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Tsudio Studio

Dream City PopSynth-pop

Tsudio Studio

Port Island

Local Visions

Bandcamp

デンシノオト   Feb 21,2019 UP

 80年代は終わらない。よって90年代は訪れない。夢想のなかにある架空の世界のおとぎ話だ。

 この世界では神戸の震災もこない。オウム事件も存在しない。不況の訪れもない。山一証券の破たんもない。悪趣味ブームは訪れない。小室哲哉はTM NETWORKを続け、金色の夢を見せ続けてくれている。フリッパーズ・ギターはファースト・アルバムで解散する。よってヘッド博士は存在しない。ピチカート・ファイヴはファーストアルバムを遺して活動を停止した。渋谷系は訪れない。80年代が継承され、ニューウェイヴが洗練と革新を極めて、AORは都市の夜を美しく彩る。WAVEは閉店せず、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカなど世界中の音楽がいつまでも並べられている。バブル経済ははじまったばかりで、そして永遠に終らない。

 この並行世界では、日本経済は安定成長を続け、雇用は安定するだろう。人びとは高度消費社会を満喫する。世界から輸入された商品たち。おいしい食べ物。美しい芸術。街は煌めく。ウィンクしている。人は笑う。ときに泣く。文化芸術は豊かに存在し、音楽は美しく、映画が心を満たす。デパートに多くの人が訪れ、セゾン文化を謳歌する。ヨーロッパ映画が次々にシネヴィヴァンやシネセゾンで上映され、レコードショップには海外の音楽が次々に輸入される。パステルカラー。品の良いファンシー。ポストモダン。知的な意匠。美しい装丁の本。アート。鑑賞。フリーランスのデザイナー。ライター。カメラマンたち。ああ、空間デザイナー。
 人びとは苦しまない。人びとは生きる。人びとは死なない。微かな悲しみと喜びがプラスティックなムードのなかで炭酸水のなかに消えていく。80年代が永遠に続く。街には小さくて小奇麗なファッション・ショップ、レコード店、文房具屋、クレープ屋、カフェが存在する。ブラウン管のテレビジョンが青く光る水槽のように永遠に光を放つ。虚構の80年代。夢想。いうまでもなく。

 インターネットでTsudio Studio『Port Island』を聴いた。どうやら「架空の神戸」を舞台にした音楽らしい。ここには80年代的なイメージの欠片が、「金色の夢」のように、全6曲にわたって展開していく。私は泣いた。
 リリース・レーベルは、「ele-king」への寄稿でも知られる「捨てアカウント」が主宰する〈Local Visions〉だ。〈Local Visions〉は記憶のなかにあるポップの魔法をヴェイパー的な意匠を存分に受け継ぎつつも、しかし日本独自のポップとして生成し続けていることですでにマニアに知れ渡っており、今年すでにfeather shuttles forever『図上のシーサイドタウン』、Utsuro Spark『Static Electricity』の2作をすでにリリースしている。この速度。まさに時代のムードを象徴するレーベルといえよう。OPNによる悲観的未来とはまた別の電子音楽の現在である。

 Tsudio Studio『Port Island』は、2018年にリリースされたアルバムである。たとえるならエレクトロニックなトラック&エディット・ヴォーカルによるモダン・AORか。10年代後半の洗練されたエレクトロニック・トラックと胸締め付けるコードとメロディと加工されたシルキーな声。都会の彩りを添えるような瀟洒なサックス、ファンキーなベース、軽やかで端正なビート……。たしかに「ヴェイパーウェイヴ」に強い影響下にあるのだろうが、まずもってポップ音楽として美しい。
 Tsudio Studioは「日本のポップ・ミュージックを大胆に引用(サンプリング)するヴェイパーウェイヴ」から影響を受けながらも、日本人として「欧米の強い影響下にあった日本独自の「戦後」ポップ・ミュージック」を再構築するという極めて日本的な「捻じれ」を引き受けているのだ。しかし90年代的サブカルのようなシニカルな優位性を担保するような振る舞いに陥ることもない。希望と夢想の音楽をまっすぐに創り上げている。私はここに感動した。私見だが、このポップへの希求は高井康生によるAhh! Folly Jetが2000年にリリースした『Abandoned Songs From The Limbo 』を継承するような「80年代的なもの」への希求を強く感じた。いや、むろん何の関係もないのだが。低級失誤が手掛けたアートワークも本作の80年代的なクリスタル・イメージを実に見事に表象する。

 本アルバムにはこんなインフォメーションが添えられている。

 このアルバムの舞台は神戸ですが
 架空の神戸です
 不況も震災も悲惨な事件なんて無かった
 都合の良いお洒落と恋の架空の都市

 ああ、もうこの一文で泣ける。トーフビーツの後継者? ピチカート・ファイヴ『カップルズ』の2018年における継承? 失われた80年代を夢見るロマンティスト? いや、それだけではない。ここにあるのは、この音楽を生んだ若い音楽家が、この世に生れる以前に失われた世界の物語であり、夢であり、かつての光であり、ここにあってほしい煌めきでもあるのだ。
 では、この音楽は夢なのだろか。最後の希望なのだろうか。絶望の果てに生れた夢のようにロマンティックな音楽だろうか。ここにあるのはすべて美しい世界だ。哀しみの涙もクリスタルなダイヤモンドの欠片のように、透明な星空のように、ただただ綺麗なのだ。街が美しく、ヒトには人の心があり、やさしさがあり、思いやりもあり、ほんの少しの哀しみがあり、別れがあり、再び朝がくる。

 むろん虚構だ。しかしこんな「世界」が、いまの日本にあれば、私たちは今日も美しい涙と刹那の笑みで生きられた。だが現実は違う。いや、だからこそ、この音楽は生れたのではないか。いま、〈Local Visions〉の音楽が、この国の、この街にあること。Tsudio Studio『Port Island』があること。つまりは希望だ。
 そう、『Port Island』は、極めて同時代的な音楽なのだ。パソコン音楽クラブのアルバムやトラックとの同時代的な共振は言うまでもなく、あの山口美央子の新作(!)『トキサカシマ』と並べて聴いても良い。『Port Island』と『トキサカシマ』には世代を超えた共振がある。また、インターネット経由で海外の音楽ファンにも知れ渡った竹内まりや“プラスティック・ラヴ”と繋いで聴いても良いだろう。

 初期ピチカートをモダンなエレクトロニック・トラックと、AOR的なコード進行で生まれ変わらせたようなM2“Azur”とM4“Snowfall Seaside”。AORとモダンなファンク・アレンジが夢のようにクールで、まるでヴェイパー的に紛れ込んだ角松敏生のようなムードが堪らないM3“Port Island”(サックスが最高!)。80年代の細野晴臣のようなインスト・トラックで、まるで「ホテル・オリエンタル」のロビーで流れる音楽のように響くM6“Hotel Oriental”。

 これらの脳内に溢れんばかりに降り注ぐ架空の都市の光を存分に摂取/聴取して頂きたい。『Port Island』は、ポップ・ミュージックの魔法などではない。魔法と化したポップ・ミュージックの粒子なのだ。

デンシノオト