Home > Reviews > Album Reviews > Leonardo Marques(レオナルド・マルケス)- Early Bird
たとえば、晴れた日の椰子の木の倒れかかっている浜辺を、あなたの愛人と歩いているとき、いまここで起こっていることがいつかずっと以前ににあったことなのではないか? もしくはこれから起こることなのではないか? と考えることがある。そのような不思議な情緒をキャッチしてしまったら最後、ただそれを待ち続けることになるほどに、自己の真相に触れた気分になる。かといっていつもそう簡単に舞台は整わない。不思議な消息が脳裏にとどめられていたとして、その後たとえばホテルの一室にて、次に来るべきものは、急激な現実。自己の喪失。結局のところまだ誰もいない浜辺で旋回する鳥のように、来たるべきときを思い描くことしかできない。
いや、冒頭からつまらないことを書いてしまったが、3年振りに届いたレオナルド・マルケスのニュー・アルバム『アーリーバード』は、まどろみと現実と自己との距離感のダイナミクスが織りなす、限りなくパーソナルな「ヒーリング・ポップ」だ。
ブラジルのミナス・ジェライス州出身のシンガーソングライターで、ミナスのバンド、トランスミソールで活動するほか、スタジオ「イーリャ・ド・コルヴォ」を所有しながら様々なミュージシャンのプロデュースなどもしているようだ。ミニマリスタことタレス・シルヴァ、アンドレ・トラヴァッソスのソロユニットMOONS (ムーンズ)、ギ・アルグレアヴェスなどなど興味深い作品が次々とこのスタジオで録音されている。どことなくスタジオの音、また集まってくる音楽には通底するものが感じられて、それは「that was the ideia, to mix old and new sounds」というミニマリスタのアルバムの発売時メールしたときの言葉通り、アナログ機材を生かしたさりげないマルケスらしさに与るところ少なくないと思われるのだが、『アーリーバード』を聴くとそれがよくわかる。ミキシング含め自身でやり通してることもあって、彼の音全開だからだ。その点、「ジョン・レノン、エリオット・スミス、マック・デマルコ、そしてジョビンに影響を受け」ながら、確実に繋がっているものの、それらのどこにもない質感をまとっている。そして、ささやかに色とりどりな各楽曲と、その質感は不可分の関係だろう。
#1“THE GIRL FROM BANEMA"は、アルバム・ジャケットからも覗えるA&M期のジョビンのオマージュ的タイトルだろうか。コラージュ作品のようなPVが様々な想像をもたらす。#2“I'VE BEEN WAITING"はマルケスらしいディレイ処理が施されたヴォーカルが印象的なキラー・チューン。ドラムは、シンプルな8ビートだが、ハットの入れどころが絶妙で全然退屈しないので、思わず名8ビートプレイリストに追加してしまった。僕は、2015年の来日公演でドラムを叩かせてもらったのだが、シンプルな曲のなかでも止まらないリズムが通底していて、8ビートのような一見ブラジルらしいわけではないようなリズムでも、パルチード・アルトを肉削ぎしたような頭にバスドラがないリズムでも、幅があるというのだろうか、すんなり乗ってブラジルの底力を知らされた。前作に比べて『クルービ・ダ・エスキーナ』の感じは薄くなったかもしれないが、確実に生きていることがわかる。
アルバム一周聴いて、また頭に戻ってここまで聴いて、前文を書いた。インディーのよさのひとつに、想像力をリスナーに委ねられることがある。作戦立てからくる広く求められる共感も、今日明日に差し障りなく過ごしたい場合ならいいのだろうが、僕たちはそもそも見放される手前にいる。パーソナルな作品な分、想像力をかき立てられて、前文駄文全部取っ替えて、好きなように楽しんでみるのもいい。僕は、好きなように楽しんでいいと言われるとどうしていいかわからなくなることに対して、そろそろどうにかしないといけない、と言われている気もした。でも、わざわざそんなことせずにまどろみの中に浸るのもいい。きっと、まどろむだけで終わりにはしてくれないアルバムだからである。
増村和彦