『クラウトロック大全』の著者、小柳カヲルが新潟でひとりで運営するレーベル〈Suezan Studio〉がいよいよディー・クルップスの作品の復刻リリースを開始する。ノイエ・ドイチェ・ヴェレのシーンから登場し、パンク・インダストリアル・サウンドに先鞭を付け、EBM(エレクトロ・ボディ・ミュージック)のひな形となったこのバンドの、まずはデビュー・アルバム『鉄工所交響曲( Stahlwerksynfonie)』(1981年)と当時大ヒットしたシングル「真の労働・真の報酬 (Wahre Arbeit - Wahrer Lohn)」(1981年)の2枚。どちらもブックレット付きの限定リリースで、「真の労働・真の報酬」のほうにはステッカーも封入されている。詳しくはレーベルのホームページをご参照ください。
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『地元コア!』と題されたエリア・コンピレーションで、ここ30年間にマイアミで名を挙げたダンス・アクトがほぼ一堂に会している(テクノ、ハウス、エレクトロが中心で、ヒップホップは除外)。壮観。全44曲。すべて新録のようで、ヴェテランもニューフェイスもなかなかにしのぎを削り合っている。短い曲が多いせいか、テンションも持続し、いわば「マイアミ・ベース以降」がまとめて体感できる。マイアミ・ベースはアトランタに波及してトラップに発展したり、中南米にはファヴェーラ・ファンクやファンク・カリオカといったシーンを誘発したものの、地元マイアミではどのような変化を遂げたのかということがまとめて報告されたことはなく、それがここに見晴らしよく並べられたという感じ。猥雑でダイナミック。簡単にいえばマイアミの魅力は大胆さと低音の太さに尽きるだろう。ロンドンやベルリンは新しいことをやろうとし過ぎて、時にヒネくれた感じになりやすいけれど、マイアミにはそういったことはない。自由闊達なダンス・ミュージックの最前線である。
収録順ではなく、プロデューサーのデビュー順に聴いてみよう。まずはラルフ・ファルコンとオスカー・Gによるマーク(Murk)。彼らが名を挙げたのは92年にファンキー・グリーン・ドッグス名義のハウス・クラシック“Reach For Me”がデトロイト・テクノを広めた〈Network Records〉にライセンされ、ヨーロッパでヒットしてから。いわゆるシカゴ・アシッドとは異なるヘヴィなベースがマイアミらしさを打ち出し、本作にも2人はこの30年が何事もなかったように同じパターンの“Filth”を提供している。この不動の価値観。シカゴ・ハウスがヨーロッパに飛び火し始めた80年代後半、マイアミで最も人気だったのはエレクトロ・ヒップホップの2ライヴ・クルーで、彼らのサウンドはデトロイトのサイボトロンがマイアミでもヒットしたことから始まったとされる。2ライヴ・クルーのピークといえる『As Nasty As They Wanna Be』(98)の10年後にはそして、サイボトロンをダイレクトに継承しようとするイグザクト(Exzakt)やBFXが現れ、ここでは両者がタッグを組んで“Reach For Me”をミニマル化したエレクトロの“Let Go”を、また同時期にブルックリンで活動し、後にマイアミに移ってきたゴーサブはマッド・マイクを思わせるデトロイト・タイプのエレクトロ、“Who The Fuck Is Me?”をそれぞれに提供し、さらに少し遅れてデビューしたアルファ606は“Cacique”で、これらとはまったく違った神秘的なエレクトロをオファーしている(同作が全体のクロージング・トラック)。
最近ではチャイルディッシュ・ガンビーノ“This Is America”のリミックスで名を挙げたジェシー・ペリッツは母親が2ライヴ・クルーのダンサーだったことから音楽の現場とは距離が近く、最初は俳優として活躍していた存在。なかなかの遅咲きで、“Jesse Don't Sport No Jerri Curl”が注目を集めるまでに7年かかり、エレクトロとハウスの中間をいくサウンドを模索。ここではエレクトロに寄った“Pocket Full Of Ones”を提供。エレクトロ回帰と同時期にマイアミに大挙して現れたのがグリッチ・ホップで、元ソウル・オディティのフォーニージア主宰による〈Schematic〉を中心にディノ・フェリペやオットー・フォン・シラクが頭角を現し、本作でも後者はオープニングとなる“Miami All-Stars (Tremendo Intro)”を、前者は当時と変わらずファニーな“In Order To Ground The Listener”をそれぞれに提供。彼らのサウンドはプリフューズ73やフンクシュトルンクなどと並べて聴くよりもマイアミ・サウンドの一部として聴いた方がしっくりとくることは間違いない。さらに活動の途切れていたプッシュ・ボタン・オブジェクツを約20年ぶりにレーベル・オーナーのダニー・デイズが担ぎ出して“I.E.”を共作、ピッチを早めたオールド・エレクトロにアシッド・ハウスを絡めたなパーティ・サウンドに仕上げたことはひとつの快挙といえる。
エレクトロからクランクへと歩を進めたヒップホップとは距離を置き、マイアミ独自のテクノやハウスが増えたのが00年代。まずはマークの後継としてラザロ・カサノヴァが現れ、ゴーサブ同様、ブルックリンからマイアミに移った彼は作風も“Reach For Me”を継承。ここではレイドバックしたダウンビートの“Nieve”を聞かせる。レーベル・オーナーのダニー・デイズもこの世代に属し、彼もどちらかといえば遅咲きで、『Silicon EP』『Speicher 80』(ともに14)では“Reach For Me”やジェシー・ペリッツの試みをテクノの領域に移植。彼が主宰してきた〈Omnidisc〉ではボディ・ミュージック・リヴァイヴァルのヘレン・ハフやアンソニー・ローター、ワタ・イガラシにブラック・マーリンとオルタナティヴ志向を強くしていたものの、16年にリリースしたヘヴィ・エレクトロの「Miami EP」から本作『Homecore!』のアイディアが膨らんでいったのだろう。〈Omnidisc〉では異色といえる本作には蛆虫が地を這い回るような気持ち悪い“110 Dudes”を提供してマイアミのイメージを根底から覆す役割を演じる一方、ひと世代下のニック・レオンと組んでラ・グーニー・チョンガ“Phonkay”ではアフリカ・バンバータそのままのエレクトロ・ヒップ・ホップも聞かせる。
このところローレル・ヘイローからニコラス・クルスまであらゆるDJミックスに登場するニック・レオンは「マイアミを音楽都市として再浮上させたプロデューサー」と言われるほど評価の高いプロデューサーで、〈Alpha Pup〉からのデビュー・アルバム『Profecía』(16)ではリスニング寄りの穏やかな側面を見せ、世界中のレーベルからリリースされるシングル群ではワラチャというキューバのリズムやドラムンベース、最近はラプター・ハウスと称されるチャンガ・トゥキにデトロイト・テクノを縦横に駆使し、どれも外しがない。とはいえ、本作ではあまり本領を見せていないメカニカルなエレクトロの“Sapo”を提供していてやや残念。ヴォーカリストとしてニック・レオンと組む機会が多いビター・ベイブも本作にソロ名義で“Gimme”を提供し、レゲトン版ドレクシアなどと評されたニック・レオン「FT060 EP」(最高です!)に共作で参加していたグレッグ・ビートー(Greg Beato)はリズム感がそれほどよくないせいか、最近は実験的な作風に傾き出し、〈Schematic〉をエレクトロに戻したような作風をプッシュ。ここでは90sリヴァイヴァル風の“Hey Angel, Whatever”を提供している。
ダニー・デイズと活動を共にしているジョニー・フローム・スペースことジョナサン・トルヒーヨはニック・レオンやシスター・システムらと合わせてニュー・スクールと呼ばれる若手の代表。DJパイソンの向こうを張る形でレゲトンのリズムに由来するデンボー(dembow)の使い手とされ、これをプッシュ・ボタン・オブジェクツなどのグリッチ・ホップと接続させたと評される。しなやかで柔軟性のある『R.E.M.』(ムスリムガーゼ、池田亮司、ヤン・イエリネクらに捧げられている)や『Tide』など彼は本当に才能豊か(“Sueño Latino”みたいな曲がたまにあるところもよい)。本作にはいままでとイメージが異なるタイトなエレクトロの“Refresh”を提供。本作でデンボーを扱ったものはMJ・ネブリーダによるフィッシュマンズみたいな“Arquitecto”も。また、トルヒーヨが新設した〈Space Tapes〉から4thアルバム『Parrot Jungle』をリリースしたニコラス・G・パディヤはエレクトロとベース・ミュージックを接合させたハイブリッドで、ニューエイジ用語をちりばめているわりに曲が荒々しいのは絶滅させられた少数民族の代弁者を名乗るからだろうか。本作にはガラッと変わってポリリズミックなブリープ・エレクトロの“Zone”を提供。ジョニー・フローム・スペース周辺からはほかにシスター・システム、バニー(Bunni)などがエントリー。
