Home > Reviews > Album Reviews > Claire Rousay- a softer focus
2021年におけるアンビエントのいまを担う新星とは誰か。私が真っ先に思い浮かべるのは、テキサス州のサンアントニオを拠点とする若き音響作家クレア・ラウジーである。
ラウジーは2019年頃からいくつもの音源をリリースし始めた。これまでも電子音楽からフリー・ジャズまでもリリースするテキサスのエクスペリメンタル・レーベル〈Astral Spirits〉、その傘下にある〈Astral Editions〉、アトランタの〈Already Dead〉、アイオワのダビュークを拠点とする〈Personal Archives〉、ワシントンはシアトルの〈Never Anything Records〉といったいくつもの実験音楽レーベルから音源を発表するなど旺盛な音響作家活動を行ってきている。しかもソロのみならずシカゴのジャズ作曲家にしてサックス奏者としてケン・ヴァンダーマークなどとの共演を行うなど、ジャンルの垣根を超えた音楽を行っている。
そんなラウジーのアルバムのなかで頭ひとつ抜けたと思ったのは、2020年にリリースしたリチャード・ヤングス、カテリーナ・バルビエリ 、フランク・ブレットシュナイダー、セラー、サム・プレコップらのアーティストの長尺トラックのみをリリースし現在注目を浴びているエクスペンメンタル・レーベル〈Longform Editions〉からの『It Was Always Worth It』と、ケヴィン・ドラム、エヴァ・マリア・ホーベンなどの音響作家たちの選りすぐりの作品をリリース〈Second Editions〉から発表された『Both』だった。この二作は、それまでのアルバムと比べても、そのサウンドの精密さと大胆さが大きく飛躍したように感じられたのだ(もっとも彼女のサウンドを聴き込んでいるマニアの方は別の意見をお持ちだろうが)。
それゆえシカゴのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈American Dreams Records〉から新作『a softer focus』がアナウンスされたときから、今度のアルバムは傑作になるのではないか、とリリースを楽しみにしていのだ。リリース後にさっそく聴いて、その予感が当たったと思った。これまでの彼女の音楽的な成果を踏まえて、領域を超えるような傑作だったのである。
日常的な環境音のコラージュ、柔らかいドローンの持続、微かなノイズ、ピアノなどのメロディ、チェロやヴァイリンの音などが互いの存在/響きを否定することなく、それらを包括するような「音の場」として音環境を形成していたのだ。さらに耳をすまして聴き込むと、ASMR的とも形容できそうな快楽的なサウンドスケープも展開している。いわば「環境の意識」と「個人へのインナートリップ」の交錯と共存という、とても複雑かつ豊穣なテクスチャーを持った「現代」のアンビエント作品だったのである。
1曲目“Preston Ave”はキーボードを叩く音などがコラージュされる環境音のコラージュ・トラックだ。音の輪郭線が明確なサウンドながら、耳に痛くない音でとても気持ちの良い音である。
2曲目“Discrete (The Market)”では最初は環境音が継続するが、やがて柔らかなアンビエンスのドローンがゆっくりと折り重なっていく。その環境音とドローンの見事な交錯にうっとりして聴き進めていると、 チェロの音や、ピアノによる即興的なメロディが不意にレイヤーされるのだ。ふつう音響的な要素に音楽的な要素が環境音にプラスされると、わざとらしく感じられてしまって興ざめになる場合が多いのだが、クレア・ラウジーの音はそうなってはいない。音と音のミックスが絶妙で、環境音とドローンとピアノと弦などのさまざまな音のエレメントとして対立することなく音響空間のなかで共存しているのだ。まるで広い広場で鳴っている音たちのように。
3曲目“Peak Chroma”ではなんとオートチューンで加工されたっぽいアカペラのヴォーカルライン(!)のような音が環境音に重ねられていく。以降も声とヴァイオリンと環境音が交錯する4曲目“Diluted Dreams”など、音と音楽が優美に繊細に、かつ大胆に、快楽的にレイヤーされていく。アルバムには全6曲が収録されているが、どの曲もまるで環境音と音楽のアンサンブルのように展開していく。
コロナ禍で常に緊張感に満ちた日常を送っているわれわれにとって、クレア・ラウジーのサウンドは、まるでひとときの清涼水のように心地良く響く。同時にその音響空間には時間の向こうある濃厚な音の存在やムードを引き出してくるような力にも満ちている。まるでソフトフォーカスで撮られた写真のように、日常の風景のむこうにある「何か」を感じさせるような音なのだ。まさに2021年の時代のアトモスフィアを放つ「ライフ・アンビンエント」作品とでもいうべきか。
そう、クレア・ラウジーのアンビエント/アンビエンスは、「音楽」も「ノイズ」も「環境音」も「楽器音」も「声」もすべて否定しない。そこにあるのは音響と音楽の共存と共栄だ。まさにコラージュ的手法を用いた現代的なアンビエント・ミュージックの「豊かさ」がここにある。
デンシノオト