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Bruce Springsteen

Rock

Bruce Springsteen

High Hopes

Columbia/ソニー

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木津 毅   Feb 21,2014 UP

 911の回答としての『ザ・ライジング』(02)に象徴されるように、たぶん、いつもこの男の正しさ、立派さは同時に抑圧的だったろう。アメリカを巡る物語に、国外はもちろん、アメリカ人だってすべての者が参加しているわけではないのだから。テロリストに星条旗が焼き払われる映像が世界中に流されたとしても、すべての民が喪に服する義務があるわけではないだろう。911以降、(『ザ・ライジング』よりも時期的には後にはなるけれども)アメリカの価値観の揺らぎに肉薄している数々の表現に出会った僕は、スプリングスティーンのやり方は真面目すぎるように思えたのだ。
 だが、ダーレン・アロノフスキー監督作『レスラー』の主題歌を聴いたとき、僕ははじめてブルース・スプリングスティーンを本当に「いま」立ち上がってくるものとして感じられた。「持っていたものをすり減らしていく俺を見ただろう」……死んでいくかつての栄光に捧げる、せめてもの慈愛の歌。相変わらずメロドラマじみてはいたけれども、スプリングスティーンはそこで、老プロレスラーとともに終わっていくアメリカを背負うように見えたのだ。
 いや、その少し前、オバマの就任記念コンサートで、スプリングスティーンがピート・シーガーとウディ・ガスリーの“わが祖国”を歌うのを観ていたからかもしれない。“わが祖国”は国家としてのアメリカを讃える歌ではない。そこに住む、ピープルを讃える歌である。その数年前(06)、スプリングスティーンは『ウィ・シャル・オーバーカム:ザ・シーガー・セッションズ』を発表していたが、そんな風にして語り部としてかつての「人びとのアメリカ」を頑固に歴史の表舞台と接続しようとしているのならば、スプリングスティーンの使命感は機能していると思ったのだ。つまり、うるさい頑固親父としての。『レスラー』で親父は自らの老境を認めているようで、そしてその映画がアメリカで公開されるほんの数ヶ月前にリーマン・ショックが起こった。

 オバマ政権に対しても疑念が漂いはじめ、ウォール街デモから地続きのものとしての『レッキング・ボール』(12)における「We take care of our own(俺たちは自分たちで支え合う)」というスローガンには、だから、はじめ素直に頷いた。だが少しして、この「We」とは誰のことなんだろう、と思いはじめ、次に僕はアニマル・コレクティヴを聴いているようなドリーミーな若者のことを考えた。彼にこの「We」は響いているのだろうか? このアルバムで歌われる「希望と夢の国」がかつてのアメリカの理想として、それはもう消えていくものなのではないか? 「自由の鐘の鳴る音が聞こえないかい」……、それは、いつの時代の残響音なのか? スプリングスティーンの不屈さに鼓舞されると同時にいたたまれなくなるような、奇妙に分裂する感覚を僕は繰り返し聴くほどに覚えた。

 本作『ハイ・ホープス』は、11年に他界したクラレンス・クレモンズへの哀悼の意もあり、この10数年間からの録音を集めたものとなっており、その分コンピレーション的にカジュアルに聴ける面もあるかもしれない。だが、収録曲の3分の2にトム・モレロのギターがフィーチャーされていることで、音の主張は近作群よりも強くなっているようにすら思える。正しく、立派で、誇り高い。ドリーミーな若者たちには、彼らが愛でるノイズよりもこのアルバムが文字通り騒音的にうるさく聞こえるだろうが、だからこそスプリングスティーンが歌う意味がある。つまるところ、頑固親父がいる彼らのことが、僕は羨ましいのだ。ギターがエモーショナルに泣きわめくような“ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード”辺りになってくるとさすがに疲れてくるけれども……しかし、最良の瞬間はその次にやって来る。シンプルでウォームなフォーク・バラッド“ザ・ウォール”はスプリングスティーンがヴェトナム戦争で喪った音楽仲間に捧げられており、この個人的な歌はもちろん、戦争とつねに隣り合わせにあるアメリカ国家に対する静かな怒りでもある。ここでも頑なに、スプリングスティーンは無名の人間の生をアメリカ史と繋げていく。そうだ、彼の正しさにはなお、素朴な思いやりがこめられていて、だからこそ多くのひとが彼の声に耳を傾け続けるのだろう。
 そしてまた、続くラスト・トラックであるスーサイドのカヴァー“ドリーム・ベイビー・ドリーム”が暗示的だ。何かを振り払うようかに「カモン、ベイビー、夢を見続けよう」と繰り返される呼びかけ。これは『デヴィルズ・アンド・ダスト』(05)の頃のツアーでよく歌われた曲だというが、2005年といえばまだブッシュ再選の記憶も新しい頃で、そこでスプリングスティーンが言う「夢」はつまり気高き理想、やがて来るべき「change」のことだったろう。けれども、アメリカが落ちぶれていくこの10年のなかで、夢の意味は傷つきやすい若者たちが外界から身を守るためのものへと変容したのではないか? 僕はそのことにスプリングスティーンが気づいていないとは思えない。しかしそう知ってなお、この曲をアルバムの締めくくりに……この10年の終曲に選んだのではないか。いまでも共有できる夢があるのだと、「We」は支え合えるのだと。

 僕はいま、このアンビヴァレントで煮え切らない文章をどう終えようか決められずにいるが、ただ、ピート・シーガーの冥福を祈りたい気持ちはとてもシンプルに自分のなかにあって、だからそのことを書いておこうと思う。少なからずアメリカ文化から影響を受けてきた自分のような人間がいま、ピート・シーガーの遠い末裔のように錯覚してしまうのは……スプリングスティーンのせいでもある。

木津 毅