ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. R.I.P. Jaun Atkins 追悼:ホアン・アトキンス
  2. R.I.P. Juan Atkins 追悼:ホアン・アトキンス
  3. DERRICK MAY×KEN ISHII ——デリック・メイが恵比寿リキッドルームに登場
  4. Juan Atkins ──デトロイト・テクノの創始者、ホアン・アトキンスが日韓ツアー、来日は13年ぶり
  5. interview with Juan Atkins 愛してるぜ。オレたちはVery Sexy Funkyナイトをともにするんだ。準備をしておいてくれよ!
  6. DJが描く日本のヒップホップ、DJ YAS著『ジャパニーズ・ヒップホップ第二世代——あるDJの証言』刊行のお知らせ
  7. Smith & Mighty ——ブリストル・サウンドのオリジネイター、スミス&マイティが久しぶりにアナログ盤をリリース
  8. Bullion - Nearly | ブリオン
  9. lilbesh ramko - Ramko Helvetica | リルベッシュ・ラムコ
  10. Juan Atkins & Moritz von Oswald - Borderland  / Moritz von Oswald Trio - Blue | ホアン・アトキンス、モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオ
  11. Moodymann ──ムーディーマンの来日公演が決定、今年は東京と京都をツアー
  12. Model 500 - Digital Solutions  | モデル500
  13. WWW Xで悪魔の沼ついに沼納め
  14. Shuta Hasunuma ──蓮沼執太が企画・構成するイベント〈MUSIC TODAY〉が3年ぶりに開催、灰野敬二、COLA RENら出演
  15. Mogwai ──ドキュメンタリー映画が12月に公開、キャリアを網羅した編集盤も1月リリース | モグワイ
  16. Columns 10月のジャズ Jazz in October 2026
  17. interview with Wool & The Pants 東京の底から  | 德茂悠(ウール&ザ・パンツ)、インタヴュー
  18. YOSHIROTTEN ──エレクトロニック・ミュージックと共に宇宙と交信しよう。ヨシロットンの展覧会『彼方との交信 — BEYOND EARTH』が今週末より開催
  19. ジャパニーズ・ヒップホップ第二世代──あるDJの証言
  20. RIP

Home >  Reviews >  Album Reviews > Valerie June- Pushin' Against A Stone

Valerie June

R&BSoul

Valerie June

Pushin' Against A Stone

Sunday Best Recordings

Amazon iTunes

ブレイディみかこ   Aug 16,2013 UP

 昼休みに行くカフェの大将に「今かかってるやつ、誰の曲ですか?」と思わず質問してしまったのは、昨年のAlt-J以来のことだ。
 「ヴァレリー・ジューンの"You Can't Be Told"」と大将は言った。
 「最初に聞いたとき、タランティーノが『レザボア・ドッグズ』の女性版を撮るとしたら、冒頭シーンで"Little Green Bag"の代わりにこの曲を使って欲しいと思った」と笑いながら。
 こんな曲を歌う女の子は、どんなヴィジュアルをしているんだろう。と想像してみた。男たちのバンドをバックに従えて歌う、ロネッツ風のレトロな装いの女子の姿が浮かんだ。だから、メデューサみたいなドレッドロックの髪でギターを抱えて立っているヴァレリーを見た時には、「お。」と思った。
 彼女はジェイク・バグのご指名を受け、彼のUKツアーのサポートをしている。米国テネシー州の出身ながら、契約しているレーベルはニュー・オーダーやダブ・ピストルズのサンデイ・ベストだ。アイルランドのザ・ストライプスも「ヴァレリー・ジューンにはソウルがある」とツイートしていた。このメンフィス在住のブルーズィーな歌姫には、確かにUK、ジェイク・バグ、ザ・ストライプスといったキーワードで括れる何かがある。

