Home > Reviews > Album Reviews > CHAI- PINK
いま、80年代のカルチャーが注目されている。たとえば『VOGUE JAPAN』は、2017年9月号の表紙で、〝パワー・ドレッシング〟という言葉を掲げた。この言葉が持てはやされたのは、女性の社会進出が進んだ80年代。ビジネスにおいて男性と互角に渡り合うために女性が纏う服を指す言葉に、〝パワー・ドレッシング〟が用いられたのだ。いまは意味が変化しており、自分らしさに依拠したセンスが〝パワー・ドレッシング〟とされている。自分の好きな服だけを身につけ、そのことに喜びを見いだす。いわば〝パワー・ドレッシング〟は、スタイルからアティチュード的な言葉になった。
『VOGUE JAPAN』は、2017年5月号でも「アメリカ発、80sカルチャー論。」という記事を掲載し、80年代をアピールしている。『Interview Magazine』の元編集長クリストファー・ボレンが80年代論を語ったこの記事によると、エイズから核戦争までさまざまな不安が渦巻いていた80年代と現在は似たような状況だから、多くの人が当時のスタイルに惹かれるのだと述べている。確かに、トランプを筆頭とした排斥的姿勢の台頭、あるいは世界的に問題となっている経済格差などを現在の不安要素と考えれば、ボレンの指摘は妥当だ。
ボレンは当時のスタイルの例として、ビッグ・シルエットな服や軍隊擬装のように濃いメイクなどを挙げている。これらに従えば、『MEN'S NON-NO』の2017年11月号で見かけた、「デカい!重い!ゴツい!」という言葉も80年代的なセンスと言える。アウター特集で使われていたこの見出しに引かれて記事を読むと、肩幅の広い大きなコートを着たモデルたちがずらりと並んでいた。どうやら、80年代再評価の波は日本にも来ているようだ。
こうした流れと共振するところがCHAI(チャイ)にはある。2013年に結成されたCHAIは、双子のマナ(ヴォーカル/キーボード)とカナ(ギター)に、ユウキ(ベース)とユナ(ドラム)を加えた女性4人組バンド。4人の関係のルーツは、マナとカナが同じ高校でユナに出逢い、バンドごっこを始めた頃になる。その後大学でマナとユウキが出逢い、それをキッカケにマナとカナはユウキとユナに声をかけ、CHAIを結成したそうだ。
筆者が初めてCHAIを知ったのは、2016年初頭に“ぎゃらんぶー”のMVを観たときだった。体操着姿の4人が踊るのを観ながら、単なるおもしろバンドかと思っていたが、よくよく聴いてみると演奏力が高いことに気づいた。息の合ったコーラス・ワーク、ねちっこいファンクネスを生みだすタイトなリズム隊、語感の良い言葉が並ぶ歌詞など、サウンド面にたくさんの魅力があったのだ。ジャンルでいえばニュー・ウェイヴだが、ヒップホップやファンクといったブラック・ミュージックの要素も随所で見られる。ヘタウマでごまかすこともなければ、キャラだけで勝負する卑しさもない。もちろん、前向きな空気を前面に出すキャラも魅力ではあるが、仮にそれがなかったとしても、CHAIはサウンドで勝負できるバンドなのだなと強く実感した。
そんなCHAIが、ようやくファースト・アルバム『PINK』を発表してくれた。本作の曲で特にオススメなのは、去年4月にリリースのセカンドEP「ほめごろシリーズ」にも収められた“sayonara complex”だ。〈飾らない素顔の そういう私を認めてよ〉〈かわいいだけのわたしじゃつまらない〉といった、かわいいだけが女性じゃないと言いたげな一節が多く登場する。しかし肝心なのは、かわいさそのものを否定していないこと。かわいさだけを求める風潮や、女性はかわいらしくしていなきゃダメという固定観念に批判的な視座がうかがえる。
“sayonara complex”には、〈Thank you my complex〉という秀逸な一節もある。この名フレーズは、コンプレックスを個性として認められるようになったことで、コンプレックスと思っていたものがコンプレックスじゃなくなった瞬間の喜びと、その喜びに浸れる感謝の気持ちを表している。“コンプレックスは個性だよ!”と公言するCHAIらしい言葉選びだ。曲自体は、ニュー・ウェイヴの視点から解釈したメロウなディスコ・サウンドが特徴の心地よいポップ・ソングで、ブロンディーの“Heart Of Glass”を彷彿させる。だが奥深くには、心地よいだけじゃない多くの感情や想いを秘めている。その感情や想いは女性のみならず、偏見やイメージのせいで嫌な思いをしたことがある者なら誰だって心に響くだろう。
“フライド”もグッとくる曲だ。けたたましいシンセと性急なグルーヴが印象的なこの曲を聴くと、チックス・オン・スピードを中心としたエレクトロクラッシュ、あるいはCSSやクラクソンズといったニュー・レイヴを連想してしまう。10代のほとんどを2000年代で過ごした筆者としては、抵抗できない音が詰まっている。「ほめごろシリーズ」収録の“クールクールビジョン”を聴いたときも思ったが、CHAIには2000年代の音楽から影響を受けた曲が多い。今年の日本では、ロス・キャンペシーノス!やファックト・アップといったバンドの要素を散りばめたcarpool(カープール)『Come & Go』、ザ・ストロークスに通じるソリッドなロック・サウンドを打ちだしたDYGL(ディグロー)『Say Goodbye To Memory Den』など、2000年代の音楽に影響を受けた良作が次々と生まれている。ここに、2000年代のNYロック・シーンについて書かれたリジー・グッドマン『Meet Me In The Bathroom』が話題を集めていることや、グライムの再興という潮流もくわえると、2000年代再評価の流れは世界的なもの? とも感じるが、これらの半歩先の動きと共鳴してるのも本作の面白いところだ。
本作の初回限定盤についてくるブックレットもぜひ見てほしい。そこにはコンプレックスをポジに転換した写真がたくさん並べられており、その見事さに筆者は心の底から笑うしかなかった。サウンドのみならず、ヴィジュアルにもCHAIは私たちへのメッセージを込めている。
CHAIには、緑の人が口にしたことで話題の“排除”という考えがまるでない。自分たちのセンスや直観に忠実で、欠点とされるものを魅力として受け入れ、そうした自分たちを寿いている。それこそ現在における〝パワー・ドレッシング〟の意味と同じように。こうした寛容さと多様性に救われる者は決して少なくないだろう。
だが何よりすごいのは、素晴らしい音楽を生みだすだけでなく、私たちにまとわりつく窮屈な価値観や思考を解きほぐす力も備えていることだ。〈私はあなたの理想の女の子には絶対にならない(I'll never be your dream girl)〉と「Butterfly」で歌ったグライムスのように、CHAIは何物にも縛られない自由な感性を持つ。このような感性からしか、誰かの運命に決定的な影響をあたえる音楽は生まれない。2010年代を代表する傑作、ここに爆誕。
近藤真弥