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Roy of the Ravers

Roy of the Ravers

Roy of the Ravers’ Christmas Special

(*自主リリース)

Bandcamp

Acid

Various Artists

Various Artists

Charity Waxmas

Acid Waxa

Bandcamp

野田努   Dec 24,2021 UP

 そう、いま我々に必要なのはパン、そして笑いだ。ああ、腹の底から笑いたいぜ。そう思いながら、この鬱屈した状況下で息を吸って吐いている人も多いことだろう。しかしだからといって、アシッド・ハウスを延々と3時間というのも、レイヴの楽しさを知らない人やそのいかがわしさを面白がれない人には拷問かもしれない。いや、わかる、わかります、ずっとあの音がウニョウニョいってるだけだもの。それは低俗漫画と抽象絵画のあいだに広がる危険なゾーンを彷彿させる。つまり、これはミニマリズムだ。アートだ。とはいえ、間違っても高尚なものではないし、そうなることを忌避しているとも言える。アシッド・ハウスはダブにも似ている。奥深く解釈することもできるが、一笑に付すこともできる。曲名も簡単だ。〜ダブ、〜ダブ、〜アシッド、〜アシッド。
 
 1986年にシカゴで生まれたアシッドは、目を光らせながら暗闇に佇む野獣のように、2021年も終わろうとしている現在でも、そのいかがわしさをアンダーグラウンドで発光し続けている。たとえば、ノッティンガムのDJ/プロデューサーのRoy of the Ravers(サム・バックリー)が2020年にカセットテープと12インチのアナログ盤でリリースした「ザ・ルチェスター・ミックステープ」と「メルチェスター Acid EP」をチェックして欲しい。オンサイドには“ホームゲーム・アシッド”、オフサイドには“アウェイ・アシッド”が収録されている。それぞれ45分……とはいかないがそれぞれ20~30分はあるし(少年サッカー時間だ)、言葉に関してもなかなかのセンスの持ち主である。ちなみにRoy of the Raversとは、UKのフットボール雑誌に連載された少年向けのスポーツ漫画『Roy of the Rovers』のもじりで、主人公が所属するチームがマンチェスター・ユナイティドをモデルにしたであろう「メルチェスター・ローヴァーズ」なのだ。

 先日、ロイ・オブ・ザ・レイヴァーズ(以下、ROTR)がクリスマスのための特別作品をリリースした。そのアルバム『ロイ・オブ・レイヴァーズのクリスマス・スペシャル』は新作ではない。2019年の『Advent 2019』なる作品の改訂版に過ぎないとしてもまったく問題はない。そもそも、ROTRに代表されるカセットテープ&アシッドのUKアンダーグラウンドについてはあまり知られていないし、知る必要もないとも言える。こんなもの、時間の無駄でしかないのだから。が、しかし、蕩尽こそ人の喜びなのだ。それにROTRのアシッドは、ごくごく初期AFXを想起させたりもする。とくにROTRのヒット曲“Emotinium”は、AFXに酷似しているから困ったものだ。遊び心たっぷりで、いや、遊びでしかないのだろう。それなのに、なぜか切ない叙情性がとめどなく溢れるという。無難に作られた音楽とは偉い違いで、人はいまも我が道をひたすら追求したDIY音楽に心が温められるものなのである。泣けたぞ。
 ところで、漫画の主人公のほうのロイだが、ヘリコプターの事故で左足を失い選手生活を終えている。なんとも過酷な運命だが、物語は終わらない。その息子のロッキーがメルチェスターの選手となり、ロイはその監督と就任するのだった。結局『ロイ・オブ・ザ・ローヴァーズ』は、50年代に誕生し、70年代から連載がはじまり、2001年に雑誌が休刊するまで続いたという。
  
 ええい、サッカーの話は今年はしたくないので、話題をアシッドに戻そう。UKのニューカッスルに〈Acid Waxa〉という名のアシッドに特化した珍妙なレーベルがある。ぼくがロイのことを知ったのも、じつはこのレーベルを通じてのことで、彼はずいぶんと作品をリリースしている。〈Acid Waxa〉もまた、クリスマス・コンピレーションをリリースしたのだが、こちらはチャリティで収益はすべて慈善団体に寄付される。以前にも彼らは、たとえば難民海難救助団体やらウガンダの子供支援やら、アイルランドの貧困家庭支援などに寄付している。なんて美しい話だろう、アシッド・セイヴド・アワー・ライフ。で、今回のクリスマス・コンピのほうには、“ラスト・クリスマス”からはじまるクリスマス・メドレーのクソくだらない(要するに最高にいかした)アシッド・ヴァージョンもあり、また、レーベルの顔であるROTRも1曲提供している。なんとか毎日息を吸って吐いて寝たり起きたりしていると、いまでもこんな粋な連中に出会えることもあると、これまさに僥倖です。メリー・アシッド・クリスマス。

野田努