             ***********

 英国では、いまだにポスト・エイミー・ワインハウスみたいなことがよく語られる。
 ダフィーやアデルもその流れで出てきた人たちだったが、アデルがバカ売れしたのは、エイミー効果というより、ダスティー・スプリングフィールド効果だったと思っている。英国に住むまで知らなかったが、ダスティーは国民的ディーヴァであり、いわばイングランドの美空ひばりである(もう一人の国民的歌手であるトム・ジョーンズを見てもわかる通り、英国人は黒っぽいノリで歌える白人が大好きだ)。
 で、ダフィーが第二のダスティーになれなかったのは、彼女に社会的偏見を持たれるエレメントが無かったせいだろう。一方、アデルにはあった。ダスティーがレズビアンであったように、アデルはオーヴァーウェイトという、現代の若人にとっては性的指向よりも深刻な十字架を背負っていた。アデルが痩せていたら、彼女は、平均サイズ14号(日本では15号)の英国の女性たちにあそこまで支持されることはなかっただろう。

 ヴァレリー・ジューンは、太っているわけでもないし、白人でもない。ジェイク・バグやザ・ストライプスのような「恐るべき子供たち」でもない(若く見えるが31歳だ)し、UKの人間ですらない。が、iTuneのUKストアでは、三田格さんが坊主頭問題を論じておられたローラ・マヴーラの『シング・トゥ・ザ・ムーン』と並んで、今年上半期のベスト・アルバム10に入っている。ローラ・マヴーラもポスト・エイミー議論で名前が挙がる人だが、彼女はエイミーから酒やドラッグや男(=セックス)といった夜の部分がすっかり抜けて、エコロジー派でオーガニック志向の学校の先生(実際、彼女は中学校の先生だった)になったような、昼間の明るい光を感じさせる。そしてヴァレリーも、エイミーのような夜の歌手ではない。が、こちらは昼間というより、早朝のひんやりと冷たく厳しい光が似合う。

 マザーになるなんて向いてない
 ワイフになるのもまだ向いてない
 男みたいに働いているからさ
 あたしは一生働いてきたからさ

 テーブルの上にはディナーもない
 冷蔵庫には食べ物も入ってない
 仕事に行くよ 後で帰ってくるから
 仕事に行くよ 帰ってくるって言ってるだろう
 男みたいに働いているんだ
 あたしは一生働いてきたんだ

 犬よ あたしは器量良しの女なんだよ
 犬よ あたしは器量良しの姉ちゃんなんだ
 もしもあんたがあたしに何かをくれるっていうなら
 このバカでかい世界のものを何でもっていうのなら
 犬よ そろそろ出て来てもいいだろう
 金持ちの爺さんが Workin' Woman Blues

 最初に聴いたとき、作詞は林芙美子かと思った。最近、早朝シフトの通勤バスのなかで聴いているのは彼女の歌だ。諦念まみれの静かな気合が入る。
 昔ながらのカントリー&ブルーズの歌詞が、ここではきっちり現代にトランスレイトされている。この楽曲を聴いて共感できるのは地べた労働者の女性だけではなく、ミドルクラスの働く女性たちでもあろう。セレブ歌姫たちが「キャリアも男も子供も、女が全てを手にするのは可能なのよ」という夢を売るこのご時世に、「あたしゃ食うだけで精一杯」と歌うディーヴァなんて、まるで『裸の王様』に出てくる「でも王様、素っ裸じゃん」と指摘する正直な子供みたいで、実に爽快ではないか。

              ******

 バンジョーの弾き手でもある彼女の音楽は、フォーク、ブルーズ、ゴスペル、ソウル、ブルーグラスといった言葉で表現される生粋のレトロ・サウンドだが、本人がそれに夢中になっている風でも、「これが新しいんだよ」とはしゃいでいる風でもなく、実に淡々と、まるで自分の世代の音楽であるかのように平常な体温で演奏しているところが、ジェイク・バグやザ・ストライプスといった人々との共通点だろう。
 彼らの音楽には、レトロというより、ヴィンテージという言葉が似合う。ヤング・ヴィンテージとでも呼ぶべきだろうか。若いくせに、妙に渋く、等身大で成熟しているのだ。
 これは不思議な現象だと思う。

ブレイディみかこ