ベース・ミュージックがマイアミと相性がいいのは当たり前というか、ハーフタイムとエレクトロをスムースにつなげ、珍しくUKガラージを意識したINVTも短期間にミニ・アルバムを量産しながら(この4年で『Sano』『DisruptionI』『Extrema』『Cambio De Forma』『Mundos』、ニック・レオンと組んだ『Paseo』『Media Noche』『Plaza』『Doble Carga』『Ritmo Caliente』『Gazebo』『Duro』『La Chamba』『MiradaI』『Prendida』など)クオリティは下がる気配もなく、本作では前述のワラチャを応用したらしき“Dassit”を提供。このドラムはたまらない。リトル・シムズの新作『No Thank You』に収められていた“X”もおそらくは同じリズムで、個人的にはこれがベスト・トラック。ほかにUKとダンス・ミュージックの文脈を共有しているのはFKAトゥイッグスを早回しにしているようなバブルガム・エレクトロのティドゥー(TIDUR.)、トッド・テリーが派手にジュークをやっているようなセル6(sel.6)、アレックス・リース“Pulp Fiction”を思い出すなというのが無理な90sドラムン・ベースのシノビ(Shinobi)、同じくドクター・ロキット名義のハーバート“Café De Flore”を思わせるスパニッシュ・ムードのハーフタイム、“Red Keycard”を聴かせるニア・ダークといったところ。UKはやはりどこかに冷静な感じがあるというか。
ニック・レオン、ジョニー・フローム・スペースと並んでいま、マイアミにおける台風の目となっているのが、そして、フィー-ゴー・ジット(Fwea-Go Jit)。同じフロリダ州のタンパで生まれたジューク(スペルはJookで、ジュークボックスに由来)と呼ばれるヒップ・ホップ・ダンスがマイアミに飛び火してジャージー・クラブやダンスホールと融合し、DJキャレド“To the Max”(17)によって世界的に広められたバウンス・ビートを縦横に駆使した3thアルバム『2 La Jit』はけっこうな評判を呼んだ。MCの起用も多く、どこを取ってもピットブルかよと思う激しいダンス・ミュージックの嵐で、本作では折り返し地点に置かれた“Touch It Turn It”が微かな哀愁も漂わせつつ、次章への幕開けとなっている。また、リッチー・ヘルはこれまでになかったタイプというのか、バンド編成でマンボやクンビアを演奏し、ボビー・コンダースやモーリス・フルトンに近いリラックス・タイプ。本作にはクンビア調の“Rapto Cosmico”を提供。
ここからは少し端折ろう。さすがに数が多過ぎる。ウィッチハウスとしてキャリアをスタートさせたブラック・アントことジャン・ピエール・アンソニーは少し変わり種で、初期には拷問のようなゴシック・ホップを掘り下げ、4作目から〈Schematic〉に移籍、レーベル・カラーに合わせてLAビートに転じている。5thアルバム『Hidden Packages (Islands 3 + 4)』はまさかのJ・ディラとラス・Gに捧げられ、本作にもフラッシュ音を強調したグリッチ・ホップの“Bellfast3”を提供。同じ〈Schematic〉からゾン・ジャマール(Sohn Jamal)とマックス・ブゾン(Max Buzone)、そしてロイジュー(Roiju)もエントリー。サイケデリック・ブレイクコアのジョセフ・ナッシングを思い出すゾン・ジャマールは比較的オーソドックスなグリッチ・ホップの“TQ Visa”を、哀愁に沈んだIDMのマックス・ブゾンはいままでとは比較にならない出色の“Epoch”を、そして叙情的なIDMのロイジューはパーカッシヴな“Sin Gravedad”をそれぞれに提供。珍しくミニマル・テクノのフィーフ(Feph)はまったく表情を変えずに“Resolve”をオファー。やはりマイアミには珍しく〈Warp〉風のリスニング・テクノからミニマルも射程内に置くエライアス・ガルシアも本作ではジェフ・ミルズ風の“Radiant”を。
『Homecore!』は半数がここ2年でデビューした新人か本作で初めて曲を発表したニューフェイスで占められ、オープニングに続いて2曲目と3曲目に抜擢されているのがロウ・エンズ・レコーズとジ・オウ・ファイ(Tre Oh Fie)。どちらも荒々しいエレクトロを提供し、イメージ通りのマイアミで幕を開けるという役割を全うしている。御大マークの次に置かれたコフィンテクスツ(Coffintexts)も新人ながらやはり大役を担い、これもハードなブレイクビーツ路線とは少し変わってハーフタイムの“Muy Bien”で面白い流れをつくっている。無名どころの新人ではほかに(って僕が知らないだけかもしれないけれど)、ジャン・アンソニーによるポリリズムのエレクトロ、“Trees Whispers Leave”もなかなかに良かった。
10年代の前半こそロサンゼルスにレイヴの舞台を奪われたものの、ほどなくしてその座を奪い返し、レイヴどころか『お熱いのがお好き』の昔から踊る天国であり続けているマイアミ。キューバとの関係が様々な意味でマイアミを活気づけ、介護される富裕層が共和党支持なら介護する労働者が民主党支持というスタンダードな政治風土を背景にマルコ・ルビオ上院議員や最近ではトランプの代替わりとされるロン・デサンティス州知事が吠える、吠える。ゲイ・クラブでの銃乱射事件が象徴しているように、いまや性別を気にしないノンバイナリーに対して性別をはっきりさせるバイナリーのテリトリーとしても強度を増し、マジック・マイクたち男性ストリッパーもステージ狭しとショーを続けている。最近になってマイアミに引っ越したジェフ・ミルズ夫妻によると日本並みに湿度が高く、コロナでも誰もマスクなんかつけていなかったというし(ロックダウンが解除されたと思ったら、あっという間に海岸がゴミだらけになったとも)。突拍子もない水着ショーも面白いし、できることならエルモア・レナードやカール・ハイアセンの犯罪小説を読み続けて一生を終えたいなー……と思った3時間半でした。
ベルリン市内の、わりと街中の古いアパートメントの一室だったマニュエル・ゲッチングの家を訪れたのは、1995年7月のことだった。「外が騒がしくて申し訳ないね。ちょうどこの週末はラヴパレードをやっているから。ふだんのベルリンはもっと静かなんだけどね」と彼は苦笑しながら、日本から取材にやって来た数名を部屋に迎えい入れてくれた。「いや、ぼくらはそのラヴパレードのためにベルリンに来たんです」と正直に即答できなかったのは、それをあまり良きモノとは捉えていないのであろうゲッチングの表情を見てしまったからである。言うまでもなく当時彼の作品を強烈に欲していたのは、ラヴパレードの根幹にあるハウス/テクノの聴衆だったのだけれど。
すでにこの頃、ハウス/テクノの文脈で再評価された70年代以降のドイツのロックはいろいろあった。『フューチャー・デイズ』や『ゼロ・セット』、クラスターやハルモニア、初期のポポル・ヴーやタンジェリン・ドリーム等々。そうした名作群においても、マニュエル・ゲッチングの『E2-E4』は別格中の別格だった。『E2-E4』や『ニューエイジ・オブ・アース』のような作品には、クラブ世代によるいかなる研ぎ澄まされたエレクトロニック・リスニング・ミュージックをもってしても到達できない境地が開けている。
ゲッチングの部屋の白かったであろう石の壁は、彼の長年の煙草の煙によってすっかり黄ばんでいた。部屋のひとつの面には横長の大きな絵画が飾られていて、そこにはひとり女性が描かれていた。居間にはほとんどモノらしいモノがなく、そのときの彼はひとりで暮らしているようだった。
