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ヒプノシス・アーカイヴズ

ヒプノシス・アーカイヴズ

オーブリー・パウエル(著)
斎藤公太(翻訳)
椹木 野衣 (監修・解説)

河出書房新社

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野田努   Dec 02,2014 UP

 ヒプノシスは、1970年代のロック・シーンにおいて、もっとも革新的で、もっとも偉大なデザイン・グループだった。ストーム・トーガソンとオーブリー・パウエル、そしてピーター・クリストファーソンの3人は、UKのロック・バンド/ロック・アーティスト──ピンク・フロイド、レッド・ゼペリン、10cc、ポール・マッカートニー、ピーター・ガブリエル等々のレコード・ジャケットを実験の場とした。ロック・アルバムのカヴァーにアーティストの顔を載せることがまだ常識と考えられていた時代に、肖像どころか、ときにはアーティスト名すら載せないというポップ業界の売り方に反する態度をもって彼らはデザインを変革した。そのなかには、ピンク・フロイドの『原子心母』や『アニマルズ』のように、後のDJカルチャーにパロディにされるほど、音楽ファンなら誰も知るところの有名な作品が多い。
 そして、そのシュールな作風の多くは彼ら自身の撮影による写真をメインの素材にしていたように、彼らは数多くの素晴らしい写真も残している。彼らのロンドンのソーホーにあったデザイン・スタジオの隣には撮影スタジオがあり、そこではローリング・ストーンズの『山羊の頭のスープ』のためのフォトセッションもおこなわれている。
 2010年にピーター・クリストファーソンが移住先のタイで他界して、2013年にはストーム・トーガソンが癌のために亡くなった。本書『ヒプノシス・アーカイヴズ』は、オーブリー・パウエルとストーム・ソーガソンが古い保管室から未発表写真や作品を集め、一冊にまとめたものだ。本書には、彼らの数多くの未発表写真(彼らの当時の仕事場の写真もある)とオーブリー・パウエルによる関わりのあった個々のアーティストに関するテキストがある。そのテキストの順番に対応するカタチで、本書の後半では彼らの美しい作品が並んでいる。
 ヒプノシスとは、「ヒップ」という60年代のポップで流行った言葉と、ギリシア語の「グノーシス」との造語だという話を聞いたことがあるが、本書によれば、ストーム・トーガソンと同じ学校に通っていたシド・バレットがその名付け親だったそうだ。トーガソンがピンク・フロイドのセカンド・アルバム『神秘』のデザインも手がけて以来、ヒプノシスとピンク・フロイドとは、運命のパートナーだったと言える。
 本書には、たとえば『ウマグマ』の写真にある奥にどんど続くシュールな額縁のための、切り貼りのベタが明かされているが、誰もが言うように、フォトショップがなかった時代、彼らは撮影のさまざまなアイデア、それから手作業によるレタッチによって、あの美しい謎に満ちた作品を制作した。レッド・ゼペリンの『聖なる館』は、北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェーで撮影された写真を元にしているが、彼らがフォトグラファーとしても一流だったことが、本書を見ていると明らかにされる。『帽子が笑う』の時代の、シド・バレットがヨガをやっている写真などはいまでもその時代のドラッギーな空気感を伝えている。
 オーブリー・パウエルのテキストも読み応えがある。シド・バレットの住んでいたアパートでおこなわれた『帽子が笑う』のジャケ写の撮影時に、部屋を訪れたストーム・トーガソンが見たものが部屋の床を赤と青の交互に塗っているシドの姿だったというエピソードをはじめ、他にも、途中からグループに加入したピーター・クリストファーソンが、面接の際に持って来たポートフォリオが人間の死体に美しい照明をあてた写真コレクションだったこと、ヒプノシス加入前の彼の職業が病院の死体安置所だったこと、そして、彼が照明の天才だったことなど、実に興味深い話が記されている(いま例に挙げたのは、僕の趣味に偏った極々一部の抜粋で、他にも、たくさんのアーティストとの仕事について語られている)。
 値段は8000円と高価ではあるが、見応え、読み応えのある一冊。とくに70年代のロックに思い入れがあるファンにはたまらない。


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野田努