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昨年、Spotify にて最も急成長したジャンルの2位にもなったローファイ・ヒップホップ(別名:チルホップ)。その元祖と言われている存在が、共に故人であるヒップホップ・プロデューサーのJ・ディラとヌジャベスのふたりであり、それはつまりビート・シーンやジャジー・ヒップホップと呼ばれるジャンルとも深くコネクトしていることを裏付けている。今回、ピックアップするニューヨーク・クイーンズ出身のニンジョイも、まさにそのローファイ・ヒップホップのシーンにいる若きアーティスト(現在22歳)のひとりであり、昨年末にリリースされた彼のこの最新作『Masayume』を聴けば、彼もまたJ・ディラやヌジャベスから多大な影響を受けているのが分かるに違いない。
少し話は逸れるが、ニンジョイは昨年、二度来日しており、その際に共通の友人の紹介で本人とも出会い、何度か音楽の話をする機会があった。10代半ばでDJを始めたという彼は、その後、ビートメイキングをスタート。60年代、70年代のジャズ(一部、日本のジャズ・ミュージシャンも含む)や彼にとっては非リアルタイムなひと昔前のヒップホップをディグし、さらにアニメ好きということも手伝って、『サムライチャンプルー』からヌジャベスを知ったのも彼にとってはごく自然な流れであった。冒頭に彼をローファイ・ヒップホップのアーティストとして定義したが、実は彼の音楽性の本質はジャジー・ヒップホップであり、ヌジャベスの存在がその一因であるのは言うまでもない。一方で、彼にとってのインスピレーションの源は古い音楽のみだけではなく、ビート・シーンなど現在進行形の様々な音楽ジャンルにも精通しており、良い意味で、若さゆえの柔軟性が彼の音楽の多様性を生み出している。ちなみに「ninjoi.」というアーティスト名は「忍者」と「enjoy」を合わせた造語であり、彼の作品タイトルにも日本語が多用されていることからも分かるように、日本のカルチャーも彼の音楽を構成する大事な要素になっている。
約5年前から SoundCloud や Bandcamp を通じて作品の発表を開始し、2017年にはEP「Benkyo」をリリース。続いて昨年2月にリリースされた2作目のEP「Kami Sama」を経て、ようやく完成したファースト・アルバム『Masayume』。実は作品のヴォリュームという意味では、前2作のEPと今回の『Masayume』はさほど変わらない。しかし、彼自身が本作をファースト・アルバムとあえて呼ぶのは、3作目にしてようやく自らが思う完成度の高さに達したという、自信の表われでもあるだろう。文字通りのローファイな質感のビートにピアノや生楽器のメロディが乗ることで完成する、メロウネス溢れるグルーヴ感。特に彼のサウンドの特徴となっているのは、サンプリング、あるいは一部自ら弾いているというピアノの美しい旋律の部分にあるが、そこにはある種のノスタルジーを想起させる、言葉では表せない何かが存在している。この強く感情を揺さぶられるような感覚は、今回の『Masayume』は前2作を大きく上回る。加えて、本作をより完璧なものにしているのが、特にアルバム後半部分で大々的に披露されている彼自身のヴォーカルだ。シングルカットもされた“Cigarettes”を筆頭に、ジャジー・ヒップホップやローファイ・ヒップホップというカテゴリーを超えた、彼自身の音楽性のさらなる広がりが強く感じさせてくれるヴォーカル曲は、本作をより魅力的なものにしている。
ちなみにアルバムジャケットのイラストを含めて、作品のアート・ディレクションも彼自身が手がけており、さらに最近ではバンド編成でのライヴも模索しているというニンジョイ。まだまだ知る人ぞ知るという存在であるが、彼の溢れ出る才能が大きく花開く日も近いのではないかと、彼の友人のひとりとして大いに期待したい。
大前至