取材のなかでぼくが知りたかったことのひとつには、18歳でアシュ・ラ・テンペルを結成した彼と時のドラッグ・カルチャーとの関わりというのがあった。この世界で指折りのコズミック・ブルース(ジュリアン・コープいわく「空前絶後のフリークアウト・ブルース」)『7up』をティモシー・リアリーといっしょにレコーディングしたこのギタリストは、しかし世間で妄想されているようなその関係性を否定し、じつはリアリーの名前すら知らなかったと、淡々とした口調で話してくれた。当初そのレコーディングに来るはずだったのは、アレン・ギンズバーグだったと彼は付け加えた。
アシュ・ラ・テンペル(ラ=RAは、サン・ラーと同じエジプトの太陽神から取られている)の、インパクトあるデザインによるファースト・アルバムの観音開きのジャケットには、ギンズバーグの「吠える」の一節がまるで聖典か何かのように引用されている。ジャケットからレコードを取り出し、A面に針を落としたことがある人なら、あのサウンドから極めて強度の高いサイケデリックなヴィジョンを幻視した経験をお持ちだろう。たとえば30を過ぎてからロックをはじめたCANと違って、先にも書いたようにゲッチングは10代でそのアルバムを制作している。
いずれにしても若かった。やがて「コスミッシェ」として知られることになる若きベルリン・スクールを取り巻くシーンに、ロックとフリー・ジャズ以外にも、アシッド・カルチャーからの影響がなかったとは思えない。悪名高きロルフ・ウルリッヒ・カイザーのような仕掛け人が登場したことで「コスミッシェ」の物語はある面ではいかがわしさを増し、その代表格たるコズミック・ジョーカーズなどは後に一部のコレクターの心を掴んだりもしている。しかしカイザーに反旗を翻したクラウス・シュルツもその渦中にいたゲッチングもそうした狂騒に呑まれず、何よりもまず自分の音楽をアップデートすることに集中していたことは、彼らの軌跡を見れば一目瞭然だ。占星術や宇宙旅行、神秘主義やアシッド・パーティが乱舞するこの時代から、たとえば構造的にはフリップ&イーノによる一連のミニマリズムにも似た音楽、テリー・ライリーに触発された、しかしそれらとは似て非なる陶酔の極みであり、より直感的な音楽、すなわち『E2-E4』が生まれたのは、サイケデリックやスペース・ロックがすっかり失速したばかりか、パンクやポスト・パンクでさえ存在が薄れていった1980年代初頭のことだった。
それはNYの〈ザ・ロフト〉で知られる孤児院出身のDJ、デイヴィッド・マンキューソにプレイされたことでアンダーグラウンド・ダンス・カルチャーを起点に広がり、80年代末にイタリアのスエニョ・ラティーノにサンプリングされたことによって至福のエロティシズムへと変換された。1992年にはデリック・メイにリミックスされたことでそれは完璧なパラダイスとなってテクノ・ヘッズの体内に埋め込まれもしたが、カール・クレイグも自分の手で“リメイク”したいという欲望を抑えきれなかった。ぼくがベルリンで取材したのは、クレイグが自らの楽曲で“E2-E4”をサンプリングした1年後のことだった。
1995年といえばそのときゲッチングは43歳で、いまのぼくよりもずいぶん若い年齢だ。もの静かな人柄の、理性的な人だったという印象を持っている。孤独な芸術家といった佇まいで、そして彼はまだ、彼がひとりで作ったエレクトロニック・ミュージックが、若者たちの進むべき方向性を示唆した作品として現在ものすごい影響力をほこっているという事実をほとんどわかっていなかった。「いきなり電話がかかってきてね、『あなたの曲を使わせて欲しい』って言うんだよ」彼は笑いながら言った。「ひょっとして、その電話の主は、カール・クレイグじゃなかったですか?」「ああ、たしかそんな名前だったかな」
フランキー・ナックルズが最後に来日した際のリキッドルームでのDJはたしか“E2-E4”からはじまっている。イギリスの音楽評論家のデイヴィッド・スタッブスは、『E2-E4』はクラフトワークの『コンピューター・ワールド』以上に影響力が大きいと指摘しているが、同意する。あれはもう、ひとつの“型”であって、その後どれほどその“型”がアンビエントやハウスやテクノやエレクトロニカにおいて流用されてきたかはもはや数を数える範疇にない。ポップ・ミュージックの意味を大衆的な音楽とするなら、あれほどポップなミニマル・エレクトロニカはほかにないのだ。
「70年代のベルリンはドイツ国内のなかでも孤立した、ある種の宇宙船のような街だった」と彼はぼくに話してくれたが、レコードに針を下ろせば、宇宙船はロマンティックに発光しながら、いまでも別世界への入口として部屋のなかに飛来するかのようだ。2022年12月4日、70歳のマニュエル・ゲッチングは永眠したが、彼が残した功績はあまりにも大きい。
00年代にデビューし数々の作品を送り出すも、近年は長らく音楽活動を休止していた東京のプロデューサー aus が、新作シングル「Until Then」を発表する。aus 自らが主宰する〈FLAU〉と、ロンドンのハウス・プロデューサー、セブ・ワイルドブラッドが主宰する〈All My Thoughts〉からの共同リリースというかたちで、B面にはワイルドブラッドによるリミックスを収録。年明け、1月後半に発売予定。
なお4月には〈Lo Recordings〉から、15年ぶりとなるフル・アルバムのリリースも予定されているそうだ。困難を乗り越えた aus の、新たな船出を祝いたい。
ゼロ年代ジャパニーズ・エレクトロニカ不朽の名作『Lang』で、一躍シーンの中心へと躍り出た東京出身のアーティストausが久々の新曲を10inch & CDでリリース。生音のストリングスで幕を開け、たおやかなムードが漂う中、小気味好いキックが介入すると、マリンバ、ピアノ、深みのあるシンセサイザーなど様々な楽器がブレンドされ、随所で浮き上がる国籍不明にエディットされたユニークなヴォーカルをアクセントに、滑らかでパーカッシヴなグルーヴに引き込こまれる。録音・解体・再構築された特徴的なヴォーカルは、彼の言語への興味が示されており、シネマティックで浮遊感のあるトラックは前へ前へと前進する躍動感に満ちている現行のディープ・ハウス~エレクトロニカとも共振しながらも、確かな個性を見せるメロディアスできらびやかな楽曲で、ausの新章であると同時に真骨頂とも言える仕上がり。
アジアを除く海外リリースはジャジー・ディープハウスの雄Seb Wildblood主宰のAll My Thoughts。B面にはSeb Wildblood自身のリミックスが収録される。Loraine JamesやRoss From Friendsら現行の人気エレクトロニック・ミュージシャンが自身のプレイリストやミックスなどにフィーチャー、今秋には久々の新曲をOlafur ArnaldsがBBC Radio3でプレミア公開して話題を呼んだ。
about aus
東京出身。10代の頃から実験映像作品の音楽を手がける。早くから海外で注目を集め、NYのインディーズ・レーベルよりデビュー。伝説的なレコードショップOTHER MUSICに「現代のエッジと甘美さ、印象的な歌心をこれほど日本的な方法で融合させたアーティストは他にいない」と評される。これまでにヨーロッパを中心に世界35都市でライブを行い、レコード・レーベルFLAUを主宰。現在は香港のインターネット・ラジオHKCRでレジデンスを務める。また、海外アーティストの招聘も積極的に行っており、Olafur ArnaldsやJulia Holter、Julianna Barwick、Grouperらの来日公演を成功させ、静謐でユニークな音楽を紹介するショーケースFOUNDLANDを継続的にオーガナイズしている。
長らく自身の音楽活動は休止していたが、 今秋イギリスBBC RADIO3でOlafur Arnaldsが新曲をプレミア放送。2023年、Seb Wildblood率いるAll My Thoughtsと共同でニューシングル「Until Then」をリリース予定。同4月にはGrimesやSusumu Yokota、サーストン・ムーアらをリリースしたイギリスのLo Recordingsから15年ぶりのフルアルバムも予定している。

■aus - Until Then
タイトル:Until Then
アーティスト:aus
デジタル発売日:2023年1月18日
10inch/CD発売日:2023年1月25日
フォーマット:10”/CD/DIGITAL
レーベル:all my thoughts, FLAU
tracklist:
1. Until Then
2. Until Then (Seb Wildblood Remix)
