダーの"ビザール・ラヴ・トライアングル"(1986年)が忘れられなかったと回想しているが、実際に80年代のシンセ・ポップは、ニュー・オーダーであれデペッシュ・モードであれソフト・セルであれヒューマン・リーグであれ、ティアーズ・フォー・フィアーズであれユーリズミックスであれトンプソン・ツインズであれ、チャート・ミュージックだった。ポップスとして機能していたのである。
僕が新世代によるシンセ・ポップを興味深く思えた理由のひとつは、前にも書いたように、30年代は電子音楽をかたくなに否定したホワイト・アメリカの内部でいまそれが拡大していることだが、もうひとつこの動くの特徴を言えばその清潔感だ。それはソフト・セルのように、赤線地帯を面白がるような感性とはほど遠い。明らかにセックスを連想させるウォッシュト・アウトのデビュー・アルバムのアートワークを見ても、ソフト・ポルノともまた違った、実にクリーンな清潔感がある。また、シンセ・ポップをやりながらそのテーマが海や夏というのは、80年代を知る者からするとさらに妙に感じる。
いまシンセ・ポップはほぼすべてインターネットを介して発信している。ネットの世界とは、ひとつ皮を剥いでみると匿名による罵詈雑言、陰険なガセネタ、ポルノ画像、迷惑メール......などなど、ある意味ではディストピックで、人間のくらい部分もよく見える場所でもある。赤線地帯は机のうえのすぐ目に前にある。今日的なシンセ・ポップは、そうしたもうひとつの現実に広がる陰湿なところから逃れるように、たとえば海や夏へと向かっているようだ。あるいは、仮想現実の喧噪や情報過多にうんざりして、昔ながらの素朴な営みが恋しいのだろうか。まあとにかく、30年前のオレンジ・ジュースのように、それらの多くは清涼飲料水のようだが、いまは甘酸っぱい夏の思い出をグレッチのギターではなく機械を通した歌とシンセサイザーが表現している。
ネオン・インディアンの『エラ・エクストラーニャ』は、ポスト・チルウェイヴにおけるシンセ・ポップの典型となりうる作品だ。80年代のソウル・サウンド、シューゲイザーとアンビエントのテクスチャーがミックスされている。チルウェイヴならではの気怠さも残っているとはいえ、だいぶ洗練されている。ポップスへの道が開けている......というか、もう、ポップスを目指すしかないだろう。歌の入れ方はアニマル・コレクティヴ以降のインディ・シーンの決まり事のようになっている、エフェクトの効いた音のパートとしてのそれだが、フレミング・リップスといっしょにコラボレーションしているだけあって、音の高揚感や起伏の付け方もうまい。『ウィズイン・アンド・ウィズアウト』よりも大衆的な音楽だと思われる。
『エラ・エクストラーニャ』はスペイン語で「missing era(=人びとがつねに何かを恋しがる時代)」という意味で、本人によれば「テクノロジーが進化した現在、それでも人は何かを恋しがっている」というようなニュアンスで使ったそうだ。ちなみに彼はアメリカで育ってはいるが生まれはメキシコで、父親はメキシコ人のプロの歌手である。家にはシンセサイザーがあり、ファースト・アルバムでは父親の曲もサンプリングしていたそうだ。
いまの20代にとっても、そして40代にとってもこれはある種の懐メロに聴こえるんじゃないだろうか。昔、ラジカセから流れていたような音楽だが、今風なアレンジがほどこされてPCやIPodから流れている。なんとも言えない切ない気持ちになるのは、いよいよ80年代の音楽がオールディーズとして定着するような時代になったのかと時代の流れを思ったからではない。ネオン・インディアンの音楽が感傷的だからである、"ビザール・ラヴ・トライアングル"のように。
(これまでの人生においてもっとも声援を送ったGK、真田雅則 R.I.P.)
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野田 努