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冒頭から私ごとで恐縮だが、自粛期間でジャズをたくさん掘る機会に恵まれた。見つけたアルバムのひとつにアルバート・アイラー『Music Is the Healing Force of the Universe』という作品がある。1969年リリース、遡ること約50年前のフリー・ジャズ。内容もさることながら、アルバムのタイトルにとくに強く惹かれるものがあった。『音楽は万物の癒しの力』音楽と同時に言葉の持つチカラは本当に偉大だ。そしていまから紹介するChari Chari『We hear the last decades dreaming』も音楽、そして言葉の持っている「癒しの力」を携えた1枚になっている。
20年以上のキャリアを誇るDJ/プロデューサー、井上薫がChari Chari名義で放った新作。この名義では実に18年ぶりとなるアルバムで、2016年に12インチレコードでリリースされた「Fading Away / Luna De Lobos」などを含む全12曲が収録。「作曲、ミックス、マスタリング、という行程をある時期から完全に独りの作業として行っていった」と自身のブログでも語るように(是非このブログもレヴューと併せて読んでいただきたい)細部まで非常に拘り抜かれたアルバムになっている。
イントロやアウトロなどを除けばほぼ全てが6分〜10分を超える非常に濃い内容の楽曲が揃っており、電車窓の情景を思い起こさせるような1曲目“Tokyo 4.51”が現実からアルバムが秘める異世界への橋渡しになっている。アルバムを何度か聴いていくと大きく分けて3つの構成に分かれているように感じており(是非機会があればご本人に確認したいところ)、それぞれのトラック・タイトルに“Dream = 夢”“Agua = 水”“Haze = 霧”と一寸先の見えないような幻想的な世界観が広がる1〜4曲。幻想を飛び出し、山奥や草原といった大自然の力を感じるような5〜8曲。そしてエレクトロニックでダンス・ミュージックのグルーヴも併せ持った9〜12曲。どれも井上薫自身のバックグラウンドでもある民族音楽やアンビエント、ミニマルなサウンドがこのアルバムの随所にも散りばめられており、それらが絶妙なレイヤーで増えたり減ったりを繰り返す。
サウンドと並行してアートワークやタイトルにも強烈なメッセージが印字されており、ジャケットに記された「Music for Requiem Ritual」= 「安息の儀式のための音楽」がこのアルバムの最大のコンセプトになっている。奇しくも2020年、コロナ禍という人類の価値観や経済活動を覆す節目でリリースされたこのアルバムは18年という時を超えて本当に奇跡のような絶妙のタイミングでリリースされたとしか言いようがない。引き続き先行きの見えない世の中に不安を抱えながらも、このアルバムが持つ「癒しの力」にどっぷりと浸かりながら、過去そして未来の10年、20年(decades)に想いを馳せるのがリスナーとしてのアルバムのアンサーになるのかもしれない。
往年の井上薫 / Chari Chariファンはもちろん、今回初めてChari Chariの存在を知った人にとっても、この挑戦的でコンセプチュアルなアルバムを是非一度聴いて欲しいと思うし、このレビューが少しでもそれを後押しできれば幸いだ。
Midori Aoyama