イタリアのピサ出身、現在はバルセロナ在住のフェデリコ・マデッドゥ・ジュントリは、音楽のみならず、美術や写真など複数の分野で横断的に活躍するアーティストだ。00年代にはイタリアのエレクトロニックなバンド、DRMの一員としてアルバム『Haiku』を発表してもいる(ベルリンのトゥ・ロココ・ロットや、〈Hefty〉に作品を残すナポリのデュオ Retina.it が参加)。
そんな彼のソロ・アルバムが日本の〈FLAU〉からリリースされている。ゲストとして、〈12k〉からの作品で知られる日本のアンビエント/エレクトロニカ・アーティスト Moskitoo や、ドイツのプロデューサー AGF(ヴラディスラフ・ディレイことサス・リパッティのパートナーでもある)が参加、それぞれをフィーチャーした曲のMVが公開中だ。注目しておきましょう。
神経科学の博士号を持ち、美術、写真、言語学と様々な分野で活躍するバルセロナ在住のイタリア人アーティストFederico Madeddu GiuntoliがAGF、Moskitooらをゲストに招いたファースト・アルバムをリリース。11のミニマルで親密な小さな曲で構成された本作には、寂寞感漂うピアノの断片、密やかに爪弾かれるギター、絶妙にコントロールされたドラム・パーカッション、柔らかで繊細なスポークンワード/ボーカルが、加工されたマイクロ・サウンドとフィールド・レコーディングと共鳴し、ロマンスとミステリーへの簡潔で、深遠な旅を作り出しています。
「このアルバムは、洗練とレイヤリングの緩やかなプロセスに従って形作られ、10年以上にわたる長い間、邪魔されることなく、しばしば自分の意志に反して、最終的な形に到達するために組み立てられたものです。この作品に関連性を見出すことができるとすれば、それは、稀な脆弱性、憧れ、生き生きとした感覚、即興性と脆さの芳香が、説明しがたい完璧な印象と混ざり合ったものを提供する能力にあると言えるでしょう」
about Federico Madeddu Giuntoli
イタリア・ピサ出身、バルセロナ在住のサウンド・アーティスト。To Rococo RotやRetina.itとコラボレーションを果たしたイタリアのエレクトロニック・バンドDRMの一員として活動後、バルセロナに移住し、写真家として、写真集「Nuova gestalt」を出版、彫刻作品の制作や国際的なランゲージ・トレーナーとしても活動している。

■Federico Madeddu Giuntoli - The Text and the Form
タイトル:The Text and the Form
アーティスト:Federico Madeddu Giuntoli
LP発売日:2022年12月7日
フォーマット:LP/DIGITAL
tracklist:
01 lolita
02 text and the form (feat. Moskitoo)
03 #8
04 you are (feat. AGF)
05 flow
06 inverse
07 our Bcn nights
08 unconditional
09 h theatre
10 unconditional (reprise)
11 grand hall of encounters
レベッカ・ゲイツの『Ruby Series』を覚えている方はいるだろうか。2001年にリリースされた『Ruby Series』は、トータスのジョン・マッケンタイアのプロデュース・録音のもと、ザ・シー・アンド・ケイクのメンバーが参加したことで知られる静謐で清潔な印象のSSWアルバムである。
『Ruby Series』に限らずだが、90年代末期~00年代初頭に、「シカゴ音響派」の音楽家たちがヴォーカル・アルバムを手掛けていく潮流があった。なかでも一際深く印象に残ったのが、『Ruby Series』であったのだ。透明な歌声と簡素だが繊細でミニマルな演奏/編曲にとても惹きつけられたことを覚えている。
そして2022年。〈Thrill Jockey〉からリリースされた『I get along without you very well』を聴いたとき脳裏に浮かんだのが『Ruby Series』だった。なんというか、極めて曖昧にだが、かつての(後期)「シカゴ音響派」との近似性を強く(勝手に)感じてしまったのである。洗練されたミニマリズムな演奏と歌声のアンサンブルの妙ゆえだろうか。何より実験とポップの領域が溶けていくような風通しの良さが気持ちよかった。
スウェーデン・ストックホルム出身のサウンド・アーティスト/パフォーマーでもあるエレン・アークブロは、〈Subtext〉からリリースされた硬派なドローン・アルバム『For Organ And Brass』(2017)、『Chords』(2019)などでエクスペリメンタル・ミュージック・マニアから知られていた音楽家だが、『I get along without you very well』では楽器演奏はもとより、アークブロはその美しい歌声を披露している。
そしてこの作品にはコラボレーターがいる。スウェーデンのマルチインストゥルメンタリスト、ヨハン・グレイデンである。1991年生まれの彼はどちらかといえばオーセンティックなジャズの領域で活動しているようだが、彼の技巧的な演奏や編曲は、アークブロのクラシカルで実験性と非常に良い対称性を描いていて、素晴らしいコラボレーションだと思う。
彼と共に作り上げた本作は、アーティストとプロデューサーという関係ではないのだろう。アークブロとグレイデンはおそらく対等の立場で曲を作りあげているのだ。ふたりは作曲・編曲のみならずミックスも手がけている。まさに協働作業といえよう。
じっさい一聴してみると分かるが、『I get along without you very well』は、アークブロの滋味に満ちた歌声を聴くことができる「うたもの」としての魅力に加えて、音と音のタペストリーのような演奏と編曲による豊穣な音世界を展開している。
声と音。声と楽器。それらが溶け合っていくことで、慎ましやかで、繊細な音楽が立ち現れる。そのアンサンブルの構築に、グレイデンの技巧的な編曲の構築が非常に重要だったのではないか。聴き込んでいくとわかってくるが、楽器と楽器の層によって生まれる音響には、どこか鳴っていないドローンがうっすらと響いているような錯覚をしてしまう。アークブロは「うたもの」である本作に、そのような鳴っていない「ドローン」の存在を紛れ込ませたのではないか。そんな妄想さえ抱くほどに、このアルバムの演奏/編曲は洗練されている。じじつ、収録されている楽曲は、静謐な響きを持続させながら、静かに、しかし緊張感を持って持続する曲ばかりである。
アークブロの「声」という意味では2015年にリリースされた Hästköttskandalen『Spacegirls』を思い出すマニアの方も多いだろう。いまや人気ドローン作家のひとりでもあるカリ・マローンらとのユニットである Hästköttskandalen は、『I get along without you very well』以前にアークブロの声を記録した貴重なアルバムともいえる。
もちろん『I get along without you very well』の方がよりヴォーカリストとして成長(?)している。少なくとも彼女の声が楽曲の重要な部分を占めているし、ある意味、アルバムに収録された曲の要ともいえるのだから。
全8曲収録されているが、個人的にはアルバムの最初のハイライトは3曲目 “All in bloom” と4曲目 “Never near” だ。特に “All in bloom” に静かにレイヤーされていく管楽器の響き/持続には、どこかジム・オルークの『ユリイカ』を思い出してしまった。この曲だけではないが聴き込むほどに細かな仕掛けやアレンジ、サウンドの妙に気がついくる。たとえばザ・ビーチ・ボーイズ/ブライアン・ウィルソン『ペット・サウンズ』からの引用(ある曲のベースラインだが)にも気が付くだろう。ポップ・ミュージックの歴史への意識(参照)も忘れていない点に、90年代のシカゴ音響派的な歴史意識も強く感じることができた。
ともあれ、このアルバムは素晴らしい。何回でも聴きたくなるし、特に疲れ切った日の深夜に聴くと(耳を傾けると、というべきかもしれない)、本当に心身に染み込む。卓抜だが慎ましやかな演奏が音の層を生み出し、そこにアークブロの素朴にして美しい歌声のアンサンブルが大きな波を描くように響く。聴き手はただその波に身を委ね、音楽の直中を浮遊するように漂っていけばいいだけだ。なんて「贅沢」な音楽体験だろうか。まさにタイムレスなアルバムである。
