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Jean Grae

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Jean Grae

(Church of the Infinite You's Minister Jean Grae Presents) You F**king Got This Sh!t: Affirmations For The Modern Persons

野田努 Jun 01,2023 UP

 情報過多と言われながら、じつはどうでもいいクズのような情報のなかで大切なものが見えずらくなっているのが現代だったりする。とはいえ、おもに海外の音楽を紹介する仕事をしながら、見逃していた宝石というのは少なくなく、そのうちの1枚がジーン・グレイとクエール・クリスによる『Everything's Fine』(2018)だった。これは、その年知っていれば間違いなく年間ベストだった。悔しい。ただし、そのアルバムで最初にぼくを惹きつけのは三田格が褒めちぎっていたクリスのトラックのほうで、若い頃はルーツに見いだされ、タリブ・クエリやDJスピナ、アトモスフィア、ミスター・レン、ハーバライザーといった通好みの作品でフィーチャーされてきたこのフィメール・ラッパーのジーン・グレイはたしかにじゅうぶん魅力的には思えたが、彼女のコミカルな表現主義やその政治性、彼女の知性とウィットの精神まで感じていたわけではなかった。アートワークを見ればわかるというのに……(情けない)。
 南アフリカ生まれのニューヨーカー、ジーン・グレイの経歴を見れば、彼女はうまくやればニッキ・ミナージュのようにもなれたかもしれないとすら思う。ジャズ・ミュージシャンを両親に持つ彼女は、しかしラップ・ゲームを降りて、あまりにも独自な路線をいま開拓しようとしている。そもそもコンビを組んでいるクエール・クリス(彼は彼女のパートナーである)が、音楽的な野心を持ったトラックメイカーで、しかもこのふたりにPファンク的知性があることは、くどいようだが、先述したアルバムのアートワークを見れば推して知るべしなのだ。
 前置きはこのぐらいにして、問題は、いまここで紹介する、昨年12月30日にリリースされたアルバム『You F**king Got This Sh!t』だ。「現代人のための肯定的宣言」と副題されたこれは、その1ヶ月前に出た『Please Send Help』との連作で、グレイはほとんどラップすることなく喋っている。なにを喋っているのかというと、たとえばこんなことだ。

   あなたが鬱気味なのは、資本主義と白人至上主義が原因です。資本主義と白人至上主義のせいで落ち込んでいる可能性が高いのです。人によっては、私のようにもうひとつ追加して、それで3つになります。ですからつまり、あなたが落ち込んでいるのは、家父長制、資本主義、白人至上主義が原因です。これらがない自分の人生を想像して、どんなに素晴らしいものになるかを考えるのです。そしてこの3つに、人種差別、女性差別、同性愛嫌悪、トランスフォビア、クィアフォビア全般、外国人嫌悪、能力主義などのシステム的問題も加わります。長いリストですが、このアルバムはそんなに長くはありません。資本主義や白人至上主義のせいで落ち込んでいるんでしょう。資本主義と白人至上主義のせいで、そうであるために必要以上の労力が必要なのだから。そして、疲れるんです。とても疲れるんです。支持すること、故意に無視することに疲れるんです。自分がグレイトであることが許されない時間は、疲弊させられます。創造することができない時間も、疲れます。だからあなたは落ち込んでいるのでしょう。家父長制、資本主義、白人至上主義。自分のために新しい物語を作ろう。自分のために新しい人生を創りましょう。本当の自分を創り出すのです。
“You're Probably Depressed Because of Capitalism And White Supremacy”

 『Everything's Fine』は、バカバカしい政治とバカバカしいジョークや辛辣さが入り混じったコミカルな寸劇だったが、このアルバムは、インガ・コープランドとムーア・マザー(というのは言い過ぎかも)の中間に位置し、かつてのハイプ・ウィリアムスのようなパロディ精神に満ちたコンセプト作品である。あきらかに自己啓発のパロディであり(肯定的宣言=アファメーションとは自己啓発の常套句)、ニューエイジ/アンビエントのパロディであり、Pファンク的なジョークでもあろう。

