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Ducktails

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Ducktails

St. Catherine

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橋元優歩   Jul 31,2015 UP

 ノスタルジーはつねに微かなうしろめたさをともなうもの。「望郷の念」と訳せば牧歌的だけれども、その言葉自体にどこか逃避的なニュアンスがあるものだから、ついついとそれを標榜するものに対して冷笑するふりを装うか、さもなくばこっそりと浸る、ということにもなる。しかしわたしたちにとってたしかなものは「過去」以外にない──「いま」ですらたえず過去になるのだから。そうしてみればノスタルジーというような感興は、たしかなものをつかまえ、見きわめたいという切実な希望であるようにも思われてくる。

 マシュー・モンデナイルが爪弾くアルペジオは、その意味において過去──たしかなものへと向かい、捧げられる詠唱のように聴こえる。夏の朝、わたしたちはその単調な反復のなかにその片鱗を嗅ぎ出し、涙するだろう。はたして、奇しくも、冒頭の曲タイトルが“ザ・ディズニー・アフタヌーン”であるのはどんな由縁あってのことか。

 ジャンルに関係なく、2000年代と2010年代の過渡期を覆っていた、ドリーミーでサイケデリックでアンビエントなムード。それをエクスペリメンタルなギター・アンビエンスによって表象したアーティストたちがいた。元エメラルズのマーク・マグワイヤしかり、ウッズしかり、そうした存在とならびもっとも輝いていたひとりがこのマシュー・モンデナイルだ。リアル・エステイトとダックテイルズという、いまでは〈ドミノ〉と契約するふたつのバンドを動かし、自身のレーベル〈ニュー・イメージズ〉ではメデリン・マーキーを世に送り出し、フランシスコ・フランコやヘルムといったアンダーグラウンドの異才をつなぐ。サン・アローは盟友だ。つまりは、昨今のUSインディにおける最重要人物のひとりでもある。

 昨年の最新作『アトラス』において、デビュー作の頃に顕著だったエクスペンタリズムを手放し、レイドバック/レトロスペクティヴ志向を固め、メンバー個々のたしかなプレイヤビリティに支えられたソフト・サイケを展開してみせたリアル・エステイトだが、それもすばらしく上質ながら、「じゃない」ほうのモンデナイルを期待しつづけるむきには、この作品のほうがいいと思う。あちらはソングライティングにおいてマーティン・コートニーの果たす役割が大きいということもある。

 とはいえ、今作には『アトラス』も『リアル・エステイト』も『ランドスケープス』(2009)も混じっている。シンプルな歌ものに聴こえるものもバランスよく入り、プロダクションは洗練され、おなじみのドラムマシンの一方をタイトでジャジーな生のドラミングが牽引し、その奥にゆらゆらと狂気が揺れている。

 きりのないギター・ソロが影をひそめ、アルペジオやバッキングに徹するかのような単調なコード弾きが前に出ているところも印象的だ。MVが公開されている“ヘッドバンギング・イン・ザ・ミラー”ですら、歌も曲の大半もさして重要ではない。記憶に残るのは、ほぼ後奏ともいえるアルペジオのみ、そこだけに正気を失いたくなるほどなつかしい何かが宿っている。

 それは共有体験として噛みくだかれてはいないなつかしさのはずなのだが、なぜこうも執拗にこちらを追ってくるのだろうか。彼と同様の時期のシーンを担ってきた才媛ジュリア・ホルターがこのアルバムにおいて担っている役割も大きい。“ヘヴンズ・ルーム”にはそのヴォーカル・マテリアルが使われているほか、“チャーチ”のコーラスもすばらしい。意味不明に感じやすくなった心と、決壊前の涙腺を最後に刺激するのは、まさに彼女の声なのだ。それに導かれるように心の奥に潜っていると、いつしかギターの主題はストリングスにシームレスに引き継がれている(“ヘヴンズ・ルーム”)。単純に、音楽的なヴァリエーションという意味でも、彼女はモンデナイルの新しい一部をひらいている。

 表題曲においても、“サリアル・エクスポージャー”においても(冒頭の展開やハープシコードふうの音による対旋律などは、これもジュリア・ホルターっぽく聴こえるがちがうだろうか)、とにかく反復反復反復、ギターは歌わず、ただただわたしたちの時間に捧げられている。“リプライズ”のホルターでやっぱり泣く。

 わたしが失おうとしているのは、青春ではなくて人生の間違いなのではなかったのか、というのは何の本で読んだのだったか。それは大人になったのではなくて、人生をなくしているだけなのではないか、と。過ぎ去った時間に対して誤った種類のやりかたでアプローチすると、きっとそんなふうなことになるのだろう。そして、いまのダックテイルズにはレトロとはちがう過去がある。

橋元優歩