ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  2. Nídia & Valentina - Estradas | ニディア&ヴァレンティーナ
  3. ゲーム音楽はどこから来たのか――ゲームサウンドの歴史と構造
  4. Neek ──ブリストルから、ヤング・エコーのニークが9年ぶりに来日
  5. interview with Sonoko Inoue ブルーグラスであれば何でも好き  | 井上園子、デビュー・アルバムを語る
  6. Bonna Pot ──アンダーグラウンドでもっとも信頼の厚いレイヴ、今年は西伊豆で
  7. Loren Connors & David Grubbs - Evening Air | ローレン・コナーズ、デイヴィッド・グラブス
  8. アフタートーク 『Groove-Diggers presents - "Rare Groove" Goes Around : Lesson 1』
  9. Wunderhorse - Midas | ワンダーホース
  10. レコード蒐集家訪問記 第⼀回 ピンク・フロイド『夜明けの⼝笛吹き』を60枚以上持つ漢
  11. interview with Tycho 健康のためのインディ・ダンス | ──ティコ、4年ぶりの新作を語る
  12. Black Midi ──ブラック・ミディが解散、もしくは無期限の活動休止
  13. ele-king cine series 誰かと日本映画の話をしてみたい
  14. Gastr del Sol - We Have Dozens of Titles | ガスター・デル・ソル
  15. Seefeel - Everything Squared | シーフィール
  16. Columns ノルウェーのオイヤ・フェスティヴァル 2024体験記(前編) Øya Festival 2024 / オイヤ・フェスティヴァル 2024
  17. アナキズム・イン・ザ・UK 第8回:墓に唾をかけるな
  18. Columns ノルウェーのオイヤ・フェスティヴァル 2024体験記(後編) Øya Festival 2024 / オイヤ・フェスティヴァル 2024
  19. interview with Still House Plants 驚異的なサウンドで魅了する | スティル・ハウス・プランツ、インタヴュー
  20. Young Echo - Nexus  / Kahn - Kahn EP / Jabu - Move In Circles / You & I (Kahn Remix) | ヤング・エコー

Home >  Reviews >  Album Reviews > Maria Chavez- Plays (Stefan Goldmann's Ghost H…

Maria Chavez

Avant-NoiseTurntablism

Maria Chavez

Plays (Stefan Goldmann's Ghost Hemiola)

MACRO

Bandcamp

三田格   Oct 01,2019 UP

 瀟洒な作風で知られるテック・ハウスのプロデューサー、ステファン・ゴールドマンに「Ghost Hemiola」(13)というアナログ盤のダブル・パックがあり、それぞれのAサイドに音のしない66本のループが刻まれている。本人がユーチューブで使い方を解説しているものを見ると、ターンテーブルの上で回っているレコード盤のループにナイフで傷をつけることでプチッという音が等間隔で再生され、同じことを2枚同時にやることで一種のポリリズムが出来上がるという仕組みになっている。タイトルの「ヘミオラ」というのはポリリズムを表すクラシック音楽の専門用語で、ゴールドマンはなんとも芸術的な手つきでレコード盤に次々と傷をつけていく。かつてはトーマス・ブリンクマンがターンテーブルにアームを2本付けて、やはり2ヶ所同時に音を再生するということをやっていたけれど、アナログDJの技やトリックはさらに広がっていく一方である(なんて)。

 ターンテーブルを使ったパフォーマンスで定評のあるニューヨークの現代音楽家、マリア・チャヴェスはこのダブル・パックを使って11パターンのコンポジションをつくり上げた。プリペアード・ピアノならぬプリペアード・レコードが用意されたということ以外、あとはどこをどうやっているのかはさっぱりわからない。『Plays (Stefan Goldmann's Ghost Hemiola)』と銘打ってはいるけれど、明らかに「Ghost Hemiola」から得られた音は素材に過ぎず、様々なプロセッシングを施したものが完成形となっているはずである(もしかすると米電子音楽のパイオニアであるウサチェフスキーがすべてライヴでエフェクトを加えていた例もあるので、本当に「Plays」だけなのかもしれないけれど)。レコード針と溝が擦れ合う擦過音だけが素材のはずなのに、その表情はあまりにも多岐にわたり、商業主義とはかけ離れた地平で繰り広げられる無邪気さはとても伸び伸びとしていて、妙な爽やかさまで感じられる。レイアーを重ねたドローンなどはすでにクリシェと化して久しいにもかかわらず、バジンスキーやケヴィン・ドラムに感じられる老獪さとも無縁で、DJワークをベースにしているからか、随所で遊び心が炸裂し、現代音楽といえば不条理なトーンを醸し出すという図式にも当てはまらない。それでいてヘンな音が出ることに感覚のすべてを任せっきりにしてしまうダグラス・リーディーやスペース・エイジの時代とも違い、頭の中をほぐしてくれるような現代性もある。それはきっと2019年に特有の感情表現が成立しているということなのである。全体的な構成は静から動へ。そして淀みと混沌の対比へ。

 ここにあるのはローレル・ヘイローやベアトリス・ディロンが現代音楽やミュジーク・コンクレートをDJカルチャーの磁場に引きずり込んだのとは正反対に、DJカルチャーの養分を現代音楽に注ぎ込もうという試みだと思う。現代音楽がDJカルチャーに寄生するのはこれが初めてではないし、カールステン・ニコライのあたりはすでに境界線は溶けきってしまった感もある。マヤ・ラトキエがポップ・ミュージックのメディアで評価される時代が来るとはまさか思わなかったけれど、ホットなジャンルがお互いに刺激し合わない方がウソだし、ターンテーブルが果たした役割はおそらくミュジーク・コンクレートの時期のシンセサイザーに匹敵するものになりつつあるのだろう。かつてフィリップ・グラスが1銭も手にすることができなかった数々の奨学金や助成金を手にしたマリア・チャヴェスはマース・カニンガム・ダンス・カンパニーのレジデントとなり、ターンテーブリストの草分け的存在であるクリスチャン・マークレイとも共演、さらにはパウウェルやリック・ウェイドといったDJカルチャーのプロパーだけでなく、サーストン・ムーアやリディア・ランチといった野獣のようなアウト・オブ・アカデミズムとも親交を持っているという(『いだてん』で勇壮としたサウンドトラックを奏でる大友良英とも)。マリア・チャヴェスはペルー生まれ。ターンテーブリズムに関する著作も。

三田格