Home > Reviews > Album Reviews > Georgia Anne Muldrow- Seeds
長いあいだの圧迫から、古いレコードのジャケには、なかに入ったレコード盤の型が出てしまうことが多々ある。これをレコードファンはリングと呼ぶが、ジョージア・アン・マルドロウの『シーズ』には、あらかじめリングがデザインされている。また、長い歳月を経るなかで生じうるジャケの汚れや剥がれ、中古のランクで言えば、very good-、もしくはgoodのコンディションの状態が、あらかじめデザインされている。デジタル環境で育ったミネリニアルズである彼女はオーティス・ジャクソン・ジュニアすなわちマッドリブの名前で知られるプロデューサーの手を借りて、60年代のニーナ・シモンや70年代のカーティス・メイフィールドのレコードに針をおろしているかのような、ノイズを注いでいる。2006年、〈ストーンズ・スロー〉から彼女が最初のアルバムをリリースしたときのことだった。まだ渋谷のレコード店で働いていたヨーグルトに「これを聴かないと後悔する」といわんばかりに、なかば脅迫的に買わされたことをよく憶えている。そして2012年、下北沢のジェットセットの店長から同じように買わされた。
70年代初頭のスティーヴィー・ワンダーのような民族衣装を身にまとうジョージアは、ジャズ・ギタリスト父に持ち、そしてアガペ・スピリチュアル・センター(誰も入れる教会のようなもの)で音楽を担当する母のあいだにロサンジェルスで生まれ、育っている。ファラオ・サンダースとアリス・コルトレーンが両親の仲間だった。ジョージアのソロ・デビュー・アルバム『オレシ: フラグメンツ・オブ・アン・アース』を特徴づけるのは、1970年代のソウルやファンクのサイケデリックな再構築感だ。そのサイケデリックな感性は、フリー・ジャズの引用によって強調されているが、彼女のバイオがそのまま彼女の音楽を表しているかのようである。〈ストーンズ・スロー〉一派のディクレイムとの共作を経て、彼女はデトロイトのPPP、そして昨年はロンドンのディーゴのアルバムでも歌っている。
ジョージア・アン・マルドロウと比較されるアーティストがいるとしたらエリカ・バドゥだが、音楽的に言えば、ジョージアはエリカ以上の急進派だ。『シーズ』は1970年代のスピリチュアル・ジャズの再構築のような趣のストリングス、そして歪んだビートを有した、この暗黒時代におけるソウル・ミュージックである。メッセージ的には、カーティス・メイフィールドの『ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ』(1975)なのかもしれない。嘆き、悲しみ、愛、言葉の端々から察するに、とくにこのハードなご時世を生きる子供たちへの慈愛が歌われているのだろう。メロディは豊富で、歌は力強い。彼女の歌声は、実に奇妙なムードを表している。トラックは――マッドリブのファンにはお馴染みなのかもしれないが――ヴィンテージ・サウンドを使いながら、温かみのあるループを展開する。美しい精神に導かれた、美しいアルバムである。
野田 努