イギリスの批評家マーク・フィッシャーの『奇妙なものとぞっとするもの』の日本語訳が、先日 ele-king books の一冊として刊行された。本書は日本語に訳されたフィッシャーの著書としては『資本主義リアリズム』、『わが人生の幽霊たち』、『ポスト資本主義の欲望』に続く四冊目に当たる。これらのうちでおそらく最も有名な『資本主義リアリズム』は、ドナルド・トランプのアメリカ合衆国大統領就任と著者フィッシャーの自殺がほぼ同時期に起きたあの悪夢のごとき2017年の翌年である2018年に邦訳が出版され、資本主義とは異なる社会的組織化の原理をもった世界を想像することさえ困難になってしまった現在の私たちを取り巻く生と思考の諸条件をクリアに描き出してみせた絶望的なまでにリーダブルな書物として、日本でも大きな話題となった。それゆえ多くの人にとってマーク・フィッシャーの名は、『資本主義リアリズム』の著者として、同書における怜悧で核心を突くような政治的社会的考察の数々とともに記憶されているに違いない。彼の晩年の講義録であり最近邦訳が刊行されたばかりの『ポスト資本主義の欲望』は、2010年代に入ってからのフィッシャーがゼロ年代後半にみずから提示した暗鬱たるヴィジョンからの逃走線を、いやむしろ構築線とでも呼ぶべきものをいかにして引こうとしていたかを生々しく物語るものとなっており(ジェルジ・ルカーチの『歴史と階級意識』とヘルベルト・マルクーゼの『エロスと文明』があのような仕方で再評価されるなどといったい誰が予想できただろうか)、『資本主義リアリズム』に感銘を受けた多くの読者の期待に応えるものとなっている。「出口なし」の状況、個人主義的な快楽主義の規範のなかで見失われる集合的な享楽の可能性、「新しいもの」や実験への欲望に対して絶えず加えられる新自由主義的な抑圧──そのような条件のもとで実存的に窒息しかけながら、打開策を求めて必死で手探りし続けている人々に、翳りを帯びた表情で、しかしユーモアを忘れずに内在的な救いの手を差し伸べる。マーク・フィッシャーとはそのような人だった。現代大陸哲学の確かな知識にもとづき政治と社会を縦横無尽に論じてゆく左派のブリリアントな「理論家」としてのフィッシャーの姿が、そこには明瞭に記録されている。
他方で、『わが人生の幽霊たち』と『奇妙なものとぞっとするもの』の二冊にはフィッシャーの別の相貌が映し出されている。すなわち、「理論家」としての政治的フィッシャーに完全に統合されているとは言いがたい、「批評家」としての美学的フィッシャーである。周知のとおりフィッシャーは90年代にウォーリック大学の哲学科で学び、博士号を取得している。当時そこでは異端のドゥルーズ&ガタリ派哲学者ニック・ランドが教えており、レイ・ブラシエやイアン・ハミルトン・グラントやロビン・マッカイといった、思弁的実在論と呼ばれる大陸系哲学運動の中核をのちに担うことになる人々も学生として籍を置いていた。フィッシャーは彼らと晩年まで友人であり続ける。彼が一見すると『資本主義リアリズム』での自身の立場と正反対に見えるもの、すなわち加速主義──イギリスではランドを通じて広められた、資本がもたらす認知的かつ技術的な生産のプロセスを徹底的に加速させることで資本主義そのものを内破させることができるとする立場──に積極的にコミットする姿勢を見せたのにもそのような背景がある。しかしフィッシャーは初めからウォーリック大学にいたわけではない。ランドとともにあの伝説的な CCRU(Cybernetic Cultural Research Unit)を立ち上げたセイディー・プラントが96年に同大学に移ってくるまでは、70年代以来カルチュラル・スタディーズの牙城であったバーミンガム大学で学んでいた。つまり彼はもともと、スチュアート・ホールやポール・ギルロイの系譜に属するカルチュラル・スタディーズの研究者(の卵)だったのである。94年には雑誌『ニュー・ステイツマン』にオアシスやブラーに代表されるブリットポップの反動性を批判した記事を寄稿する傍ら、D-Generation という「パンクの幽霊に取り憑かれたテクノ」をコンセプトとしたグループで「Entropy in the UK」というEPを発表し、音楽批評家サイモン・レイノルズの目に留まったりもしている。したがってフィッシャーの活動の中心には当初から音楽が、それも文化全体への批判的視点に貫かれたものとしてのパンク(もしくはポストパンク)があったのだと言われねばならない。
以上のとおり「批評家」としてのフィッシャーは、ポピュラー文化が生み出した諸々の作品、あるいはより正確に言えば「文化的生産物」のうちに、解放的未来への政治的想像力を活気づけるようなエッジの効いた美学的ポテンシャルを探ろうとする立場をとっていた。資本主義リアリズム(サッチャー的な「この道しかない=オルタナティヴなど存在しない」)への政治的批判と、加速主義(パンク的な「未来などない=未来の幽霊の声を聴かなければならない」)への美学的コミットメントという二つのパースペクティヴの不安定な総合を試みるルート、抑鬱への傾斜をも含んださまざまな危険に満ちたルートを歩みつつあった彼の姿は、2000年代の前半から彼が自身のブログ K-Punk や『The Wire』などの雑誌に発表してきた音楽、小説、映画、テレビドラマといった多彩なジャンルの生産物を取り扱うテクストからなる『わが人生の幽霊たち』(原著は2014年に出版)においてとりわけはっきりと確認することができる。そこでフィッシャーは、ザ・ケアテイカーやブリアルといったミュージシャンたちを「アンイージー・リスニング」の実践者、失われたユートピア的未来の亡霊を絶えず回帰させるような「憑在論」(哲学者ジャック・デリダの用語)の美学の実践者として、力強く支持することになる。この「憑在論」の美学に関して強調されねばらないのは、そこで念頭に置かれている聴取のタイプが、80年代リバイバルやヴェイパーウェイヴなどに見られるような明らかに自己慰撫的な「ノスタルジー・モード」(批評家フレドリック・ジェイムソンの用語)の聴取のそれとはまったく似て非なるものであるということだ。幽霊や亡霊の形象を動員することでフィッシャーが試みているのは、私たちの眼と耳を私たちの慣れ親しんだ世界のイメージから引き剥がして、見慣れないもの、よそよそしいもの、異邦的なもの(the alien)のほうへと向けなおさせることである。フィッシャーの美学的格率が述べるのは、私たちは自身の思考をつねに「外部(the outside)」へと方向づけておかなければならない、ということだ。
『わが人生の幽霊たち』と同じく五井健太郎によって日本語へと訳されたフィッシャー生前最後の著作『奇妙なものとぞっとするもの』は、何よりもそのような「外部」の概念の具体的な練り上げを試みたものとして読むことが可能な書である。本書では、ホラー小説とSF映画と(広義の)実験音楽とが同じ概念的道具立てによって論じられるが、そこで基軸となるジャンルはホラーだ。このことは、ダルコ・スーヴィンの『SFの変容』が典型的であるように、批評的評価の観点からは伝統的にSFのほうがホラー(ファンタジー)よりも意義深いものだと見なされてきたことを踏まえるならば意外に感じられるはずである。さらにフィッシャーは、本書の序でみずから定義する「奇妙なもの」と「ぞっとするもの」という二つの概念を用いることによって、ホラーやSFをめぐる批評的言説の世界でこれまで覇権的な地位を占めてきた「不気味なもの」という精神分析的な概念を乗り越えることを企てる。「奇妙なものやぞっとするものを「ウンハイムリッヒ」なもの〔=不気味なもの〕の一部と見なすことは、外部から世俗的なものへの撤退の徴候である。広範に見られる「ウンハイムリッヒ」なものにたいする偏重は、ある種の批判〔critique〕へと向かう衝動に対応するものであり、そしてこの批判はつねに、内部の穴〔gaps〕や行き詰まりを通じて外部を処理することによって作動する。だが奇妙なものやぞっとするものはこれとは反対の動きをおこなう。すなわちそれらは、外部の視点から内部を見ることを可能にするのだ」(邦訳、14頁)。外部を内部化し、幽霊をドメスティケートしてしまう精神分析および「不気味なもの」の概念を拒絶したうえで、内部をいかなる意味でもその相関項ではないような外部の視点から掴み返し、幽霊をオイディプス的三角形から解放して猛り狂わせるような戦略をフィッシャーはとる。これは批判/批評への反逆でもあるのだ。また、ここでのフィッシャーの「不気味なもの」概念の批判(あるいはむしろ「批判の批判」)には、先述した通り彼と近しい間柄であった思弁的実在論の哲学者たちが「相関主義」──カント以来の、したがって「批判/批評哲学」以来の大陸哲学に支配的であった傾向──への批判として展開した議論とよく似た点があることも指摘されるべきだろう。ホラーの概念的ポテンシャルを展開することで、外部を内部と相関させることなく、しかもあまりに難解な表現に頼ることなく、素面で思考する方法を彼は開発しようとしたのだ、と言ってもよい。本書におけるグレアム・ハーマンやレザ・ネガレスタニやベン・ウッダードへの参照は、フィッシャーが友人たちのそうした哲学的思弁の冒険に対してある種の親近感を抱いていたことの証左を与えている。
