ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. UKインディ・ロック入門──ポスト・パンク、ギター・ポップ、スカとダブ編
  2. オールド・オーク - THE OLD OAK
  3. interview with The Lemon Twigs ロック/ポップスの素晴らしき忘れ物 | ザ・レモン・ツイッグス、インタヴュー
  4. Bill Callahan - My Days of 58 | ビル・キャラハン
  5. Xylitol - Blumenfantasie | キシリトール
  6. Tomoaki Hara and Toru Hashimoto ──橋本徹(SUBURBIA)の人生をたどる1冊が刊行、人類学者の原知章による30時間を超えるインタヴュー
  7. ボカロが世界に与えた衝撃 一億回再生の意外な背景
  8. interview with Dolphin Hyperspace ジャズの時代、イルカの実験 | 話題のドルフィン・ハイパースペース、本邦初インタヴュー
  9. EACH STORY -THE CAMP- 2026 ──自然のなかで「深く聴く体験」を追求するイベントが今年も開催
  10. 5lack ──最新アルバム『花里舞』より“South Side”のMVが公開
  11. GEZAN ──武道館公演『独炎』を収めたDVD/Blu-rayがリリース、発売記念ツアーを実施
  12. インディ・シーンに広がるヴァイラル・マーケティング
  13. Wendell Harrison with the Tribe Jazz Ensemble ──スピリチュアル・ジャズの巨匠、〈Tribe〉のウェンデル・ハリソンがファラオ・サンダースを演奏する注目盤
  14. Felix Kubin Japan Tour 2026 ——ドイツの音響ダダイスト、フェリックス・クビンが来日
  15. KENNY DOPE JAPAN TOUR 2026 ——ケニー・ドープ、9年ぶりの来日決定です
  16. 別冊ele-king J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶
  17. R.I.P. Afrika Bambaataa 追悼:アフリカ・バンバータ
  18. Cornelius ──コーネリアスが動き出した! 新シングル「夢寝見」がリリース
  19. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2026
  20. Boards Of Canada ──ボーズ・オブ・カナダ、13年ぶりのアルバムがリリース

Home >  Reviews >  Album Reviews > Raw Poetic- Laminated Skies

Raw Poetic

Hip HopJazz Funk

Raw Poetic

Laminated Skies

Def Pressé

Bandcamp

野田努   Apr 21,2022 UP

 流行のスラングを使わない、ポップ・ミュージックを参照しない。そんなヒップホップがあってもいいだろう。小学校の先生をやりながら、子ども向けの本を執筆し、音楽も続ける、そんなラッパー、いるに越したことはない。で、ここにいる。ワシントンD.C.のロウ・ポエティック、2年前に叔父のアーチー・シェップと一緒に1枚の、傑出したジャズ・ラップ・アルバムを発表した男だ。いま聴いても、収録曲の“チューリップ”はすごいと思う。

 本人はそれを強調されたくないだろうけれど、60年代〜70年代のブラック・パワーの時代に活躍したジャズのリジェンドが親戚にいるというのは、まあ、インパクトはある。しかもそのカタログのなかの1枚でコーラスを担当した元ブラックパンサー党員が母親だったりして、きっとロウ・ポエティクスは幼き頃から良き教えを受けたのだろう。鷹は飢えても穂を摘まずではないが、彼にとってのプライドはメインストリームとは別の方角に向いている。
 だからといって、ロウ・ポエティックの通算6枚目のソロ・アルバムは、マニア向けの取っつきにくいものではない。むしろその逆で、聴きやすく親密でさえある。ここにはア・トライブ・コールド・クエストやデ・ラ・ソウルの成分があるし、古典主義的なのだが、クリシェに収まらないフリーキーさがあって、そのコンセプトはちょっとムーディーマンなんかとも近い。
 でもね、これはなんと言ってもリズムが格好いいんだ。ジャズ・ファンク、生ドラムと打ち込み、オールドスクール流のスクラッチ、ドラムンベース風のリズムだってある。とくにすごいのはベース。でしゃばったりしないし、あくまで黒子なのだけれど、ゴムのように音符に絡んではシンコペートし見事なうねりを生んでいる。調べてみたらムーア・マザーと一緒にジャズ・コレクティヴのイリヴァジブル・エンタングルメント(Irreversible Entanglements)をやっている人だった。
 
 とにかく、シェップとの『Ocean Bridges』によってさらにその知名度を上げたロウ・ポエティック(といっても彼にはすでに15年以上のキャリアがあり、ゼロ年代はジャジー・ヒップホップ・グループ、パナセアのメンバーでもあった)は、同作を作った主要メンバー──旧友でありトラックメイカーのダム・ザ・ファッジマンク、そしてIEからベースのルーク・スチュワート、ギターのパトリック・フリッツ──とのセッションにおけるリズムを継承した。その結果が本作『ラミネイテッド・スカイズ』というわけだ。UKのレーベルからのリリースとあって注目されているし、賞賛を集めてもいる。『Ocean Bridges』ほどジャズ全開ではないが、叙情的で、曲の細部にまで手が込んでいるがアルバムとしてのまとまりは良く、全体的に清らかで聴いていて気分が良い。この暗澹たる時代、カラフルな意匠をまとった、グルーヴィーで微笑ましいレコードが歓迎されないはずがない。

 黒人の社会的立場の不条理を描いたラルフ・エリソンの小説『見えない人間』にインスパイアされた曲もあるが、ぼくが気に入っているのはアルバム中盤の3曲。ストリングスがこってり入った“Intertwined”、そのエレガントな叙情詩を引き受けながらロウ・ポエティクスのメロディアスなラップが歌へと移行する“Sunny Water”、そしてジャズ・ファンクの大作“Hey Autumn”。リズムを基軸に、シンセサイザー、ギターとヴィブラフォン、パーカッションやスクラッチで構成されるこの曲には、本作の良いところが凝縮されている。みんなでジャムっているライヴ感覚があって、ファンキーかつスペイシーで、しかも緻密で温かい。1曲だけ選ぶなら迷わずこれ。

 ラップをしながらいつの間に歌っているというのがロウ・ポエティックのひとつの芸風で、それはそれでメロディアスだったりするのだが、彼の本作におけるいちばんの功績は、このコレクティヴをまとめ上げたことだろう。そして、繰り返すが、このアルバムのもうひとりの主役はルーク・スチュワートだ。彼のベースとダム・ザ・ファッジマンクのビートによる相乗効果こそ本作の肝である。
 アルバム制作はコロナ前の2019年からはじめたというが、周知のように世界ではそれからいろんな大きなことが次から次へと起きている。時間はあったが、ロウ・ポエティックは当初のメッセージを変更しなかった。『What's Going On』を改変する必要がないように、その必要がないものを目指していたからだと彼はある取材で話している。アルバムを締めるラヴリーな“Cadillac ”には、パートナーへの愛情表現に混じって、教室で子供に九九を教える際に使ったフレーズも入っているそうだが、たしかにそれなら戦争が起きようと変える必要はないよね。

野田努