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James Ferraro

James Ferraro

Far Side Virtual

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野田 努   Dec 07,2011 UP

 ベスト・バイは、日本で言えばヨドバシ・カメラやビック・カメラのようなアメリカの超巨大家電チェーン店だが、しかしそれは主として郊外にある。フォックス・スポーツはFOX社のスポーツ中継番組で、アメリカンフットボールをはじめ、メジャーリーグベースボールも放映している。昨年、〈オールド・スペリング・イングリッシュ・ビー〉からアナログ盤として再発された(オリジナルは2008年のカセット・リリース)ジェームズ・フェラーロの『ラスト・アメリカン・ヒーロー』のスリーヴ・アートは、ベスト・バイの鮮やかな発色の青と黄の看板の写真が使われている。裏側にはフォックス・スポーツのロゴ、そしてベスト・バイの駐車場に駐めてある車とロボットがコラージュされている。封入されたライナーノーツには、アメリカの郊外におけるスプロール化に関する記述、「表紙の写真は空虚な世界における現代のゴモラ寺院たるベスト・バイ・プラザ・センター」、ロボットについては「グーグル以降のデジタル・コロシアムにおける闘士」などという説明もある。

 今日のアメリカにおいて中産階級の貧困化は大きな社会問題のひとつとしてある。アメリカにある程度の時間滞在したことがある人にはわかる話だが、しかし日本における貧困とアメリカのそれとは違う。アメリカは、そのスプロール化と郊外の巨大なウォール・マート文化、その住宅事情だけを見たら、たとえば東京郊外のニュータウンや北関東の住宅地など何と説明すればいいのだろう、そもそもの国の豊かさの基準がどれほど違うのかという話でもある。
 『ラスト・アメリカン・ヒーロー』は、そうしたアメリカの郊外文化の豊かさと貧しさの両側をシニカルに描いている。作品からは、木々などの自然がところどころ部分的に残っているような、キレイに整備された広大な住居地域の、日本人(もしくはイギリス人)からしたら羨ましくなるような、それなりに広い一軒家のなかで、車で買ってきた1ガロンのマウンテンデューを冷蔵庫から取り出してアメフトに熱狂する母親、そしてその奥の部屋に閉じこもりっぱなしでPCに向かっている肥満体の青年を思わず想像してしまう。
 だいたいフェラーロの異常な数のリリース(2008年で7作、2010年は18作のアルバム)をdiscogsを見ながら数えていると、彼自身が手に負えないオタクなのではないかと思えてくる。彼のポートレイトを見ると、名前の通りラテン系顔の、70年代のディスコから飛び出してきたように見える。

 『ファー・サイド・ヴァーチュアル(仮想の向こう側)』は、しかし2011年に彼が発表する唯一のソロ・アルバムである。1枚、彼はダニエル・ロパーティン(OPN)らとの共同作品を出しているが、ソロ作品は2010年末の『ナイト・ドールズ・ウィズ・ヘアスプレー』以来となるようだ。
 前作ではMTV的な消費文化としてのアメリカン・ポップを主題としていたが、この新しいアルバムで彼は、アートワークが暗示するように、タッチスクリーンが表象するある種の快適さを扱っている。ゆえに楽曲は、まるで嘘のようにポップで、キャッチーで、わざとらしいほど心地よい。"あなたのマックが眠っているあいだのスターバックス、スジズム博士"、"ヤシの木、Wi-Fiと理想の寿司"、"グーグル詩集"、"グローバルな昼食"、"リンデンドル"(有名な仮想貨幣ですね)......ずいぶんと興味深い曲名が並んでいる。作り方はほとんどOPNと同じだと思われるが、展開される音楽は別だ。1980年代の映画『コヤニスカッツィ/平衡を失った世界』におけるフィリップ・グラスと比肩される今作だが、フェラーロはデジタル時代の病的なまでの快適さを実に巧妙に描いている。繰り返すようだが、やけに軽快なのだ。デジタル時代のマーティン・デニーのように、そう、最後の2曲、"分譲マンションのペットたち"の暗さ、そして"太陽光発電の微笑み"の微妙な曲調を除けば。

野田 努