さて、しかしそうなってくると問題は──なお、本書の訳者である五井が原語の多義性に配慮して「奇妙なもの」という包摂度の高い訳語を充てた “the weird” は、H・P・ラヴクラフトのクトゥルー神話や日本における怪談に相当するゴシックとの結びつきがはっきりと意図されている概念である以上、私個人は「怪奇なもの」あるいは「奇怪なもの」と強く訳すのが妥当ではないかとやはり思ってしまうのだが、それはともかく──「不気味なもの」の「批評/批判」を超えるための概念がなぜ二つあるのか、ということになりそうである。もっと踏み込んで言うなら、「外部」はなぜ二つ存在しなければならないのか、ということだ。それに関連することとして、フィッシャーが「奇妙なもの」と「ぞっとするもの」を恐怖(horror / terror)の情動に必ずしも結びつくものではないとしている点も注目に値する(邦訳、10頁参照)。この二つの「外部」の存在様態は、恐怖へのゲートとしても十分に機能するが、そうならないように機能することもできる──それはなぜなのか。このような問いに納得のいく答えを与えることは、この短い紹介記事ではもちろん到底なしえない。しかし、「何にも属していないもの(that which does not belong)」というフィッシャーによる「奇妙なもの」の定義が、アラン・バディウの哲学における「出来事とは状況へのその所属〔appartenance; belonging〕が決定不可能であるような多のことである」という主張を思い起こさせるという事実から、少なくとも彼がどのような狙いのもとで、「奇妙なもの」は「モダニズム的な作品や実験的な作品」にしばしば見出されるものであり、「新しいもの」の指標となるものだと述べているのかを推測することはできる(邦訳18頁)。それは「理論家」フィッシャーの関心事であるポスト資本主義的世界の実現可能性という問題に、おそらく深く関わっている。すなわち、その世界は、いまだ資本主義的世界の想像力のなかに生きる私たちにとってはたいへん「奇妙なもの」と感じられるに違いないが、にもかかわらず、私たちはそれを享楽しようとするポジティヴな感情をもつことができる──そのような含意が、「奇妙なもの」に関するフィッシャーのさまざまな記述からは浮かび上がってくるように思われるのだ。
他方で、「不在の失敗や現前の失敗によって」構成されると言われる「ぞっとするもの」が、運命論(fatalism)と行為主体性(agency)に関わるとされているのは、これもやはり『ポスト資本主義の欲望』における「資本には媒介する力(エージェンシー)があります」(邦訳174頁)という発言と関連づけて読まれるべきであろう。『奇妙なものとぞっとするもの』では資本自体がそもそもあらゆる点で「ぞっとするもの」であることが述べられている(邦訳15頁)。「ぞっとするもの」の概念は、いるはずなのにいない誰か(現前の失敗──遺跡)やいないはずなのにいる誰か(不在の失敗──幽霊)への回路を開く「ケア」的なニュアンスをもつものと解釈することもできるが、他面では、徹底的に非人称的で脱中心化された運命の車輪──私たち自身が始めたものであるはずなのにその終わりを想像することができなくなってしまったもの──としての資本主義という恐ろしいイメージに通じているものでもあるのである。「ぞっとするもの」という情動はそれゆえ、「外部」のネガティヴな存在様態としての側面をもつと言っていいだろう。むろん、ネガティヴであってもこの情動を通して私たちは、「外部」としての世界についての認知地図を拡張する機会を手に入れられることに変わりはないのだが。
必ずしも恐怖に結びつくわけではないとはいえ、それでもジャンル・フィクションとしてのホラーとの結びつきが強固な二つの「外部」概念である「奇妙なもの」と「ぞっとするもの」をどのように読み解いていくかは、読者に委ねられている。ここまでの紹介で誤解させてしまっていないことを願うばかりだが、本書『奇妙なものとぞっとするもの』は、難解な哲学書の類いではまったくない。取り上げられる作品や作家は具体的かつポップであり、フィッシャーの筆致はつねに明快でありヴィヴィッドでさえある。にもかかわらず、ここまでの紹介が示してきたとおり、フィッシャーの「理論家」的テクストと「批評家」的テクストを今後私たちが総合的に読もうとする際には、『奇妙なものとぞっとするもの』は間違いなく鍵となるような内容を含んでいると判断される書物なのである。「批評/批判」が前提とするようなジャンル間ヒエラルキーを疑いつつ、「不気味なもの」によってドメスティケートされない「外部」を思考すること、そのような普遍的(でおそらくは集合的)な理論的課題に取り組みつつも、個体的で特異的な作品や作家と向きあい、そこに表現されている幽かな行為主体性を言葉で掬いとることを、たとえその行為が淡々としすぎていてほとんど淡白に近いものになる瞬間があったとしても、本書においてフィッシャーは一切怠っていない。そこで賭けられているのは、自己の行為主体性を信じるのと同じくらい、運命の奇怪な力、あるいはむしろ運命のなさの不思議な力を感じつつ、世界そのものの行為主体性を信じることだ。それは決して簡単なことではないだろう。だからこそ、そのようなことが目論まれた書物は──ラヴクラフトが作り上げた架空の/ハイパースティショナルな書物『ネクロノミコン』がそうであるように──千年でも二千年でも、永遠に、読まれそして読みなおされることができてしまうのである。本書「も」また、そのような呪われた書物の一冊、ぞっとするほどにポップで、怪奇/奇妙なまでに希望に満ちた書物の一冊なのだということは、もちろん、言うまでもない。
LGBとTの間に大きな溝ができるなど性自認をめぐる議論が急拡大するなか、性自認の上位概念にあたる「自認」、つまりは自分は何者かという問題意識がかつてなく高まっている。アイデンティティという言葉にしてしまうと古臭い議論のように思われがちだけれど、既存の社会が多様性を受け入れられるかという最新のコンフリクトが背景にあることを考えると、アイデンティティの着地点はかつてなく複雑で、見たことのないものを探り出す作業に近くなっている。この問題に現在、思春期の課題として未曾有の経験をしている人たちにノンバイナリーとアンドロジーニアスの区別もついていないような年長者が口を出すのは不可能だと思えるほど環境や前提が異なっていることは僕も自覚しているつもり。アンビエント・ミュージックの思想的な背景にアイデンティティが大きなファクターとなっていると最初に気づいたのは、しかし、ジョニ・ヴォイドの作品を初めて聴いた時だった。3年前、自分自身をテーマにしたアンビエント・ミュージックというのはかつてなかったのではないかと僕は思い、彼の『Mise En Abyme』を「昔の自分を再構築する作品だと解釈した。その後、彼と同じようにアイデンティティをテーマにしたアンビエント・ミュージックにはいくつか出会うようになり、年末号のエレキング本誌で少し整理してみた。最近ではナタリー・ベリツェ『Of Which One Knows』が素晴らしい作品だったと思っている。『Mise En Abyme』の1年前に、そして、イタリアのミラノで、グリエンコというプロデューサーがそれまで手掛けていたテクノ作品とはかけ離れた作品をリリースするために〈CyberspeakMusic〉というレーベルを立ち上げ、『Reprogramming Identity(アイデンティティをプログラムし直す)』というコンピレーションを編んでいる。〈CyberspeakMusic〉のコンセプトはちょっと難解で、言語が確立されたことに対して感じる反抗や順応、魅惑と失望、そして新しい言語の魅力とフラストレーションが彼らを構成する原理だと謳っている。人間が言語を習得することをフロイトは去勢といい、それによって失われるものがあるという議論を引き継いだものなのか(音楽家には常に大きな課題だろう)、それとも言語の意味がもっと限定されて使われているのかはわからない。いずれにしろ、そのような高度ながら切実なテーマを叩きつけたコンピレーションに参加していたのがカタトニック・シレンシオことマリアキアラ・トロイアニエロだった。トロイアというのはイタリア語で売春婦を罵る言葉なので、これが本名というのはちょっと驚きつつ。
