Home > Reviews > Album Reviews > Swamp Dogg- Love Loss and Auto-Tune
これはぶち飛んだ。この4月にリリースされたマウス・オン・マース『ディメンジョナル・ピープル』には数多のゲストがフィーチャーされ、そのなかでもスワンプ・ドッグがクレジットされていたことにはかなり驚き、その経緯についてヤン・ヴァーナーにも訊いてみたばかりだった(「エレキング」22号参照)。それだけのことでスワンプ・ドッグの新作を聴いてみようと思った。いや、それだけではない。タイトルに「オート・チューン」と入っていたことが決め手だった。『愛と喪失とオート・チューン』。どんなタイトルだろうか。スワンプ・ドッグことジェリー・ウイリアムズ・ジュニアは今年77歳になるヴァージニア州のブルースマン。これが、そう、オート・チューンで声を変形させ、ブルースやソウルを歌いまくっている。“I'll Pretend”ではボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンまで従えている。サイケデリックである。細かいギターのカッティングではじまり、シンセ・ベースに導かれた”$$$ Huntin’”などはもはやエレクトロだし、アルバート・キングがモダン・ブルースで、ファンタスティック・ネグリートがコンテンポラリー・ブルースなら、『愛と喪失とオート・チューン』はそれこそフューチャー・ブルースというしかない。ほとんどフィードバック・ノイズだけでソウル・ナンバーを歌い上げる”Sex With Your Ex”やブレイクビーツでがっしりとしたリズムを刻む“She's All Mind All Mind”も素晴らしい。
(全曲試聴可)
https://www.npr.org/2018/08/30/641286054/first-listen-swamp-dogg-love-loss-and-auto-tune
プロデューサーはまさかマウス・オン・マースじゃないだろうなと思ったらライアン・オルスンという人で、どうやらボン・イヴェール周辺の人らしい(よく知らない)。カニエ・ウエストの『808s&ハートブレイク』など最近の音楽はオート・チューンだらけだなあと感じていたスワンプ・ドッグはどうやらオルソンに自分の曲を好きにいじらせたらしく、言ってみればギル・スコット・ヘロンのラスト・アルバムをジェイミー・XXがリミックスして『ウイ・アー・ニュー・ヒア』(11)として生まれ変わらせたのと同じ経過をたどったものだと想像できる。元々、サイケデリックな表現を核としてきた人なので、そのようにして曲が変形していくことにはこれといった抵抗もなかったのだろう。出来上がったサウンドを聴いて「驚いちゃったね、もう(I was knocked out by what I heard. I couldn't believe it was me. It's some of the greatest and outrageous music I've ever heard come out of the Swamp Dogg.)」みたいな発言をしている。『ウイ・アー・ニュー・ヒア』と大きな違いがあるとすれば作者名にオルスンの名前は入れず、自分の名前だけがクレジットされているところだろう。リリース元のホームページでは「スワンプ・ドッグは国宝だから」とまで言い放っていて。
「1977年にローリング・ストーンズはいらない」と歌ったクラッシュの歌詞をまともに受け取り、阿木譲の『ロック・マガジン』で紹介されていたディスコやニューウェイヴばかり聴いていた僕は1986年にロンドンで忌野清志郎と知り合い、彼の音楽に打ちのめされたことで一種のアイデンティティー崩壊を起こしてしまった。それまで否定していたオールド・ロックに感動してしまったのだから、これはもう大変なショックで、価値観が揺らいだままどうすることもできず、どっちも好きなのが自分だと思えるまでに1年間も悩んでしまった。いまから思うと、よくもそんなことで世界の終わりでも来たかのように悩み続けられたなとも思うけれど、あの時期の自分に聴かせてやりたいと思うアルバムが『愛と喪失とオート・チューン』です。驚いただろうな、オレ~。それともまったく意味がわからなかっただろうか。
それにしても、ジョン・ハッセルといい、ジョージ・クリントンといい、今年は70代がどうかしてますよね。山根会長とか。
三田格