Home > Reviews > Live Reviews > ENA- @Dover Street Market Ginza
コム デ ギャルソンと音楽。このふたつを考えると真っ先に頭に浮かぶのは、1991年に東京でヨウジヤマモトと合同で開催されたメンズ・コレクションのキャットウォークを、ハーモニカを吹きながら歩くジョン・ルーリーの後ろ姿だ。もちろん写真でしか見たことがないし、写真なので動いてもいないのが、頭のなかでそのジョン・ルーリーは映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のようによろよろと進み、オーバーサイズのジャケットを揺らしている。
過去には小野誠彦がショーの音楽を担当し『コム デ ギャルソン オノ・セイゲン』という作品集もリリースされているほど、ブランドを率いる川久保玲は音楽を常に重要な要素として位置付けてきた。2012年にオープンした川久保主導によるセレクトショップ、ドーバー・ストリート・マーケット・ギンザ(以下、DSMG)の音楽をブルックリンを拠点に活動するサウンド・アーティストのカルクス・ヴィーヴ(Calx Vive)に依頼したことから、その姿勢は今日も健在なようだ。ヴィーヴはニューヨーク店の音楽環境も担当し、店内のBGMだけではなくレコード・プレイヤーから構築した芸術作品も同店舗のために創作している。
「サンプリングもしません。自分のコピーもしません。それは自分のキャリアを殺すことになっちゃうんですよ」とエナは本サイトのインタビューで語ってくれた。ルールを破壊し見るものの想像を超えるような服を常に提示してきた川久保玲の姿勢とエナのことばは共鳴する部分がある。
ドラムンベースとダブステップを通過し、よりミニマルで音響的なアプローチから生まれたエナのアルバム『バイノーラル』は、今日ますます細分化していくダンス・ミュ—ジックのシーンに点在するどの音にも回収されない2014年の快作だ。そんな彼の作品にコム デ ギャルソンの「音」を担当するカルクス・ヴィーヴは渋谷のレコード店テクニークで出会う。そこからエナの音楽がDSMGの店内BGMに起用され、その一環として店内でライヴを行うことになったのだから偶然とは面白い。
当日はDSMGの3階(コム デ ギャルソンのメンズラインなどのスペース)に特設の会場が設けられ、買い物に訪れたひとびとや、ブランドの関係者、エナのホームである〈バック・トゥ・チル〉やドラムンベースのパーティの常連たちが集まっていた。木製のボディが目を引くドイツのムシークエレクトロニク・カイサイン(musikelectronic geithain)社製のスピーカーME-800Kが2台設置され、その間にセットされたブースにエナの姿がある。
昨年の〈バック・トゥ・チル〉で行われたライヴでは低音に特化したサウンドシステムを用いて、溢れんばかりのノイズの海を重低音が統制していくようなセットが披露された。クラブではなく音響システムも異なる環境でどのようにライヴを繰り広げるのか、会場の期待は高まっていく。
定刻になるとエナを起用したカルクス・ヴィーヴ本人が現れ、ライヴの趣旨を説明する。ここで少々意外だったのは、今回の企画にはアーティストの支援も目的にあるということだ。単純に服をよく見せるために音楽が使われてきたことはあったが、アンダーグラウンドのアーティストに活動の場を提供するという形で音楽と服が手を組むことはそうあるものではない。会場にはテクニークによる売り場も設置され、エナの作品がその場で購入できるようになっていた。
ヴィーヴのスピーチが終わると、とうとうエナのライヴがはじまる。今回のセットではスピーカーの特性を生かしてか、中高域のノイズの部分に焦点を当てているライヴが進行していくように感じた。エナは手元にあるギター用のエフェクターから偶発的に音を作り出しそれを幾重にも重ねていき、雑音になってしまうギリギリのところでミキサーを操り即興で音像を構築していく。
すでにリリースされた曲のテーマ(のようなもの)が断片的に聴こえてはくるが、自分が目の前にしている音が果たしてそれなのか確信は持てなかった。断言できるのは、音にはドラムンベースのBPM170のグルーヴがしっかりと残っていたということだ。リズムや曲の構造にある程度のルールが敷かれたダンス・ミュ—ジックのフィールドで、エリック・ドルフィの「音楽を聴き終った後、それは空中に消えてしまい、二度と捕まえることはできない」を地でいってしまう約45分間のパフォーマンスだった。
ファッションと音楽。リック・オーウェンスの2014年のパリ・コレクションではエストニアのバンド、ウィニー・パフが現れ、昨年の11月に東京で開催されたC.Eのプレゼンテーションでは〈ザ・トリロジー・テープス〉のリゼットがライヴを披露し、そこには服のためとも音楽のためともつかないような空間が広がっていた。音楽の聴き方だけが多様化するのではなく、ミュージシャンが立つステージのあり方も変わりつつある。今回のエナのライヴもファッションにおけるその一例に過ぎないが、音楽シーン全体の今後を考えるうえで大きな出来事だったのかもしれない。
文:高橋勇人