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Leonard Martinelli

Leonard Martinelli

Defect Primario

Edition de Autor

三田 格   Jun 19,2012 UP

 ナンニ・モレッティ監督『ローマ法王の休日』は、最近では珍しく秀逸な邦題に思えた。原題は「教皇が決まった」で、バチカンでローマ法王を決まるときの慣用句らしい。が、日本人やキリスト教徒ではない者に馴染みのある言い回しではないし、なによりもウィリアム・ワイラー監督『ローマの休日』(53)とは責任というテーマで通じるものがあったからである。しかも、その結論には大きな時代背景の変化が感じられ、途中まで、どうせ『息子の部屋』みたいなユルいエンディングだろーと高を括っていた僕はかなり浅はかであった。原作者が国外脱出せざるを得なくなったマッテオ・ガローネ監督『ゴモラ』といい、パザリア法について簡単に学習できるジュリオ・マンフレドニア監督『人生、ここにあり』といい、このところイタリア映画は調子がいいなー。

 ところで、以前、TVで『ローマの休日』を観ていたら、責任を自覚するという成長譚としてはかなり重要な部分がカットされていて驚いたことがある。しかも、同じワイラー監督が12年後に撮った『コレクター』の原作を読んでいたら、左翼の運動家だった女性が、自分たちが革命の急先鋒になると信じていた労働者に拉致・監禁され、犯人と被害者が接触するシーンはすべて被害者が犯人に左翼理論を語って聞かせるという内容だったことにも驚かされた。いってみればジョン・ファウルズによる原作は左翼運動に対する皮肉のようなものだったにもかかわらず、言語によって構築されていた部分をすべてカットしてみたら、意外にも猟奇映画の古典ができあがったということなのである。肝心な部分をどんどんカットすることで、一気に大衆向けになっていくというドミノ倒しが進んでいるようではないか。

 しかし、『ローマ法王の休日』という作品は『ローマの休日』のような成長譚はいまや不可能になっていることを示唆していると考えることもできる。『ローマの休日』でアン王女が責任を自覚するためには、自分がやってしまったことを振り返るプロセスと、それを可能にした産婆役の存在(=新聞記者)が欠かせない。ワイラーが独自に作り上げた『コレクター』はこの関係がうまく行っていない組み合わせだと考えられ、自分のやってしまったことを振り返るプロセスが持てない犯人と、彼をどこにも導くことができない被害者がいつまでも平行線を保っている状態だとすれば、もしかすると、原作にあった言葉をすべてカットしても同じ結論に至る話だったという可能性もなくはない。『コレクター』が公開された1965年はベトナム戦争が拡大し、ミシガン大学を皮切りにデモやワシントン行進がはじまった年である。アン王女が新聞記者を誘拐して大学に立てこもっても、それほど不思議な展開には感じられなかっただろうし、自分で自分を誘拐することにすれば、それはもう半分ほど『ローマ法王の休日』と等しい展開である。世界はまだ『コレクター』から一歩も動いていないとさえ思えてくる(『コレクター』から新たな展開を考えた作品に『シックス・センス』があると思うけれど、長すぎるので割愛)。

 どうして、こんな菊地成孔のように回りくどい前置きになってしまったのかというと、アルゼンチン音響派について書こうと思ったからである。ブラジルのレストランでは子どもが走り回っているけれど、アルゼンチンではそんなことは絶対に許されない......らしい。アルゼンチンは白人の国であり、ヨーロッパ文化が見事に機能し、依然としてアン王女たちが昔通りに成熟していく国なのだろう。そう、エヴァ・ペロンは何が何だかよくわからなかったけれど、基本的には『コレクター』化せずに、エミリオ・アロといい、フアナ・モリーナといい、人気のあるミュージシャンたちはすべて堅苦しい。モノ・フォンタナやハミロ・ムソットでさえトリップ・ミュージックと呼ぶにはやはり躊躇がある(アルゼンチンの勝井祐二ことサミ・アバディはちょっといい)。しかし、そこにコロンビアから流れ込み、急速にディジタル化したクンビアである。チャンチャ・ビア・シルキート、キング・コジャ、エル・レモロン、アクセル・クリヒエール......と、従来のフォルクローレはあっさりと解体され、階級差とは個別に結びついていない「コレクター」たちが増殖し始めている......のか。

 そして、ここに、やはりディジタル・クンビアとして名の通ったトレモールからリーダー格によるソロ・アルバムが届いた。いわゆるアルゼンチン音響派のエレクトロニカ・ヴァージョンというのか、インナーによると、作曲という作業は回避し、個別に録音された楽器の音をコラージュしたり、プロセッシングしてつくったというようなことが「わざわざ」書いてある。何がどうやってつくられているのかさっぱりわからない民俗モノとは一線を画し、まさにヨーロッパ的な作法のセンスといえるだろう。この3年ほど、アホだの変わってるだのといっていれば紹介したことになってきたディジタル・クンビアとは扱いを変えねばならないことは間違いないし、実際、聴けば聴くほど、コレクターに拉致された被害者の女性のように「労働者に語って聞かせる左翼理論」を行間から掘り起こしたくなるような音楽性である。いつものように「思わず笑いが出るデレク・ベイリー」とか「ローリー・アンダースンとデヴィッド・バーンの福笑い」で済ませたいのは山々なんだけど、それでは許してもらえないような強迫観念と、それだけではないことは自覚もあるので、なんとかしようと思ったけれど、どうやら限界のようである......。聴いたこともない音楽について書くのは、やはり難しい。とても難しい(......あー、オオルタイチでも聴くかな)。

『ローマ法王の休日』を観ていて楽しいのは、実は主役の苦悩ではない。それに振り回されているかのような周囲のムードである。彼らはマネーロンダリングなどという現実的な要素にも晒されないし、この距離感こそがモレッティの最も描きたかったことではないのだろうか(ちなみにバチカンの裏側といえばマイケル・レーマン監督『ハドソン・ホーク』もけっこう楽しかった。ブルース・ウィルス演じる強盗によれば「ハドソン・ホーク」とは「ハドソン河から吹いてくる冷たい風」のことだそうで、ということは、ハドソン・モーホークというのは「ハドソン河から吹いてくる、もっと冷たい風」という意味なのだろうか? ハドソン河の風を題材にした作品には、ほかにルー・リード『ハドスン・リヴァー・ウインド・メディテイション』(裏アンビエントP200)がある)。

三田 格