〈Bristol NormCore〉からリリースされたトロイアニエロのデビュー・アルバムは『Prisoner Of The Self(自分自身の囚人)』(20)と題され、ブレイクコアやインダストリアル・ブレイクビーツで固められていた。ベース・ミサイルにドラム・シャウトが炸裂するテクノロジーの反逆と喧伝されているように、なかなかに不穏な雰囲気が充満し、彼女がフラストレーションの塊なのはいやでも伝わってくる。ユニット名として採用されているカタトニック・シレンシオとは「緊張で体が固まった沈黙」を意味し、彼女が社会にうまく溶け込めていない状態も容易に想像できる。同じイタリアのジネーヴラ・ネルヴィがルッキズムを俎上にあげ、同じように社会との軋轢を表現していることにも通じるものはあるだろう。トロイアニエロの場合、デビュー・アルバムの時点では無理やり体を動かした結果がこうした音楽性を呼び込むことになり、動けない体から暴力衝動への飛躍はまさに「アイデンティティをプログラムし直」したという意味にも取れる。100ゲックスやリョウコ2000などブレイクコアは思春期の表現として完全に定着した感があり、殻を破りたいという衝動がそこには投影されているのだろう。ズリやエルヴァを起用した同作のリミックス・アルバムを経て、トロイアニエロが〈Ilian Tape〉から21年にリリースしたミニ・アルバムは『Tabula Rasa(白紙)』と名付けられ、囚人という状態からは抜け出せたのかなということもなんとなく窺わせる。そして、「白紙」の次に彼女が描いたのは同じく〈Ilian Tape〉から『Les Chemins De L'inconnu(未知の道)』という前向きなヴィジョンであった。実は彼女の作品で僕が最初にいいと思ったのは〈CyberspeakMusic〉からリリースされた「Emotional Gun」(19)というシングルで、『Les Chemins De L'inconnu』はまったくの未知に切り込んだわけではなく、彼女の作品には整然とした連続性があり、『Les Chemins De L'inconnu』は「Emotional Gun」を下敷きにした発展形にあたる。嫌がらせのような音を集めているようで、しかし、どことなく安心感もある “Tundra” が安心そのものをモチーフにした “Dans Le Cadre Du Relief” に、ライムやペシミストを受け継ぐ “Sub_Versive” や “Path Of Uncertainty” が “Le Réveil Du Combattant” や “Fluctuation Languide” にスケール・アップ。ゴシック沼にはまった “Hypothèse D’Hypnose” などは新たな傾向だろう。「Emotional Gun」に漲っていた奇妙な熱は少し冷めたものの、『Les Chemins De L'inconnu』は全体にアブストラクト度を強め、奥行きのある世界観に掘り下げられている。呪術的で、包み込まれるような感じはヘルムがマッシヴ・アタックをリミックスしたら……というか。
LGBとTの間に大きな溝ができたことでクィアという単語が死語みたいになってしまうとは数年前は思いもよらなかった。エマ・ワトソンがJ・K・ローリングの発言にエクスキューズを挟んだのが2年前。トランスジェンダーに対するバックラッシュはいまや国連決議にも及び、世界初の性適合手術を扱った『リリーのすべて』(15)を観直したら果たしてどう感じるのかまったく見当がつかない。クィアという単語が今年に入っていきなり逆噴射のように使われだしたのはビヨンセ『Renaissance』のアルバム評で、それではまるで『Renaissance』をノスタルジーに沈めようとするも同然ではないかと思い、サンプリングのことだけを言うならまだしも全体としてはそんな作品ではないと思った僕は1回も使わなかった。でも、それは間違っていたのかもしれない。『Renaissance』にはクィアという言葉が表していた時代を懐かしむ面もあり、現在だけがすべての作品ではなかったのだろう。ビヨンセでさえ、自分が何者であるかと戸惑う曲を冒頭においていたことが、こうなってくると、これがアイデンティティに苦しめられる時代なのだと観念するしかない。多様性の副作用。そういえば「ナンバー・ワンよりオンリー・ワン」という価値観に苦しめられた時代が日本にもあり、あの時とはレヴェルが違う騒ぎが欧米を中心に巻き起こっていると考えればいいのかも。
年末は今年リリースされた作品を振り返る時期で、『ele-king』誌でも今年の年間ベスト・アルバムのジャズ部門を選出した。そのなかにはいろいろタイミングがズレてしまってレヴューで取り上げなかった作品があり、リリースは夏頃となるがドミ&JDベックのデビュー・アルバムもその一枚だ。ジャケット写真を見てもおよそジャズ・ミュージシャンらしからぬ2人組で、とにかく若い。
ドミ・ルーナことドミティーユ・ドゴールはフランスのメス生まれの22歳で、フランス国立高等音楽院卒業後にボストンのバークリー音楽院に留学。そのままアメリカへ移住して活動しているが、3歳でピアノ、キーボード、ドラムスの演奏をはじめ、5歳でナンシー音楽院に入学してジャズとクラシックを学びはじめたという才女だ。
JDベックはテキサス州ダラス生まれの18歳で、5歳でピアノをはじめた後に9歳でドラムスに転向し、12歳のときには楽曲制作を開始している。10歳の頃にはエリカ・バドゥのバンドでドラマーを務めるクレオン・エドワーズや、スナーキー・パピーのドラマーのロバート・シーライト、ソウル・ミュージシャンのジョン・バップなどと共演し、その教えを受けているという早熟ぶりだ。共に幼い頃からその天才ぶりを謳われた神童である。
ふたりは2018年にロバート・シーライトの誘いで、アメリカ最大の音楽イベントであるNAMMに出演する。最初の出会いとなったそれ以降も連絡を取り合うようになり、1ヶ月後にはエリカ・バドゥのバースデー・パーティーで再び共演し、ふたりは音楽制作と定期的な演奏活動をスタートする。カリフォルニアを拠点とする彼らは、2019年はサンダーキャット、アンダーソン・パークなどのバック演奏に抜擢され、プログレッシヴ・ロック・バンドのチョンと全米ツアーもおこなった。ふたりの才能が認められるのにさほど時間は掛からず、ハービー・ハンコック、フライング・ロータス、ルイス・コール、ザ・ルーツといった名立たるアーティストとの共演が続く。
YouTube上にも数々の動画をアップし、なかでも2020年に急逝したMFドゥームの『マッドヴィレイニー』へのトリビュート動画が、その凄まじい演奏テクニックもあって話題となる。2020年にはアリアナ・グランデ、サンダーキャットと一緒に出演したアダルト・スウィム・フェスティヴァルで、サンダーキャットの “ゼム・チェンジズ” の演奏が大きな反響を呼び、ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークが組んだブギー・ユニット、シルク・ソニックのシングル曲である “スケート” を共同で作曲。こうしてアルバム・デビュー前からドミ&JDベックは大きな話題となっていた。
そして2022年の4月、アンダーソン・パークが〈ブルーノート〉傘下に設立した新レーベルの〈エイプシット〉から、ファースト・シングルの “スマイル” をリリース。続いてアンダーソン・パークをフィーチャーした “テイク・ア・チャンス” や “サンキュー”、“ワッツアップ” などシングルを次々発表し、ファースト・アルバムの『ノット・タイト』をリリースと、2022年はドミ&JDベックにとって怒涛の進撃となった。
『ノット・タイト』はドミ&JDベックが自身でプロデュースをおこない、アンダーソン・パーク、サンダーキャット、ハービー・ハンコックとこれまで共演してきた面々に加え、スヌープ・ドッグ、バスタ・ライムズというラッパー陣、カナダのシンガー・ソングライターのマック・デマルコ、現在はドイツのベルリンを拠点に活動するジャズ・ギタリストのカート・ローゼンウィンケルなど、多彩なゲストを招いた作品となっている。ドミはキーボード、ヴォーカル、JDはドラムス、ヴォーカルを担当するほか、ミゲル・アトウッド・ファーガソンがストリングスとそのアレンジで参加する。
