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スロットル・エレヴェーター・ミュージックと言ってもご存じの方は少ないかもしれないので、カマシ・ワシントンの在籍するグループとして紹介したい。といってもカマシが関わるプロジェクトのなかではかなり毛色が異なるサウンドで、簡単に説明するならインスト系のジャム・バンドとなるだろうか。2015年にカマシが『ジ・エピック』でブレイクを果たす以前から活動していて、ファースト・アルバムの『スロットル・エレヴェーター・ミュージック』は2012年に発表している。
バンドの中心人物はギタリストのグレゴリー・ハウで、彼がバンドのプロデュースをおこなうと共に、リリース元の〈ワイド・ハイヴ〉の運営もおこなっている。〈ワイド・ハイヴ〉は1999年に設立され、カルヴィン・キーズ、フィル・ラネリン、ラリー・コリエル、ロスコー・ミッチェルなどのジャズから、DJゼフなどヒップホップ系までリリースしている。グレゴリー自身はヴァリアブル・ユニットというジャズ・ヒップホップ・ユニットを率いて作品をリリースしており、そこに在籍したベーシストのマット・モンゴメリーと共に立ち上げたグループがスロットル・エレヴェーター・ミュージック(TEM)となる。
カマシ・ワシントンは『スロットル・エレヴェーター・ミュージック』から録音に参加しており、ほぼ準メンバーと言える存在で、いくつかの作品では作曲もおこなっている。当時のカマシはジェラルド・ウィルソンのビッグ・バンドを経て、ソロ・アーティストとしていろいろキャリアを積んでいく渦中にあったのだが、伝説のジャズ・レーベルである〈トライブ〉創設者のフィル・ラネリンの『パーセヴェランス』(2011年)の録音に参加していて、これが〈ワイド・ハイヴ〉からのリリースということもあり、グレゴリー・ハウやマット・モンゴメリーとの交流が広がっていったようだ。『スロットル・エレヴェーター・ミュージック』以降、『エリアJ』(2014年)、『ジャッジド・ロックス』(2015年)、『IV』(2016年)、『レトロスペクティヴ』(2017年)、『エマージェンシー・エグジット』(2020年)とコンスタントにアルバムをリリースしてきており、カマシは全作品に参加している。
グレゴリー、マット、カマシ以外のメンバーは作品ごとに替わることが多いのだが、基本的にはギター、ベース、ドラムスの3ピースにカマシを含めたホーン・セクション、グレゴリーの演奏するオルガンやマットのピアノを含めたキーボード類が加わるという構成である。そして、『ファイナル・フロア』が通算7枚目となるニュー・アルバムである。
今回の録音はグレゴリー・ハウ(ギター、電気オルガン、シンセ)、マット・モンゴメリー(ベース、ギター、ピアノ)、カマシ・ワシントン(テナー・サックス)のほか、ランピー(ドラムス)、マイク・ヒューズ(ドラムス)、ギター(ロス・ハウ)、マイク・ブランケンシップ(オルガン、シンセ)、キャシー・ナッドセン(アルト・サックス、テナー・サックス)、エリック・イェカブソン(トランペット、フリューゲルホーン)という編成。グレゴリーとマットが作曲をおこない、エリック・イェカブソンがホーン・アレンジを担当している。それぞれベイ・エリアを拠点に活動するミュージシャンが参加しており、面白いところでマイク・ヒューズは1980年代から1990年代初頭にかけてリサ・リサ&カルト・ジャムのメンバーとして活躍した。
タイトル曲の “ファイナル・フロア” が示すように、ギター、ベース、ドラムスのコンビネーションは骨太のロック・ビートを基本としていて、ウィルコなどのジャム・バンドに通じるところもある。“ハート・オブ・ヒアリング” のようにマットが刻むベース・ラインがバンドの推進力というか心臓部となっている。そして、グレゴリーのソリッドなギター・リフがスロットル・エレヴェーター・ミュージックの生命線で、“ファスト・リモース” のようにパワフルな破壊力を放っている。
基本的にはジャズ・ロックやオルタナ・ロック的な内容のアルバムで、カマシのソロ・アルバムとは違ってどの曲もコンパクトな演奏時間となっている。ソロ作ではコルトレーンからファラオ・サンダース的な演奏を見せるカマシだが、本作ではどちらかと言えばレニー・クラヴィッツなどとも共演してきたジャム・バンド系のサックス奏者のカール・デンソンに近いラインだ。
ソロ・インプロヴィゼイションも短く、“スープラリミナル・スペース” のようにホーン全体のアンサンブルで聴かせることが多い。その “スープラリミナル・スペース” はタイトルが示すようにコズミックで前衛的な作品で、“リサーキュレイト” においてもギターとホーン・セクションのコンビネーションが幻想的でアブストラクトなムードを高めていく。そうした中でも “キャスト・オフ” での演奏は、短い尺ではあるがカマシらしいエモーショナルなプレイを存分に発揮していて、彼のソロ・アルバムでファンになった人たちにもアピールする楽曲だろう。カマシの幅広さというか、もうひとつ別の顔を見せてくれるアルバムだ。
小川充