Home > Reviews > Album Reviews > Noda & Wolfers- Tascam Space Season
ニヤけが止まらないダブ・アルバムといいますか、ある種のプライベートなトリップのための「セット」にこれほど最適な作品はないのではという。どちらかといえばホーム・オーディオから心地よく聞こえてきて欲しいダブ・アルバムといいますか(もちろんサウンドシステムの轟音でも最高ではないでしょうか)。ダッチ・エレクトロの雄、レゴヴェルトことダニー・ウォルファース、そして日本のエレクトロニック・ダブのアーティスト、ミスティカ・トライブことノダタカフミによるユニットの作品のご紹介です。リリースはレゴヴェルトの自主レーベルで、Bandcamp 上で活発にリリースをおこなっている〈Nightwind〉より(なんとこれが name your price ですって)。
一瞬、この二組の組み合わせ、意外な感じもありますが、その結び付きの痕跡はアンダーグラウンドなオランダのエレクトロ・シーンに見つけることができます。レゴヴェルトは、それこそその筋の代表的なアーティストですが、デビューもその筋のパイオニア的レーベル〈Bunker〉。そしてミスティカ・トライブの初期作12インチをリリースしてきたのは同じくオランダの〈SD Records〉。でもって、その主宰のシンコム・データというユニットがまさに〈Bunker〉出身ということで、レゴヴェルトにしても周辺のレーベルから多数リリースしていたりと、ローカルのシーンはそれぞれつながってそうなので、そのあたりのオランダのエレクトロ・シーンから縁が生まれたのではないかと。また少し前にレゴヴェルトが自主編纂しているデジタル・ジン『Shadow Wolf Cyberzine』にもミスティカ・トライブのインタヴューが、付録のコンピにはミスティカ・トライブによるレゴヴェルトのカヴァーも収録されているので、ある程度の距離感は想像できそうです。
ちなみにですが、この〈Bunker〉と言えば、スクワット・パーティをおこなうパンクスたちによって設立されたDIYを突き詰めたようなそのスタイルが、ローファイ・ハウスの牙城、NYの〈L.I.E.S〉に強い影響を与えたことでもよく知られている、ある種の伝説的なレーベルですね(1998年にあえなく倒産)。と、おそらくこうした人脈から、かたやオランダのローファイなヴィンテージ感のあるエレクトロ~ハウス~テクノの代表的アーティスト、かたやメロディカ(鍵盤ハーモニカ)を操るデジタル・ダブのマスターによる、このコラボが結実したのではないかと。
そんなふたりの作品はデジタル化した初期のダンスホールを若干ピッチダウンしたかのようなマシン・リディムにゆらゆらとメロディカやシンセが揺らめく、サイケデリックな電子ダブ。いわゆるべーチャン由来のもはやフォーマットと化したミニマル・ダブやニュールーツとも違ったローファイな音質/リズムで、ヴィンテージなドラムマシン的なサウンドということで言えば、テープスあたりにも近い感覚とも言えそうです。が、その音響処理はもっともっとくぐもったローファイ感があり、ビシャビシャなリヴァーブ、エコーで強烈にサイケな音像を作っています。ダブと、ローファイなアナログ・サウンドの魔術師たちのコラボならではという音像ではないでしょうか。ここ数年、レゴヴェルトが特に自身の Bandcamp にて、Smackos 名義で展開しているドリーミーなアンビエントの感覚を見事にローファイなダブ方面へと拡張しているとも。アシッディーなベースラインがブリブリと力強くスウィングするリディムの上を軽やかにメロディカがエコーに消えていく4曲目 “奇妙な秋 Strange Autumn”、もしくは5曲目 “未知なるもののラジカルな形態 Radical Forms of the Unknown” は、お互いのサウンドが混じりあった「らしい」コラボといいますか。これらの音響を聴いて真っ先に思い出した作品は、やはりリー・ペリーのブラック・アーク末期のスタイル、ザ・コンゴス “Congoman”、さらに凶暴な1977年のジャマイカ・オリジナル・ミックス(2017年のリイシューで簡単に聴けるようになりました、サブスクにもあり)、そしてヨンキーのこれまたローファイなエレクトロ・ダブの名盤『Asian Zombie』あたりでしょうか。
レゴヴェルトが描いた、おそらく制作時のふたりのやりとり(それが例えネットを介したものであっても)がにじみ出ている、ユーモラスでキュートなジャケット・アートワークも含めて、これはLP、いやカセットもいいかもという妄想も生まれる作品です。ともかくアレです、ニヤニヤしながら、うっひょーってなるダブ・アルバムです。
河村祐介