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Daughn Gibson

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Daughn Gibson

Me Moan

Sub Pop / Traffic

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木津 毅   Jul 05,2013 UP

 今年の上半期のベスト映画を訊かれたら、迷うことなくタヴィアーニ兄弟による『塀の中のジュリアス・シーザー』 だと僕は答える。イタリアの刑務所で囚人たちによって実際に行われている演劇実習を映画化した作品だが、それをドキュメンタリーにしようなどという普通の発想を兄弟監督はしなかった。刑務所内のあらゆる場所で、役者たち=囚人たち(終身刑の者もいる)がシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』を演じることで、刑務所がそのままローマ帝国となり、その舞台でこそ「物語」が進んでいく。彼らはそれぞれの訛りを使いながら、やがて、シェイクスピアの書いた人物たちの人生を生きていく......。つまり、「芸術はどこに存在するのか」という問いに対する、ひるむことのない回答である。
 あるいは、ジェームズ・マンゴールドによるジョニー・キャッシュの伝記映画『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』(2005)での冒頭、有名なフォルサム刑務所でのライヴ・シーン。そこにはたしかに、キャッシュの歌の物語を自分たちのものとして必要としている囚人たちがいる。「ある朝目覚めてうろついて、コカインをキメて女を撃った」......。

 ドーン・ギブソンは囚人でも元囚人でもない。ないが、まるで「彼ら」のようにカー・ラジオから聞こえるカントリーに心を奪われていたのではないか。なぜならギブソンは、アメリカの名もなきひとりの労働者......元トラック運転手だったからだ。ブルージーなロック・ミュージックに乗せて、おそろしく低い声でギブソンは歌う。「俺をおかしくしたのはあの一杯/この大麻は強烈だ("キッシン・オン・ザ・ブラックトップ")」......。男はカントリーのマナーに則って、社会が無視しようとする暗闇について語っていく。
 昨年ひっそりとリリースされたデビュー作『オール・ヘル』のジャケットで鏡に映る自分の髭面と胸毛を明らかに誇示していたギブソンは、一見すると昔ながらのアメリカのマッチョな男の像を結びそうである。肉体労働によって培われた屈強な肉体を持った歌い手......だが、『オール・ヘル』が興味深い作品となっていたのは、ホリー・アザーやデムダイク・ステア、ブリアル......といったダークなエレクトロニック・ミュージックの影響をもう一極で強く受けていた点である。『タイニー・ミックス・テープス』のレヴューにつけられたタグは「クラウド・カントリー」。ブリアルからジョニー・キャッシュまでを繋いでいくのがギブソンの音楽的なアイデンティティであり、そしてそれらを結びつけるのは、紛れもなく闇に埋もれた世界、その場景描写である。
 『ミー・モーン(俺の呻き)』は〈サブ・ポップ〉と契約した彼の2作目で、たとえば先んじて公開された収録曲"ユー・ドント・フェイド"などに彼らしさをまずは見出せるだろう。不穏なサンプリング・ヴォイスのループと重々しいビート、そして何よりも、イアン・カーティス風に官能的に響くパワフルなバリトン・ヴォイス。ただ、アルバム全体で言えば『オール・ヘル』ほどサンプリングが多用されているわけではなく、バンド・サウンドが軸となり、よりソングライター的な側面が前に出た印象だ。ソロ・アーティストのキャリアの重ね方としては順当なところだろう。だが同時に、よく聴けば生音の響きが肉感的になったサウンドのなかで、ムーディなシンセが今様のエレクトロニック・ミュージックの浮遊感を生んでいる。これはインターネット以降のアメリカのアンダーグラウンド・シーンの動きと無関係ではないだろう......カントリーに思い入れたトラック運転手がウィッチ・ハウスに出会っているのだから。その交配が生んだ、新たな姿のカントリー・ミュージックがここにはある。

 ギブソンが描く物語の多くはフィクショナルだが、しかしこれは彼がアメリカの長大な道路を行き来しながら実際に見聞きした世界とそう遠くないものだろう。ウィッチ・ハウスからの影響がたしかに感じられる"ファントム・ライダー"で歌われる悪夢的な光景や、穏やかなバラード"フランコ"で歌われる息子の自殺。ドラッグに退廃、貧困と悲哀、疲弊していく日々、先の見えない愛。「終わることのない俺の土曜日/もうどうでもいい、俺が過去に犯した失敗なんて/すべてが休日 "オール・マイ・デイズ・オフ"」、「幸運の反対側にある俺の人生/記憶の紐を解くなんて無理な気がする/酔って紛らわしたくはないけど、昨日の件はやり切れない "イントゥ・ザ・シー"」......。かつてのスプリングスティーン的な、ブルーカラーの美しいメロドラマすらここにはない。
 「俺の呻き」はギブソンそのひとのものというよりは、暗い日々を生きる顔のない人びとの口から漏れた吐息の集積であるだろう。光は簡単に感じられない。しかし......そう、『塀の中のジュリアス・シーザー』において終身刑の囚人が告白する、牢獄のなかで芸術を「知ってしまった」ことの苦しみは同時に彼の魂の解放を示しているように、ドーン・ギブソンの歌の世界では暗闇のなかでエルヴィス・プレスリーとブリアルとジョニー・キャッシュとホリー・アザーと......それからジョイ・ディヴィジョンが集まり、その埋もれた感情に生きる場所を与えていくようだ。そこでうめき声の主たちは、その重苦しい心が少しばかり解放されることだろう。

木津 毅