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インプロヴァイズとは、音色を生み出すことだ。
この1971年生まれの英国人のハープ演奏者/即興演奏家の音楽・演奏に耳を澄ましていると、そんな当たり前のことを改めて痛感する。ハープという即興演奏とは馴染みの薄い楽器を用いながらも、その特性を存分に駆使し、音の可能性を拡張している彼の演奏は、単に良い音とか綺麗な音というものではなくて、耳が弦の震動に触れるような存在感のある音を生み出しているのだ。
ジョン・ブッチャー、デレク・ベイリー、エヴァン・パーカー、ディヴィッド・トゥープ、ジョン・ティルバリー、大友良英、石川高など、錚々たる音楽家/演奏家と競演を繰り広げてきたロードリ・デイヴィスは、すでに20年以上のキャリアを誇るベテラン・インプロヴァイザーである(ちなみに意外なところでは、大友良英、石川高氏らとともにカミヒ・カリィのライヴにも参加している。しかもそのコンサートの模様はDVDにもなっている)。
当然、参加レーベルも多岐に渡っており、近年は、英国の即興音楽レーベルとして人気の〈アナザー・ティンブレ(Another Timbre)〉から参加アルバムが多数リリースされている。
昨年にリリースされた作品には、〈ふたり(ftarri)〉から発売されたジョン・ブッチャーとの4年ぶりの共演作『ラウティング・リン』がある。英国北部のノーサンバーランドにある「ラウティング・リン」で、大自然を背景にして演奏した音を、あのクリス・ワトソンが録音し、さらに2ヵ月後に、その録音をバックにデイヴィスとブッチャーがライヴで演奏したという驚愕のライヴ・レコーディング音響作品である。
本作『ペドワル(Pedwar)』は、そんなロードリ・デイヴィスが2000年代に残した4作のソロ・アルバムを収めたクロニクル的なボックス・セットだ。リリースは英国の〈アルト・ヴァイナル〉から。ライナーをディヴィッド・トゥープが執筆している。
ディスク1は、フリーインブロヴィゼーションの方法論と、ハープによる音響生成が見事に融合した2002年の『ターム(Trem)』 だ。スティーヴン・コーンフォードの作品もリリースしている〈コンフロント(Confront)〉から発表されたアルバムで、2000年代初頭の即興音楽の豊かさを感じられる一作である。つづくディスク2は、同じく〈コンフロント〉から『オーヴァー・シャドウズ(Over Shadows)』(2007)。e-bowを用いて制作されたというドローン作品である。
ディスク3は、2012年に〈アルト・ヴァイナル〉からリリースされた『ウォインド・レスポンス(Wound Response)』。ロックでノイジーな驚愕のハープ・インプロヴァイズ・アルバムだ。ディスク4は、引き続き〈アルト・ヴァイナル〉から出た『アン・エアー・スウェプト・クリーン・オブ・オール・ディスタンス(An Air Swept Clean Of All Distance)』(2014)は、一転してオリエンタルな旋律とハープの素の音色が耳に心地良い即興作品であった。
ハープでインプロヴァイズすること、その魅力が、この4枚のアルバムには凝縮している。ときに大胆にノイズのような音を発生するかと思いきや、ときに素の音でデレク・ベイリーのようなフリーな演奏を繰り広げ、ときにプリペアドされた音をジョン・ケージのように点描的に響かせる。ときにトニー・コントラッドのようなドローンを響かせたかと思えば、ときにオリエンタルともいえる優美な響きと旋律を自在に奏でる。この自由さ。
そしてさらに聴き込むと、彼の音楽は自由なインプロヴァイズの中に、律儀なまでにリズム制御を行っていることも聴きとれてくる。勝手気ままな自由でなく、演奏というディシプリンを習得している優秀な演奏家だからこそ可能な「自由」なのだ。
即興と作曲の差異は極めて曖昧だが、その瞬間に音による事件を生成し一瞬で駆け抜けていくことが即興で、フィックスを目指して推敲を重ねていくことを作曲だとすると、録音された即興のレコードを聴くことにどのような意味があるのだろうかと問い直す人も多いだろう。その瞬間の生成こそが即興の醍醐味ならば、レコードで繰り返し聴くことなど、そもそも矛盾ではないか、と。
しかし自分は思う。だからこそ即興のレコードを聴くのだ。即興は速い。なぜなら、その瞬間の事件の生成なのだから。むろん、その速度に音楽のテンポとは関係ない。どんなに遅いテンポでも、即興はその瞬間に生成する瞬きなのだ。即興はそれゆえ事件と忘却を繰り返す。私たちは、その忘却の速度にはなかなか追いつかない。だからこそ録音によって、まるで即興の内部を顕微鏡で覗き込むように聴き込むのだ。そうして音を自分の耳と体に会得する。それはリスナーの欲望であり、だからこそジャズや即興音楽の録音作品を聴取する意味があるのではないか。
ロードリ・デイヴィスの音楽/演奏は、そのような顕微鏡的な鑑賞にとても合っている(反対に、ただ流していてもいいのだが)。フリー、ノイズ、ドローン、旋律まで、さまざまなサウンドの魅力や音の独自性や個性が結晶しており、耳を惹きつける要素がたくさんあるからだ。
このボックス・セットには、さまざまな音楽の歴史/エレメントが詰まっている。しかし堅苦しさは、まるでない。彼の即興演奏や音響生成に、顕微鏡的に耳を澄ますことは、とても豊穣な音楽的時間だ。カジュアルで、アメイジングで、ジョイフルでインテリジェントなインプロヴァイズ。これは2000年代の即興音楽の特徴をよく表しているように思えるし、本作を聴き直すことで2000年代から続く(音響派以降ともいえる)即興音楽の豊かさを感じることもできるだろう。本ボックスは、そんな彼の音楽を存分に楽しむことができる、まさに僥倖のようなセットなのである。
デンシノオト