ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview for 『Eno』 (by Gary Hustwit) ブライアン・イーノのドキュメンタリー映画『Eno』を制作した監督へのインタヴュー
  2. Nick León - A Tropical Entropy | ニック・レオン
  3. Derrick May ——デリック・メイが急遽来日
  4. Columns #14:マーク・スチュワートの遺作、フランクフルト学派、ウィリアム・ブレイクの「虎」
  5. Columns LAでジャズとアンビエントが交わるに至った変遷をめぐる座談会 岡田拓郎×原雅明×玉井裕規(dublab.jp)
  6. サンキュー またおれでいられることに──スライ・ストーン自叙伝
  7. Susumu Yokota ——横田進の没後10年を節目に、超豪華なボックスセットが発売
  8. R.I.P.:Sly Stone 追悼:スライ・ストーン
  9. Ellen Arkbro - Nightclouds | エレン・アークブロ
  10. Theo Parrish ──セオ・パリッシュ、9月に東京公演が決定
  11. MOODYMANN JAPAN TOUR 2025 ——ムーディーマン、久しぶりの来日ツアー、大阪公演はまだチケットあり
  12. Pulp - More | パルプ
  13. Cosey Fanni Tutti - 2t2 | コージー・ファニ・トゥッティ
  14. Columns 国会前でシルヴィア・ストリプリンが流れたことについて  | SEALDs、シールズ
  15. Autechre ──オウテカの来日公演が決定、2026年2月に東京と大阪にて
  16. Adrian Sherwood ──エイドリアン・シャーウッド13年ぶりのアルバムがリリース、11月にはDUB SESSIONSの開催も決定、マッド・プロフェッサーとデニス・ボーヴェルが来日
  17. 恋愛は時代遅れだというけれど、それでも今日も悩みはつきない
  18. Scanner & Nurse with Wound - Contrary Motion | スキャナー、ナース・ウィズ・ウーンド
  19. Little Simz - Lotus | リトル・シムズ
  20. フォーク・ミュージック──ボブ・ディラン、七つの歌でたどるバイオグラフィー

Home >  Reviews >  Album Reviews > Teengirl Fantasy- Tracer

Teengirl Fantasy

Teengirl Fantasy

Tracer

R&S/ビート

Amazon iTunes

橋元優歩   Aug 29,2012 UP

 チルウェイヴのバブルがはじけたあと、そのポスト・ヒプナゴジックの原野には、大きくふたつの方向へと分化する才能たちがあらわれた。アンビエントやドローンへと先鋭化していくものたちと、ダンス・ミュージックとしての純化をめざすものたちである。前者はチルウェイヴのメタフィジカルな延長であり、後者はフィジカルな延長だ。〈ヒッポス・イン・タンクス〉と〈100%シルク〉の相違に、そのひとつの例があざやかに浮かび上がっていると言えるだろう。
 ティーンガール・ファンタジーもセカンド・アルバムにおいては何らかの選択をしなければならなかった。ピッチフォークのインタヴュアーが、今作への質問においてテクノやハウスからの影響を指摘することからはじめたのは、彼らが再帰的にダンス・ミュージックを指向しはじめたことを端的に物語っている。

 2010年のデビュー作は、もっとあいまいでどっちつかずな作品だった。ローファイでドリーミーでダンス・オリエンティッドなシンセ・ポップ……トレンドをそつなくつなぎあわせる年若い頭脳が感じられたし、いち部のメディアからは高評価で迎えられたが、後続を生むような強靭なスタイルを持っていたわけではなく、どちらかと言えば自らが優秀な後続であったという印象だ。また、USではガールズタンラインズアンノウン・モータル・オーケストラなどを擁する〈トゥルー・パンサー〉からのリリースであったことは、彼らのよって立つ基盤がインディ・ロック寄りであったことを証している。すでにオベリン大学とはべつにアムステルダムへも留学し、テクノやハウスに深く触れて帰ってきていたにもかかわらず、そうした材を直接的に表出しなかったのは時代を読む才にたけていたからなのかもしれない。ともあれ、今作『トレイサー』においてそれは全面的に解放されることになった。リリース元は〈R&S〉、そういうことである。

 結果としてそれはとてもよく作用している。『トレイサー』こそ彼らの名刺となる名作だ。あのよくわからない『7AM』のジャケットに比し、つめたい薔薇のグラフィック・アートは今作のクリアで硬質なプロダクションにしっくりとかたちを与えている。けっしてメロウにならないドリーム感は、チルウェイヴの残り香を鱗粉のようにふりまきながら、ケレラのヴォーカルとともにR&Bへの軌跡も示す(やはり彼らもR&Bをつぎの射程に入れているのだ)。ケトルやボーズ・オブ・カナダの叙情をくぐり抜け、パンダ・ベアのヴォーカルをフィーチャーする“ピジャマ”では、4つ打ちを相対化しながらもアクロバティックにハウスを模索する。パンタ・デュ・プランスがパンダ・ベアを求めるのとは逆の回路で、しかし到達点としては同じ地平をみるような好トラックだ。ローレル・ヘイローに目をつけるのもうまい(というか必然だ)し、ピアノをシックにあしらう“エンド”もいい。よりベタな意味でのダンス・サイドである後半のトラック群を控え、前口上を述べるかのようである。このアルバムがいかなるものであるのか。自分たちはどこを通ってここへやってきたのか。「模倣には限界がある」と語る彼らが教育課程を修了し、いよいよ本当の進水式をむかえたと言えるこの『トレイサー』を祝福したい。卒業おめでとう。

橋元優歩