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F

F

Energy Distortion

7even Recordings

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野田 努   Apr 05,2010 UP

 先行リリースされた同タイトルの12インチ・シングルにおけるアントールドのリミックスがすでに話題となっているフレンチ・ダブステッパー、フォローレン・アウペティ、通称"F"のデビュー・アルバムだ。Fはフランスのシーンにおける草分けのひとりで、彼の地で最初のダブステップ・レーベル〈セヴン・レコーディングス〉の看板アーティストである。デビューは2008年で、この年にはFともっとも作風が近い2562がファースト・アルバムを発表している。

 『エナジー・ディストーション』は、現在のダブステップの広がりを確認する1枚としてもすでに話題となっている。僕と同年代の人間はフレンチ・テクノのパイオニア、ロラン・ガルニエと彼の〈F.コミュニケーションズ〉を重ね合わせてしまうだろう。またしてもデトロイトからの影響が深く刻まれているからだ。
 あるいは、このアルバムはいまのダブステップ・シーンのある局面を強調している。ガラージとテクノの中間に位置しながらベルリンのミニマル・ダブが響いているという例の路線、2562やマーティン、あるいはロンドンからベルリンへ移住したスキューバらが押し進めている路線だ。そういう意味で目新しさはないと言えばない。ダブ処理もずいぶんと素朴で、真っ当と言えば真っ当である。が、それでも『エナジー・ディストーション』がシーンで温かく迎えられているのは、個々のトラックの出来の良さゆえだろう。リズムのプログラミングのセンスが良く、アントールドのような奇抜さはないが、素直なビートの心地良さがある。パーカッシヴな響きと、控え目だが効果的な電子音とのブレンドもうまい。すべてのトラックは滑っていくようにグルーヴィーで、それはこの人がダンスフロアからやって来たことを知らしめているのだろう。派手さはないが、DJやダンサーたちに愛される類の音楽なのだ。もちろん、ベーシック・チャンネルやチェイン・リアクションのように家のなかでも繰り返し再生されることにもなるはずだ。
 "シフト"はエイフェックス・ツインの初期のアンビエントを彷彿させるようなキラキラとした響きを有している。"アナザー・プレイス"はガラージのリズムを下地にしながらホコリにまみれた路上から遠く離れ、クリーンで透明感のある空間で鳴っている。"ホログラム"はジェフ・ミルズめいたパーカッシヴなミニマリズムのトラックにダブのベースとエフェクト処理をかませている。"スペースウォーカー"のようなトラックではミニマル・テクノのクリシェをそのまま使っているものの、リズムトラックが入ってきた瞬間にそれを新鮮な次元へと瞬間移動させる。

 アートワークも秀逸だ。UKダブステップのダークなイメージとは異なる、まるでラウンジ・ミュージックのジャケットのようなエレガントなデザインである。こうした上品な洒落っ気が彼の抽象的な音楽にも反映されているように感じる。何はともあれ2010年のダブステップにおける最初の成果だ。しばらくのあいだ僕はこのアルバムの良さを訴えることになるだろう。

野田 努