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河地依子   Dec 07,2016 UP

「朝目が覚めた瞬間/メイクを一切したくないことだってあるでしょ/自分らしさを隠さなきゃいけないなんて/誰が決めたの/メイベリンの化粧品で覆い隠しているのは自信かもしれないのに」 “ガール・キャント・ビー・ハーセルフ”

 クラシックの素養もあるし、気高く凛としていたので、デビュー当初は才色兼備の「いいとこのお嬢様」だと思っていた。だが初来日時のライヴを観に行った時、PAの具合が悪かったのだったか何だったか、理由ははっきり覚えていないが、ステージ上のアリシアが「チッ!」と言ったのを聞き、「あ、お嬢様じゃなかったんだ」と了解した。だが宣伝の戦略としての優等生イメージはその後もずっと続いたため、本人も次第にそれが重荷になって、虚飾をすべて取り払いたくなったのだろうか。先ごろ唐突にすっぴんの画像を自らを公開し、その一撃で、見事に虚飾の放擲を完遂した。
 大きなアフロ・ヘアに覆われたすっぴんの横顔をジャケットに据えた新作『ヒアー』には、そうしたアリシアの心持ちがストレートに反映されている。歌声はどこまでもナチュラルで、バックの演奏も音数を削ぎに削いで、とてもシンプルだ。だがそれで十分、足りないものは何もない。それどころか、まっすぐに胸の奥深くに届く音楽となって結実している。
 前半は綿花畑で歌われていたワーク・ソングを彷彿させるプリミティヴな曲を含め、ブルージーな曲が多いが、デビュー作からして『ソングス・イン・A・マイナー』だったアリシアのこと、こういう曲への気持ちの乗せ方は天下一品だ。プロデュースはほとんどをアリシアとスウィズ・ビーツ夫妻を含むチームのイルミナリーズが手がけているが、ファレル・ウィリアムスのプロデュース曲もある後半の数曲は明るく軽やかな曲調に変化して、すっぴんのアリシアの歌声は可愛らしくもサバサバして気持ちがいい。それに続く終盤は、ザ・ウィークエンドとの仕事で名を上げたイランジェロとアリシアの共同プロデュース曲を含めてトレンドもさり気なく押さえつつ、スピリチュアルなマイナー調にも戻る、という作りだ。ゴージャスさとは対照的な清楚な音世界は心身の鎧を脱ぎ捨てたアリシアの心持ちそのものであろうし、曲想がグラデーション的に推移する全体のスムースな流れも、ナチュラルな感情の流れの表れだろう。そして全編を通じて言えることは、歌声が力みのない自然な表現を伴っているのはもちろん、どこにも奇をてらったり意表を突いたりする要素がないということ。その結果、とても清々しい作品になっている。
 さて、かねてからSNSなどで、政治的なメッセージを発信することも少なくなかったアリシア。本作収録曲の歌詞ではストレートな表現はしていないが、そのかわりに婉曲な表現や実生活の描写を通して、メッセージをそこここに忍び込ませている。
 例えばこれは個人レベルで考えることもできるが、反戦ひいてはトランプ次期米大統領が主張する排外主義の批判にも繋がる。「聖なる戦争の爆弾を磨く代わりに/もしもセックスが神聖なら/そして戦争が淫らなら/そしてそれが勘違いじゃないなら/なんて素晴らしい夢なの/愛のために生きて/終りを恐れることもなく/許すことが唯一の真のリベンジ/そうすればわたしたちお互いを癒し合って/感じ合える/お互いの間に立ちはだかる壁を壊すことができる」“ホーリー・ウォー”

 そして“ホウェア・ドゥー・ウィー・ビギン・ナウ”ではLGBT(性的少数者)の人々へのエールを歌う。
 知らず知らずのうちに心に幾重にもまとわりついた、本来は必要のない余計なものが、戦争や差別をはじめとする世の中の不条理を、実につまらない理由から生じさせる。アリシアはそれを小難しい言葉でダイレクトに語るのではなく、日常生活の中にある言葉で日常の風景に引き寄せて綴り、誰にでもわかりやすく受け入れられる形で提示しているように思う。

 最後に、最近アリシアがフェイスブックにアップしていた引用の言葉を紹介しよう。
 「The pain taught me how to write and the writing taught me how to heal」 – Harman Kaur
(「苦しみは書き方を教えてくれて、書くことは癒し方を教えてくれた」)

 我々リスナーがこの包容力のあるアルバムに癒されるだけでなく、これを作ったすっぴんのアリシアも、自ら癒されていたのなら嬉しいことだ。

河地依子