Home > Reviews > Album Reviews > Steve Roden & Stephen Vitiello- The Spaces Contained In Each
1964年生まれのアメリカ人サウンド・アーティスト、スティーヴ・ロデンとステファン・ヴィティエロのコラボレーション作品がリリースされた。
それぞれ強い個性を持った音響作家だが、その音楽活動をパンク・バンドからはじめたこと、そして90年代中盤以降は静寂と空間性をあわせ持ったインスタレーション作品や音響作品を発表してきたことなど、いくつかの共通点を見出すことができる。
各々のコラボレーション音楽作品を軸に、ふたりの経歴を振り返っておこう。まずはスティーヴ・ロデン。彼は1997年に最初のソロ・アルバムをリリースし、1999年には佐々木敦主宰の弱音響レーベル〈メメ〉からブランドン・ラベルと『アンド・ザ・ワールド・ワズ・カーム』を発表する。ロデンはロウアーケース・サウンドのアーティストとして、繊細/大胆な音響が評価されてもいた。ロウアーケースを代表するアーティストであるバーナード・ギュンターとリチャード・シャルティエとの競演作『(フォー・モートン・フェルドマン)』(2002)というアルバムもリリースしたほどである。そのシャルティエのレーベル〈ライン〉からも、『フォームズ・オブ・パップ』(2001)、『エアーフォーム』(2001)、『プロキシミティーズ』(2001)などの傑作ソロ・アルバムを発表している。
最近の競演作では、テイラー・デュプリー主宰の〈12k〉からリリースしたスティーヴ・ピーターズとの『ノット・ア・リーフ・リメインス・アズ・イット・ワズ』(2012)が素晴らしかった。空虚の中に生成する音響の美といった趣。2014年には、〈ラスター・ノートン〉の創始者の一人でもある電子音響/音楽家のフランク・ブレットシュナイダーとの2004年競演録音『スウィート・ニュイ』を〈ライン〉からリリースし話題を呼んだことも記憶に新しい。
そのほかの共演者も、フランシスコ・ロペスからジェイソン・カーン、テュ・ムからマイ・キャット・イズ・アン・エイリアンまで、90年代から00年代の音響シーンを代表する人物ばかりである。ロデンの全仕事や経歴は彼のサイトで詳細にまとめられているのでご覧いただきたい。絵画、造形作品、インスタレーション、録音作品など、ロデンの多岐にわたる才能を知ることができるだろう。
ステファン・ヴィティエロは、1995年にソロ・アルバムをリリースし、インスタレーション(2012年、坂本龍一プロデュース「アートと音楽 新たな共感覚を求めて」展に出品された作品を覚えている方も多いはず)、コラボレーション・アルバムなど数多くの作品/リリースを発表している。スキャナーやテツ・イノウエとのコラボレーション作もある。
近年のコラボレーション・アルバムとしては、〈12k〉から発表したマシンファブリックとの『ボックス・ミュージック』(2008)、同レーベルからリリースされた音響作家モリー・ベルグとのコラボレーション作品『ザ・ゴリラ・バリエーションズ』(2009)などが重要作だろう。特に『ザ・ゴリラ・バリエーションズ』は、エレクトロニカ以降のアンビエント+フィールド・レコーディング・ムーヴメント初期の傑作である。二人は2013年に4年ぶりの新作『シェイプス・ユー・テイク』を、同じく〈12k〉からリリースしたが、こちらも叙情性に満ちた素晴らしいアルバムであった。
ヴィティエロは、テイラー・デュプリーやローレンス・イングリッシュなどともコラボレーションを行っており、サウンド・アートだけはなく、アンビエント/ドローンにおいても重要アーティストと目されている。彼の活動も自身のサイトに纏められているので注目したい。
さらに、ロデンとヴィティエロの〈12k〉リリース作品として忘れてはならないのが、2011年にリリースされたモリー・ベルグ、オリヴィア・ブロックらとのユニット、モスのEP『モス』だ。この音源は、彼らが教会で行った演奏の記録であり、フィーレコやドローン、コルネットの演奏が交錯する濃密な音楽である。25分程度の収録時間だが、00年代以降のアンビエント/ドローンにおける最良の瞬間が記録されているといっても過言ではない。
そして本作『ザ・スペーシイズ・コンテインド・イン・イーチ』は、ロデンとヴィティエロの競演作だ。ローレンス・イングリッシュが主宰する〈ルーム40〉から2014年にリリースされたアルバムである。内容はニューヨークのコーネリアス教会に展示されたインスタレーション作品の音源化。どうやらコーネリアス教会特有の音響空間を活用した作品のようである。
このアルバムの重要な点は、インスタレーションの音響部分だけではなく、展示作品から発せられる音と、その教会の展示空間に鳴り響いていた環境音を含めて音源化していることだろう。空気のような音響が断続的に生成し、いつのまにか消え、また鳴り響く。教会内に横溢する響きや、響き渡る鐘の音などが交錯する。さらには近隣を通りすぎる車の音や、子供たちの声などの環境音なども繊細にレイヤーされ、見事なサウンド・アンサンブルを奏でられているのである。いわゆるフィールド・レコーディング作品に近い感触がある。また、開放的/空間的な音響は、ロデンの諸作品を思わせもする(2011年の『プロキシミティーズ』など)。むろん、ヴィティエロらしい柔らかな音響的持続も健在で、密なコラボレーションが行われたことが想像できる。
スティーブ・ロデンとステファン・ヴィティエロは、共にパンクの轟音から音楽活動を始め、やがて静寂へと行き着いた。そこにジョン・ケージ的な思想との出会いがあったとは容易に想像できるが、しかし彼らにとって「静寂」「聴くこと」は、ケージ的なそれよりも広い空間性の中で、穏やかに、微かに鳴り響いているように感じられる。テクノロジーの精密さを使ったリラクシンの生成。それこそ「90年代以降のポスト・ケージ的な音響世界」ではないか。空虚で、穏やかで、そして美しい非現実的な音響空間の生成。歴史の終わり。それゆえの小春日和の感覚。
もうすぐ寒い冬が終わり、暖かな春になるだろう。穏やかな陽光の中、音楽プレイヤーのヘッドフォンから流れる彼らのサウンドと環境音がミックスされていく快楽を味わいたい。そこで展開されるリラクシンで空虚で穏やかなポスト・ケージ的音響世界は、私たちのそれぞれの耳と思考に、「世界」の豊穣さを教えてくれるに違いない。
デンシノオト