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「21世紀ロマン派音響・音楽」か。「新しいピアニズムの誕生」か。レオ・スヴァースキー(Leo Svirsky)の新作アルバム『River Without Banks』を聴き終わって、思わずそのような言葉が脳裏をよぎった。
このアルバムでは「ふたつのピアノ」が左右のチャンネルから鳴っている。本作で展開される音響と旋律の交錯/融解は極めて独創的である。そのうえロマン派的ともいえる濃厚なノスタルジアを放ってもいる。音楽と音響が融合した「21世紀のロマンティック/エクスペリメンタル・ピアノ・ミュージック」とでもいうべきか。
レオ・スヴァースキーは1988年生まれ、アメリカ出身にして、現在はオランダのハーグに在住する作曲家、ピアニスト/アコーディオン奏者である。彼は、ハーグ王立音楽院で作曲の修士号を取得し、オランダの作曲家であるコルネリス・デ・ボントとマルティン・パディングに師事した。ヴァンデルヴァイザー楽派の音楽家アントワン・ボイガー(Antoine Beuger)との個人研究もおこなっているという。
彼はピアノ曲からアコーディオン作品、インプロヴィゼーション、さらにはオーケストラ作品まで広く作曲している。まさに才能と技量に満ちた作曲家/音楽家といえよう。
そんな彼のピアノの音響的な可能性を追求した『River Without Banks』が、カール・ストーンのアルバムなどもリリースしているエクスペリメンタル・レーベル〈Unseen Worlds〉からリリースされた。2016年リリースの『Heights In Depths』以来、3年ぶりのソロ・アルバムである。
レオ・スヴァースキーにとってピアノとは最小にして最大の音響結晶体なのだろう。本作では二台のピアノが交わり、美しい響きの運動体を生成している。まずは“River Without Banks”を聴いてほしい。私はこの曲を聴いて深い衝撃を受けた。このようなピアノ曲、聴いたことがない、と思うほどに。
二台のピアノが左右から聴こえてくる。それはまるで川の流れ、もしくは海の潮流のように、大きな流れと小さな流れが混じりあい、より大きな流れを生成する。ピアノのアルペジオは、まるで波のように変化し、旋律の流れは空気を変えるように鳴り響くだろう。控えめなチェロやトランペット、電子音がレイヤーされ、音響空間を変化させもする。凡庸なポスト・クラシカルで味わうことができない楽曲の妙、音響の深遠さと繊細さが横溢している。楽曲の後半で、ピアノの打撃音、アルペジオに、電子音響などがレイヤーされていくさまは圧倒的ですらあった。
本アルバムには全6曲が収録されているが、アルバムが進むにつれて曲の濃度はどんどん深まっていく。単に綺麗なアルペジオを演奏するだけではない。複数の音がまじりあうことで新たな響きを生んでいたのだ。アントワン・ボイガーは本作のライナーノーツで「始まりはない……。残響は終わりない」と書き記しているのだが、まさにそのとおりの作品/楽曲たちといえよう。音響/残響による「永遠」の生成である。
この『River Without Banks』は、レオ・スヴァースキーの最初のピアノ教師 Irena Orlov に捧げられている。それは記憶の音楽化/音響化に思える。この『River Without Banks』には黄昏の光のようなノスタルジアがあるのだ。それはロマン派の響きを思わせもする。21世紀におけるブラームスとラフマニノフの交錯とでもいうべきか。
じっさいアルバム中盤(LP版ではB面)の“Trembling Instants”以降の三曲は現代音楽、エクスペリメンタル・ミュージック、モダン・クラシカルを経由した21世紀の新ロマン主義といったような音響の色彩を強く感じる仕上がりだ。特に最終曲“Fanfare (after Jeromos Kamphuis)”の子守唄のような素朴な美しさは筆舌に尽くしがたい。
19世紀末期の黄昏と21世紀初頭の交錯か。後期ブラームスと21世紀的音響の融合か。ロマンティックとエクスペリメンタルのマリアージュか。そして、その先にあるのは、旋律も響きもすべてが溶け合ったドローンの持続である。3曲め“Rain, Rivers, Forest, Corn, Wind, Sand”の終わり間際、旋律が溶けていった持続/ドローンは、そのことを象徴している。ロマンティックの先にある融解した音響持続。
はじめて本作を聴かれる方は、夜明けの光のような1曲め“Field Of Reeds”から、最終曲“Fanfare (After Jeromos Kamphuis)”まで、順に聴き進んでほしい。42分もの時間のあいだ「モノクロームの映像の中に瞬く光」のような感覚を心に感じとることができるだろう。
デンシノオト