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ここにあるのは音である。世界に満ちていた音である。
スコットランド出身、マンチェスター在住の音楽教師、サウンド・アーティストであるジョー・モンゴメリー。その新作『From Industry Home』が、環境音+アンビエント系譜の作品として、なかなか興味深い出来だった。
彼女のこれまでの作品以上にフィールド・レコーディング/サウンドスケープを追求したアルバムに仕上がっていたのだ。音と音が溶け合い、響き合い、混じり、現実が溶けていってしまうような音響……。
ジョー・モンゴメリーが最初にアルバムをリリースしたのは、2019年のことだ。ノース・ヨークシャーの〈Industrial Coast〉から『Early Works pt. II』を発表した。薄暗いアンビエンスを基調としつつも、〈raster-noton〉直径のグリッチな電子音楽であった。
そして2020年と2021年にセルフリリースした『selected isolation works』と『ISO2.0』から環境音と具体音と電子音が交錯するアンビエント作品へと変化しはじめた。そして2022年に『From Industry Home』を送り出したわけだ。
『From Industry Home』の音は、マンチェスターの都市の音を採取することで生まれたサウンドスケープである。そこに自身の身体の音なども細やかにミックスされていく。いわばマクロとミクロが交錯するようなサウンドだ。
聴いていると具体音と電子音の持続によって、聴覚の遠近法が溶け合っていくような感覚を得ることができるほど。ここに「コロナ禍における世界/都市の音」という側面も想像することは容易いが、むろん実証はない。
自分は(音楽性はまったく違えども)どこかイーライ・ケスラーの『icons』(2021)を想起してしまったのだ。同時代の音響を感じたとでもいうべきかもしれない。都市の音が音響のなか溶けあっていくような感覚である。そう、『icons』もまた(コロナ禍の)都市の音を採取したアルバムであった。
一方、アルバムのリリース・レーベルは、ロンドンの〈touch〉などからリリースしているヤナ・ヴィンデレンやクリストフ・ヒーマンとアンドリュー・チョークによるミラーと隣接すると語っている。
ちなみにリリース・レーベルは〈Helen Scarsdale Agency〉というカルフォルニアの実験音楽レーベルである。このレーベルはフォッシル・エアロゾル・マイニング・プロジェクトをはじめ、ジム・ヘインズ、BJ・ニルセン・アンド・スティルアップステイパ、ローレン・チャス・アンド・ノータムなど極めて通好みの音響作家の作品を00年代以降、多くリリースしてきたマニア御用達の音響レーベルといえよう。
このアルバムの音もまたディープにして、深淵、どこか崇高のようなムードもあり、まさに〈Helen Scarsdale Agency〉に相応しい仕上がりだ。世界の片隅から広がる音響の神秘か。「ただの音」に宿る音の霊性か。
全4曲(カセット版にはA面とB面で各2曲ずつ)、どのトラックも採取された都市の環境音とノイズが深い残響の中でコラージュされ、まったく別の音響のように変化していく。
どこまでが環境音か。どこまでが加工されたものなのか。どこまでが電子音なのか。その境界線が次第に曖昧になり、音と音が溶け合っていく。まるで映画の音響部分だけを聴いているような感覚だ。
音楽教師ということだから、おそらく音楽的な知識や理論なども熟知しているのだろう。だが彼女の音は理論に縛られた音ではない。精密で生々しく、自由に音の波にアクセスしていくような感覚があるのだ。今年になって聴いたフィールド・レコーディング・アンビエント作品の中でも印象的なアルバムのひとつである。
最後に冒頭の言葉をもう一度繰り返しておこう。ここにあるのは音である。世界に満ちていた音である、と。
デンシノオト