アルバムはクラシックの室内楽を思わせる “ルーナズ・イントロ” で開幕し、そのままJDのテクニカルなドラミングが圧倒的な “ワッツアップ” へと繋がっていく。“ルーナズ・イントロ” はクラシックの素養もあるドミならではの楽曲だ。“スマイル” はJ・ディラ以降のヨレたビートによるヒップホップ感覚、スクエアプッシャーやエイフェックス・ツインなどのドリルンベースなどの要素を注入したフュージョン作品で、ロバート・グラスパー以降の新世代ジャズをさらに更新した、言わばZ世代のジャズ。
サンダーキャットの歌とベースをフィーチャーしたAORジャズの “ボウリング” は、ほのかに漂うブラジリアン風味がパット・メセニーとトニーニョ・オルタの共演を彷彿とさせる。“ナット・タイト” でもサンダーキャットはベースを演奏し、ミゲル・アトウッド・ファーガソンのストリングスも加わる。JD、サンダーキャット、ドミのドラム、ベース、キーボードのソロの応酬が聴きごたえ十分。全体的にはとてもテクニカルでプログレ的な楽曲なのだが、不思議と難解さはなくてどこかポップでさえあるところがドミ&JDベックの持ち味である。
マック・デマルコが歌う “トゥー・シュリンプス” は、クールで抑えたヴォーカルに幻想的なドミのコーラスがまとわりつく。チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーを現代にアップデートしたようなナンバーだ。“ユー・ドント・ハフ・トゥ・ロブ・ミー” はドミとJDがデュエットするナンバーで、浮遊感のある不思議なメロディ・ラインが印象的。アメリカのジャズっぽくもなく、かといってイギリスやヨーロッパのジャズでもなく、通常のジャズの文脈から外れた個性的な作品。フライング・ロータスの〈ブレインフィーダー〉周辺らしい楽曲かもしれない。
ハービー・ハンコックがピアノとヴォーコーダーで参加する “ムーン” は、およそ60歳もの年齢の開きがある両者による夢のような共演が実現。ハンコックがこうした若い世代と難なく共演するところが凄く、そんなハンコックと対等に渡り合える技術や感性を持つドミ&JDベックの才能の証でもある。“テイク・ア・チャンス” ではアンダーソン・パーク、“パイロット” ではアンダーソン・パーク、バスタ・ライムズ、スヌープ・ドッグらと共演し、ジャズの枠に収まらないドミ&JDベックの音楽性の広がりを表現。カート・ローゼンウィンケルと共演する “ウォウ” は、ジャズというより限りなくプログレに近いような超絶技巧のフュージョン。“スペース・マウンテン” や “スニフ” も同様で、アドリブの発想が自由で天才的。ファースト・アルバムでこの完成度、20歳前後という若さや伸びしろがあるふたりがこの先どんな進化をしていくのか、末恐ろしさを感じさせる。
日本語をいかにリリックとラップで操るか──その一点の革新性において、日本語ラップが大きな転換期を迎えた。これは、KOHH 以来となる大きな変化と言えるだろう。『ele-king vol.30』掲載、2022年ベスト・アルバムについてのテキスト(12月27日発売)で、私は次のように記した。「2022年は、Watson の年だった。雑多なサウンドがひしめくフェーズへとシーンが突入しているからこそ、圧倒的な強度のリリックとラップを矢継ぎ早にドロップし続けた彼が、シンプルに勝者である」と。先日、早くも今年2枚目となるアルバム『SPILL THE BEANS』を発表したばかりの Watson だが、そもそも春にリリースされた『FR FR』すらいまだ十分に語られていない。すでにヘッズの間では確固たるプロップスを築き上げているこのラッパーに対し、尽くされるべき言葉はあふれている。
以前から “18K” といった曲で垣間見えていた彼のクリエイティヴィティがいよいよ結実した『FR FR』は、次々に繰り出されるラップの集積が、カットを積み上げ延々とフィルムを回し続ける映写機のような技巧で生み出されている。この忙しなくオーヴァーラップし続ける映像的なラップこそが彼のオリジナリティだ。と同時に、映画のごとく移りゆくその描写には、日本語ラップに脈々と受け継がれてきたあらゆる断片も観察できる──RHYMESTER の鋭い一人称、キングギドラの体言止め技法、BUDDHA BRAND のナンセンスな言語感覚、 SEEDA のユーモア──それらすべてを。
1曲目の “あと” から、センスが猛威をふるっている。「金と/あと/知名度/あと/お化粧/加工/が上手い女の子」というリリックから「あと」をタイトルに抜き出す感覚が斬新だ。めくるめくラップを次々に発していくスタイルを、「あと」という一言でサクッと象徴させる軽やかさ。一方で、「踵踏まない大事に履く靴/靴 今トヨタ プップ/No new friends 今ので十分/あの子気になるおれのクリスマス/その日も見えない所skill磨く」というお得意のリズミカルなリリックによって「毎日磨くスニーカーとスキル」(Lamp Eye “証言”)といったクラシックへさり気なくオマージュを捧げることも忘れない。
映写機のごとく回り続ける技巧が最も機能したのは “BALLIN” である。言葉をころころ転がすような早口と叙情的なメロディが同時に奇襲するこの曲は、「辞めたタバコ好きだったナナコ/徳島サッカーのみな産む赤ん坊/ピカソじゃないパブロの真似/古着買ったTommy/そからballin黒髪でもballin/簡単に思い浮かぶ絵/最終は俺が勝つgame」というラインで、パラパラ漫画を彷彿とさせるシーンの転換が見事になされる。さらにはそのような場面展開が、ただことばの次元に留まるのではなく運動となってイメージを喚起する点が Watson の独自性であろう。たとえば、“DOROBO” の「夜書く汗と けつ叩く歌詞を/前行く為でしょ 人間足ついてる2本/関係ないパンパン膨らませるお下がりの財布も/プレ値がパンパンついた服着るおれ丁度いいサイズを」というライン。ここで「人間足ついてる2本」という映像的なリリックを差し込んでくる才能には、ひれ伏すしかない。この2本の足は “I’m Watson” で「金なくって乗れないタクシー都合いいよ俺には/歩きながら書いてるリリック1年前の俺21」というリリックに接続され、見事なモンタージュを見せる。“Living Bet” における、「持つペンが手首につける腕時計」や「枯れる事知らないタトゥーの薔薇」というラインも同様である。耳にするすると飛び込んでくる発音が「腕時計」や「薔薇」というイメージとして立ち上がり視覚へと昇華されるさまは、極めて立体的な視覚性に満ちている。
そもそも、ラップのスキルが桁違いではないだろうか。ハッキリとした活舌が基盤にあるのはもちろんだが、“DOROBO” での「ZARA menのジャケット」「PRADA」など、炸裂する巻き舌が楽曲を随所でドライヴさせる。音程を上げることで高揚感を効果的に演出する技も見事で、同じく “DOROBO” での「なけなしの金」や “I’m Watson” での「チョップ」「パーティ」など、メロディアスなラップのなかでもさらに強弱をつけることで各シーンを映し出すカメラが躍動し続ける。
群雄割拠のラップ・シーンにおいて、いま、高い技術を持ったラッパーは数多くいる。しかし、ここまでスキルフルで独創的でありながらも模倣を促すようなチープさを感じるラップは、それこそ KOHH 以来と言えるだろう。もちろん、その間に LEX や Tohji といった素晴らしい演者もいた。ただ、LEX のラップの新規性はフロウの多様さにあり、Tohji のラップの革新性はラップというフォーム自体の解体作業に宿っている。一方で Watson のラップは、「誰もが真似しやすくゲームに参入しやすい」民主性に則っており、その点で KOHH が『YELLOW T△PE』とともに現れた2012年以来、約10年ぶりにゲーム・チェンジャーとして抜本的にルールを変える力を秘めている。
私は『FR FR』を聴き、随所に用意されたユーモアへ宿る哀愁についてチャールズ・チャップリンを連想せずにはいられなかった。この徳島の若きラッパーが膨大なカットを積み上げ延々と回し続ける映写機によって映し出すのは、「裁判所で泣くママ治すZARA menのジャケット/先輩かばってももらえない約束のお金/これで稼いで贅沢させるマジ/友達にvvsあげたい」といった、哀しみに支えられたユーモアである。ここには、チャップリンの『街の灯』のような、普遍的なドラマ性を支える必死の運動がある。
Watson の時代が来た。日本語ラップの新たなスクリーンが幕を開けたのだ。
