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Martina Topley Bird

Martina Topley Bird

Some Place Simple

Honest Jon's

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野田 努   Aug 20,2010 UP
E王

 マルティナ......といえばトリッキーのデビュー・アルバムのパートナーで、シングル「オーヴァーカム」のジャケットを思い出す人もいまだに多いだろう。化粧をして女装したトリッキーの隣に座っていたチャップリン姿の彼女――デヴィッド・リンチの映画に憧れているような、ブリストルのエキセントリックでちょっといかれたカップルを気取ったあの写真だ。

 良くも悪くも、マルティナのキャラクターは、『マキシンクェーイ』で決定している。彼女はトリッキーが演出した残酷劇場のヒロインであり、暗い回廊の怪しげな案内人で、彼女はその役を見事に演じ、そしてトリップホップのファーストレディとなった。ビョークが太陽だとしたら彼女は月で、怪物に恋をする女だった。あのパーティの時代、女性シンガーはたびたび夢の世界のガイドを務めていたものだが、陽気な笑い声に飽きた連中が選んだのが、マルティナ・トプレイ・バードだった。

 あれが1995年だから、15年後の、そして彼女にとっての3枚目のソロ・アルバムがロンドンの〈オネスト・ジョンズ〉から出ることになった。『サム・プレイス・シンプル』は、マルティナが初めてトリップホップの呪縛から逃れた作品である......といってもこれは過去2枚――主にデンジャー・マウスと作ったセカンド・アルバム『ザ・ブルー・ゴッド』から選曲した11曲の新ヴァージョンと4つの新曲による、いわば編集盤である。そして、『サム・プレイス・シンプル』というタイトルが示しているように、トラックは彼女の歌と声を際だたせるためにいたってシンプルな構成へと差し替えられている。これは世話好きのデイモン・アルバーンのアイデアで(マルティナはザ・ゴリラズの『デイモン・デイズ』、マッシヴ・アタックの『ヘリゴランド』にも参加している)、彼のスタジオで1週間かけて録音しなおしたという話だが、実際この路線は素晴らしい結果を生んでいる。

 耳障りなエレクトロニック・サウンドは控えめな生楽器に差し替えられている。ウクレレ、オルガン、エレクリック・ピアノ、タンバリン......音楽から肉ははぎ取られ骨と彼女の声だけが残されている。そしてサッドコアの女王と呼ばれたキャット・パワーもしくはポーティスヘッドのような"悲しい女"の感覚はより美しく研ぎ澄まされている。ウクレレで歌われる"ベイビー・ブルー"、オルゴールの音色とスキャットの"ダ・ダ・ダ"、物憂げなワルツ"オーキッズ"、エレガントでジャジーな"ヴァレンタイン"、ピアノの伴奏のみで歌われる"キス・キス・キス"......アルバムは支離滅裂だが、何度でも最後まで繰り返し聴いてしまう。どこにも到達することなく宙づりにされたマルティナは、しかし歌うことで呼吸しているようである。そしてリスナーは彼女がなぜ『マキシンクェーイ』のヒロインとなったのかをあらためて理解する。

野田 努