ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. 別冊ele-king Pファンクの大宇宙──ディスクガイドとその歴史
  2. Columns なぜレディオヘッドはこんなにも音楽偏執狂を惹きつけるのか Radiohead, Hail to the Thief Live Recordings 2003-2009
  3. Zohran Mamdani ──ゾーラン・マムダニがニューヨーク市長に当選
  4. Kieran Hebden + William Tyler - 41 Longfield Street Late ‘80s | キーラン・ヘブデン、ウィリアム・タイラー
  5. ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U ──主宰パーティ〈Zone Unknown〉初の東京編をデイ・タイムで開催、マーク・フェル、ライアン・トレイナー、YPYを迎えて
  6. Xexa - Kissom | シェシャ
  7. 音楽学のホットな異論 [特別編:2] 政治的分断をつなぐ──ゾーハラン・マムダニ、ニューヨーク市長選に勝利して
  8. interview with Yosuke Yamashita 誰にでも開かれた過激
  9. 別冊ele-king アメリカ──すでに革命は起こっていたのか 新反動主義の時代におけるカルチャーの可能性
  10. Congo Natty ──ジャングルのパイオニア、コンゴ・ナッティによる活動30周年記念ツアー
  11. Lankum ──ダブリンのランクムがザ・スペシャルズ “Ghost Town” の驚異的なカヴァーを公開
  12. アンビエント/ジャズ マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜
  13. Jeff Mills ——ジェフ・ミルズ「Live at Liquid Room」30周年記念ツアー開催決定!
  14. アジアン・ミーティング20周年記念スペシャル ──実験音楽の祭典が6年ぶり開催、小田原・京都・名古屋・東京を巡演
  15. M. Sage - Tender / Wading | エム・セイジ、フウブツシ
  16. Tortoise ──トータス、9年ぶりのアルバムがリリース
  17. Geese - Getting Killed | ギース
  18. R.I.P Dave Ball 追悼:デイヴ・ボール
  19. Blawan - SickElixir | ブラワン、ジェイミー・ロバーツ
  20. liquidroom presents -UTANO MAYAKASHI -──下津光史(踊ってばかりの国)と沖ちづる(tocago)によるギター1本の夕べ

Home >  Reviews >  Album Reviews > Maria Chavez- Plays (Stefan Goldmann's Ghost H…

Maria Chavez

Avant-NoiseTurntablism

Maria Chavez

Plays (Stefan Goldmann's Ghost Hemiola)

MACRO

Bandcamp

三田格   Oct 01,2019 UP

 瀟洒な作風で知られるテック・ハウスのプロデューサー、ステファン・ゴールドマンに「Ghost Hemiola」(13)というアナログ盤のダブル・パックがあり、それぞれのAサイドに音のしない66本のループが刻まれている。本人がユーチューブで使い方を解説しているものを見ると、ターンテーブルの上で回っているレコード盤のループにナイフで傷をつけることでプチッという音が等間隔で再生され、同じことを2枚同時にやることで一種のポリリズムが出来上がるという仕組みになっている。タイトルの「ヘミオラ」というのはポリリズムを表すクラシック音楽の専門用語で、ゴールドマンはなんとも芸術的な手つきでレコード盤に次々と傷をつけていく。かつてはトーマス・ブリンクマンがターンテーブルにアームを2本付けて、やはり2ヶ所同時に音を再生するということをやっていたけれど、アナログDJの技やトリックはさらに広がっていく一方である(なんて)。

 ターンテーブルを使ったパフォーマンスで定評のあるニューヨークの現代音楽家、マリア・チャヴェスはこのダブル・パックを使って11パターンのコンポジションをつくり上げた。プリペアード・ピアノならぬプリペアード・レコードが用意されたということ以外、あとはどこをどうやっているのかはさっぱりわからない。『Plays (Stefan Goldmann's Ghost Hemiola)』と銘打ってはいるけれど、明らかに「Ghost Hemiola」から得られた音は素材に過ぎず、様々なプロセッシングを施したものが完成形となっているはずである(もしかすると米電子音楽のパイオニアであるウサチェフスキーがすべてライヴでエフェクトを加えていた例もあるので、本当に「Plays」だけなのかもしれないけれど)。レコード針と溝が擦れ合う擦過音だけが素材のはずなのに、その表情はあまりにも多岐にわたり、商業主義とはかけ離れた地平で繰り広げられる無邪気さはとても伸び伸びとしていて、妙な爽やかさまで感じられる。レイアーを重ねたドローンなどはすでにクリシェと化して久しいにもかかわらず、バジンスキーやケヴィン・ドラムに感じられる老獪さとも無縁で、DJワークをベースにしているからか、随所で遊び心が炸裂し、現代音楽といえば不条理なトーンを醸し出すという図式にも当てはまらない。それでいてヘンな音が出ることに感覚のすべてを任せっきりにしてしまうダグラス・リーディーやスペース・エイジの時代とも違い、頭の中をほぐしてくれるような現代性もある。それはきっと2019年に特有の感情表現が成立しているということなのである。全体的な構成は静から動へ。そして淀みと混沌の対比へ。

 ここにあるのはローレル・ヘイローやベアトリス・ディロンが現代音楽やミュジーク・コンクレートをDJカルチャーの磁場に引きずり込んだのとは正反対に、DJカルチャーの養分を現代音楽に注ぎ込もうという試みだと思う。現代音楽がDJカルチャーに寄生するのはこれが初めてではないし、カールステン・ニコライのあたりはすでに境界線は溶けきってしまった感もある。マヤ・ラトキエがポップ・ミュージックのメディアで評価される時代が来るとはまさか思わなかったけれど、ホットなジャンルがお互いに刺激し合わない方がウソだし、ターンテーブルが果たした役割はおそらくミュジーク・コンクレートの時期のシンセサイザーに匹敵するものになりつつあるのだろう。かつてフィリップ・グラスが1銭も手にすることができなかった数々の奨学金や助成金を手にしたマリア・チャヴェスはマース・カニンガム・ダンス・カンパニーのレジデントとなり、ターンテーブリストの草分け的存在であるクリスチャン・マークレイとも共演、さらにはパウウェルやリック・ウェイドといったDJカルチャーのプロパーだけでなく、サーストン・ムーアやリディア・ランチといった野獣のようなアウト・オブ・アカデミズムとも親交を持っているという(『いだてん』で勇壮としたサウンドトラックを奏でる大友良英とも)。マリア・チャヴェスはペルー生まれ。ターンテーブリズムに関する著作も。

三田格