Home > Reviews > Album Reviews > Flying Saucer Attack- Instrumental 2015
フライング・ソーサー・アタックが帰ってきた。最後のアルバム『ミラー』のリリースが2000年なので、じつに15年ぶりの復活である。1992年にブリストルにて、デヴィッド・ピアースとレイチェル・ブルックによって結成されたフライング・ソーサー・アタック……そうなんです、ブリストルなんです。私ごとで恐縮ですが、筆者のなかでブリストルと言えば、ザ・ポップ・グループと〈サラ・レコード〉とこのフライング・ソーサー・アタック(以下FSA)なんです。その音が発せられた瞬間から時間の感覚がねじ曲がり、空気がピンと襟を正して異様に張りつめたかと思えば薄雲のように流れ、あらぬ方向に浮遊する。そんな、もはや暴力的(〈サラ・レコード〉のパンクが好きなくせにパンクスになれない感じ&後ろめたいノスタルジアもある意味暴力的ですよね!)とも言えるほどの光と影のグラデーションは、ブリストルの音楽の多くに宿されていて、後のトリップホップ〜ダブステップにも受け継がれることはみなさんご存知でしょうからここでは割愛。
シューゲイザー〜ポストロック界隈からの羨望の眼差しはもちろん、昨今のアンダーグラウンド・シーンにしっかりと根づいた感のあるギター・ドローン〜アンビエントの先駆けとしても刺激的なサウンドを聴かせてくれるFSAの居場所は、いつの時代も深くて遠い。そして、本作『インストゥルメンタル 2015』では、そんなシーンの背景に色目を使うことなく、さらに独自のフォームで深いところを潜水し、わがままに美しく遠くまで漂流する。
最高傑作と名高いセカンド『ファーザー』(1995)リリース後にレイチェルがムーヴィートーンズの活動に専念するため脱退。デヴィッドのソロ・プロジェクトとなったFSAは、本来備えていたインダストリアル気質を徐々に強め、先述のアルバム『ミラー』(2000)では、ドラムンベースなどのデジタルビートまでも導入する事態に……ややや? そんなデヴィッドが迷走する様子に激しい戸惑いを覚えたのも今は昔。有終の美ならぬ締めくくりの悪さに一抹の不安を抱えていたものの、15年ぶりに彼から届いたサウンドはまぎれもなく初期のFSAが持っていたレイドバックしたフィードバック・ギターが100パーセント。ビートも歌もなく無駄を削ぎ落として折り重なる反響ギターが波のごとく寄せては返し、時が経つのを忘れてしまう。ここには当然ワイヤーのカヴァーもなければスウェードのカヴァーもない(もちろんシリル・タウニーもない)。しかし、ギターとテープとCDRのみを使用して組み立てられた音響は、かつての壁のように空間を埋めつくす山びこ超音波ノイズだけでなく、ざらついてゆらめきながら隙間を活かして枯れ落ちるアシッド・フォーキーな催眠メロディーを鳴り渡らせ、ときに教会音楽の格調〜英国トラッドの気品も感じさせてくれたりするからじつに味わい深い。これをダンディズムと呼ぶのか。
まるで15年の空白を一つひとつ埋めていくかのように並べられた15曲のサウンド・エクスペリエンス。お馴染み、デヴィッドのベッドルームから広がる田園銀河なサイケデリアは、テクノロジーの進化とは寄り添うことなくテープのヒスノイズと手をつなぎ、いまも変わらずローファイ仕立てなサイエンスフィクションの夢を見る(さらにマスタリングがベルリンの秘所〈ダブプレーツ&マスタリング〉で施されているというのも聴きどころ!)。
ただシンプルに、タイトルに1から15までの番号だけが与えられ、日記のように綴られるギター小曲たち。かつてのドラマチックな展開はそこそこに、多彩な音色と奏法のヴァリエーションにピントを絞った下書き的な作風に、もしかすると少し物足りなさを感じる向きもあるかも知れない。だけれど、この晩年のジョン・フェイヒィ〜ローレン・コナーズ、はたまたヴィニ・ライリーにも通じる恐ろしく繊細で過激な熟成——もしくは、ときどき仄見えるロマンチシズムは、デヴィッドのもつ孤独感とギタリストとしての資質を浮きぼりにするには十二分な作品となっている。
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とか言いつつも、90年代にFSAが残した名曲 “マイ・ドリーミング・ヒル” “クリスタル・シェイド” “ソーイング・ハイ” “オールウェイズ” のような、ぶつぶつ囁くデヴィッドのヴォーカルと、ぼんやりぼやけながらも強烈な輝きを放つバンド・サウンドを期待するのは筆者も同じところ。『インストゥルメンタル 2015』は、もちろんオリジナルなギター音響作品として素晴らしいのだけれど、未完の美学が見え隠れするがゆえに、聴けば聴くほど「その次」を提示するための序章のような作品に思えてくるのは筆者だけだろうか? なので、きっと今度はこんなにも待たされることなく、間髪入れずに空飛ぶ円盤の再攻撃がはじまるにちがいない。というか、そう信じたい。
久保正樹