   よし、深く息を吸って、止めて、吐いて、離す。もう一回。深く息を吸って、それを止めて、解放して、息を吐いて。ファンタスティック、ファンタスティック、その人を呪ってやる、クソ野郎ども、クソみたいなクソとクソみたいな人生。クソみたいなクソ野郎とクソみたいな家族。先祖も子孫も、ペットも同僚も。肉体的にも精神的にも、彼らがこれまで接してきたすべての無生物がくたばる。彼らの軌跡も、その欠如も、クソくらえだ。彼らの思考はクソだ。家、アパート、ブラウンストーン、マンション、トレーラーパーク、掘っ立て小屋、川船、どんな種類の住居構造であれ、彼らが住んでいるのはクソだ。
“FTP”

  ヨーロッパ型の「美の基準」のせいで、またイケてないって、あなた思ってない? 今日もまたそう? そんなことを止めてから、何かを見たり、誰かに何かを言われたりして、またイケてないと思うようになったということはないですか? そんな考えはゴミ箱に捨ててしまいましょう、だってゴミですから。あなたのすべては、絶対にクソゴージャスで、あなたはあなただからホットなのです。あなたよりホットなものがあるでしょうか? 怖い? 謙虚になる必要がある? 私の顔からそのクソを取り除く。そのクソをここから追い出そう。自信を持て、大きくなれ、巨大になれ、もっと大きくなれ。人はトラウマや自己投影のために、自分を謙遜する必要を感じるだけ。それはあなたのクソ問題ではない。
“European Beauty Standards”

 パロディめいているとはいえ、言葉は本気だし、曲もけっこう面白い。最初に引用した “資本主義と白人至上主義(もしくは家父長制)” のような曲は骨抜きされたハウス・ミュージックだったりして、 “FTP” はダビーなアンビエント、アンビエントというよりもウェイトレスの “なんもしない(Doing Nothing)”も切実だが面白いし、笑える。

  何もする気が起きない。ベッドから出る気もしない。掃除や料理、考えることもしない。わかった、友よ。自分を卑下するな。大変なんだ。そして人は愚かで疲れるもの。日々の仕事をこなすだけでも、かなり消耗する。そして、人間も。そしてそれらは間違いなく、あなたがやりたいことではないのです。何もしないことが重要なのです。何もしないこと。おそらく、体が睡眠を必要としているからでしょう。脳にも休息が必要。私たちの資本主義社会は、あなたの生産性とハッスルを評価します。実際にあなたが誰であるか、またはあなたが誰であることができるかに関係なく。だから本を読むと言い続けて、何もしない時間ができて、その本を読まなくてもそれはそれでいいんです。何もしないことを楽しみましょう。
“Doing Nothing”

 アルバムこれ自体がある意味ファンキーだが、リズムのスタイルとしてちょっとファンキーな “Wear That Thing” は初期〈トランスマット〉系のデトロイト・テクノにリンクし、グレイの、このアルバムで見せる唯一のラップがリズムのなかでクールに躍動する。

  あれを着ろ、着たいものを着るんだ、自分のものなら、自分のものにする。好きなんだろ? それならそれを着よう。自分のものなら、自分のものにする。愛しているのなら、それを身につけなさい。あれはどこだ? それはどこだ? 割引おめでとう。
“Wear That Thing”

  ここまで読んだあなたもおめでとう。どうです、面白いでしょう? これで予習は済んだし、あなたの記憶にジーン・グレイが刻まれたことと思います。彼女の次回作を楽しみに待ちましょう(ただし……もしあなたがジーンに興味を持ったら、しつこいようですが、『Everything's Fine』から聴くことを推奨します)。
 さて、最後になりますが、彼女はこれだけ「疲れる疲れる」と愚痴りながら、何かモノを作ることを推奨しています。「自分のコンテンツに満足するというのはどうでしょうか」と彼女はサジェスチョンを投げます、あくまで自己満足のために。「コンテンツによる外的な検証を気にするのではなく、自分が作ったコンテンツに自分で満足することです」「マネタイズをする必要もなく、説明をする必要もない。売り込む必要もなく、恥をかかせたり、間違っていると言ってくる面倒くさい人もいないのです」「それはとても素晴らしいこと。それをビジネスにするのもいいし、それが悪いことだとは言わない。でも、まずは、あなた自身のためにモノを作ること、何かすること、それに満足することや楽しむことは、本当に素敵なこと」

野田努

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Quelle Chris - Deathfame Mello Music Group

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