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露天商を営むバスブーサと呼ばれた青年がチュニジア政府への抗議行動として焼身自殺をしたのは、2010年12月17日のことだった。これがジャスミン革命の引き金となった。それは反政府デモをうながし、結果、「アラブの春」と呼ばれる大規模な民主化運動をもたらしている。デニス・ボーヴェルの『メイク・イット・ラン』の1曲目のサブタイトルは"ダブ・フォー・バスブーサ"、この1~2年で中東や北アフリカ諸国へと急速に拡大した歴史的な変革の発端となった青年に捧げられている。
今年はボブ・マーリーの映画が上映されるが、ルーツ・レゲエは骨董品ではなく、いまもなお動いていることを証明するかのようだ。"ダブ・フォー・バスブーサ"に続くのが"ラン・ラスタ・ラン"。デニス・ボーヴェルの息子、ボビー・ボーヴェルは2011年に『ジ・エマージェント・エクレクティック』というゴスペル・アルバムを出している。その作品の主題はエジプトのムバラク政権の崩壊で、そのアルバムのトラックの元ネタになったという曲"アフター・ザ・ストーム"が『メイク・イット・ラン』のクローザーとなっている。ほかにも興味深い曲がたくさんある。"アフリーカン"は、ヒュー・マンデルの有名な"アフリカ・マスト・ビー・フリー・バイ・1983"へのアンサーとして1984年にI・ロイが吹き込んだ曲だが、1979年に1983年を予言した曲に対する回答を1984年にするのは良くないと考えたボーヴェルが曲を編集し直している(しかも、実に格好良いミリタント・ビートの進化型)。
デニス・ボーヴェルといえば、UKレゲエにおけるゴッドファーザー的な存在として(マトゥンビのベーシストとして)、ポスト・パンクにおける重要なバンド、ザ・ポップ・グループやザ・スリッツのプロデューサーとして、多大な功績を残している。『メイク・イット・ラン』は、彼が1978年から1986年に録音したアナログ音源を、マッド・プロフェッサーのアリワ・スタジオで高周波数のデジタル音源へと変換させ、あらたにダブ処理した曲のコンピレーション・アルバムである。多くの曲では当時マトゥンビとツアーしたI ・ロイが参加している。ステッパーズ・スタイルを基調としたリディムも塗り替えられ、驚くほど新鮮に感じる。元ネタはヴェンテージだが、仕上がりは真新しい。先述した"アフリーカン"、もしくはフルートが美しさがたまらない"ダブ・コード"、もちろん"アフター・ザ・ストーム"や"ダブ・フォー・バスブーサ"......、これらのうちのどれかを聴くためだけでも価値がある。
つまりこれは、レゲエにありがちな、いわゆる未発表曲集、レア・ヴァージョン集といった類のものではない。過去の伝説にしがみついているエルダー・ロックとは訳が違う。そして、自分で自分のことを「オヤジ」「おさん」と繰り返す自意識は(ここの部分に関しては僕も人のことを言えないが)、デニス・ボーヴェルに学ぶといいだろう。冒頭の"ダブ・フォー・バスブーサ"がその良い例であるように、これは現在音楽なのだ(スティーヴ・ベイカーのライナーも秀逸で、彼の解説を読むためだけでも日本盤をオススメしたい)。
まとめ。デニス・ボーヴェルの『メイク・イット・ラン』は、二木信がそろそろ書いてくれるはずのリクル・マイの強力なソロ・アルバム『ダブ・イズ・ザ・ユニヴァース』とも精神的には同盟の、明快な意見表明と前向きな気持ちの入った素晴らしいルーツ・アルバムである。
野田 努