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Alt-J

Alt-J

An Awesome Wave

Infectious/ホステス

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ブレイディみかこ   Dec 07,2012 UP
E王

 今年の英国の夏は肌寒かったので、上着が手離せなかった。
 思えば、むかしの英国はあんな感じだった。80年代にロンドンに住んでいた頃は、8月でもクラブに行くのにコートを着ていた覚えがある。しかし、地球の温暖化というのは本当なのか、近年は30度近くまで気温が上がっていたので、寒い英国の夏のことをすっかり忘れていた。
 そんな按配だったので、今年は海辺のリゾート地ブライトンも盛り上がらなかった。その侘しい夏のテーマ曲であったかのように、地元民がまったりとふきだまっているバーやカフェでかかりまくっていたのが、Alt-J(アルト・ジェイ)のデビュー・アルバムだった。
 いやらしい音楽だな。と、聴いた瞬間に思った。
 加えて、それは今年の夏に妙にしっくり来るサウンドであった。が、それは気温の低い夏に似合う、というより、英国の夏が寒かった時代を思い出させる音なんじゃないか。とも思った。そしてそれはいったい何故なんだろうと考えていた。

 エレクトロニカ、インディ・ロック、ダブステップ、モダン・フォーク、トリップ・ホップ、ギター・ポップなど、こちらのメディアが書いた彼らのレヴューを読むと、いずれも音楽のジャンルを称する言葉の羅列だ。最終的にはフォークステップという言葉に落ち着いたようだが、要するに、彼らの音楽は純雑種(そんな言葉があるとすれば)なのである。個人的には、エレクトロニカとギター・バンドが完璧な配合で結婚した音楽に聞こえるが、わたしが前述の「いやらしさ」を感じてしまうというのも、やはりこの結婚とか雑種とかいう、子作りを連想させる異種交合の匂いに起因するのかもしれない。
 彼らの音楽は「シネマティック」と評されることも多く、それぞれの曲に映画や書物、特定の人間に感情などのテーマが存在するそうで、文化系おタク青年らしく本人たちが進んで種明かしをしている。映画『レオン』に触発されたという曲には主人公の女の子の名前"Matilda"がそのままタイトルになっているし、"Breezeblocks"は、モーリン・センダックの絵本「かいじゅうたちのいるところ」に基づいているという。"Fitspleasure"は、Hubert Selby Jr.の著著「Last Exit To Brooklyn」がネタになっているらしい。
 しかし。どんなに文化的・芸術的背景を解説されても、彼らのサウンドから漂う性的な匂いは消えない。だいたい、絵本をヒントにしたという"Breezeblocks"にしろ、おもちゃのピアノの音なんか使ってみたところで楽曲そのものがいやらしくてしょうがないし(そもそも、「かいじゅうたちのいるところ」は、少年が夜の航海に出て大人になって帰ってくるというセックスの話ではないか)、"Tessellate"に至っては、暇を持て余したしょぼい大学生にしか見えない青年たちにどうしてこんな音楽が作れるのかと思うほど色っぽい。ギークの性のほむら。というやつをわたしは見くびっていたのだろうか。

 ところで、日本には草食系という言葉があるそうだが、英国では、草食化が進んだのは一般の男性ではなく、ロック界だったように思う。
「レディオヘッドとコールド・プレイの音楽はソウルレスだ」
 と言ったのはジョン・ライドンだが、このツートップとも言える巨頭バンドを系譜の始祖として、UKロックはクリーン・カットのインテリ君かメロディアスな泣き虫君かに大別されるようになった。Alt-Jなんかも、一見すればインテリ君そのものだし、実際、彼らをレディオヘッドと比較する評論家もいる。が、彼らの場合、そこに収めてしまうにはサウンドがあまりに不純すぎるのだ。
 2012年ベスト・アルバム特集号で彼らを5位に選んだ『NME』が、選評で「smart, sexy, baby-making music」と書いていたので、そう感じていたのはわたしじゃなかったのね。と思って笑ったが、しかし、実はこのbaby-makingという言葉は本質をぐっさりと突き刺しているかもしれない。

 異なるジャンルの音楽を次々と交尾させて全く新たな音楽(というベイビー)を作り出す。
 という手法は、ポスト・パンクの代表的音楽製造メソッドだった。それはとてもエキサイティングでリスキーで不埒なほど多様で、それ故とてもセクシーな音楽の時代だった。Alt-Jの1stは、サウンドこそ剥離しているものの、あの時代のバンドが発散していた猥雑な音の交尾臭を感じさせる。
 まるで80年代のように寒かった今年の夏、英国でAlt-Jがブレイクしたというのは偶然ではなかったかもしれない。
 2012年のUKはパンク前夜のようだったが、もはやこの国の大衆音楽シーンは打ち壊すものなど何もないほど崩壊しているので、来年はいきなりポスト・パンクな年になる可能性もある。
 Alt-Jの『An Awesome Wave(アン・オーサム・ウェイヴ)』は、そのブリリアントな予兆だったのかもしれない。

ブレイディみかこ

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