Home > Reviews > Album Reviews > Various Artists- MP3 KILLED THE CD STAR?
音楽とは、それが洗練され、熟練した技術を持っていれば良いというものではない。粗野で、歪で、ぎこちなく、だからこそ熱を持ちうるということは多々ある......どころの話ではない。シカゴ・ハウスやデトロイト・テクノ、あるいは電気グルーヴ......それらすべてのはじまりにおいては、初期衝動のみが持ちうる魅力があますところなく発揮されている。最初に彼らを歓迎したのは、したり顔の大人ではなく子供たちだ。
『MP3 KILLED THE CD STAR?』は、21歳のDJ、tomadが主宰するネット・レーベル〈マルチネ・レコーズ〉にとって初めてのフィジカル・リリースである(作品はいままですべて無料のダウンロードで提供している)。そして、レーベルにとって最初のコンピレーション・アルバムとなる本作は、新世代によるテクノ・パワーを嫌と言うほど見せつけている。
『MP3 KILLED THE CD STAR?』は表向きはメガミックスCDとなっている。が、オリジナルをダウンロードできるコードが記されたカードとダウンロード用のCD-Rが封入されている。以下、ダウンロードした収録曲について書いてみる。
パジャマパーティーズのキャッチーなヒップ・ハウス"MP3"は電気グルーヴに対する若い世代からのリアクションでのようだ。が、電気グルーヴがナンセンスを強調したのに対して、彼らは世界と向き合おうとする。「MとPと3を持って街に出ようぜ、引きこもり」「誰もいない校庭であの娘とダンスする」――斜に構えることなく、健康的とも言える言葉が連射される。「スティーヴ・ジョブスの言うとおり」というのはさすがにどうかと思うが、このシーンの勢いを代弁しているであろう曲である。
Syem(レーベルの創設メンバーのひとり)の"tv filter"は、ダブステップ以降のセンスを展開する。そして、収録アーティストのなかで唯一インターナショナルな活動をしているクォーター330(言うなればこの世代におけるケンイシイ)のロービット・ダンス・サウンドがそれに続く。コバルト爆弾αΩによる"Copyright of the Living Dead"もそうだ。暴力温泉芸者のホラー趣味、そしてアクフェンやマトモスを思わせるサンプリング使いを披露するが、音楽はミニマルなポスト・ダブステップに向かっている。
シルヴァニアン・ファミリーズの"Star Shower"は、いわゆるコミカルなカートゥーン・ハウスとしてはじまり、後半はコズミック・ディスコめいたフュージョンへと展開する。R&B調の女性ヴァーカルをフィーチャーした芳川よしのによる"Night Stars Dance"はジャズトロニックのポップ・ハウス思わせるようなキャッチーな曲で、レーベルの幅の広さを示している。
Gassyohによる"Scandinavia"はエレガントなディープ・ハウスだ。簡素なループと美しいアンビエンスからなるイントロの途中でベースが唸りはじめると、力強いビートが走り出す。根性の入ったトラックメイカーとして知られるラスベガスによる"Silly Gary"もまたドライヴ感のあるグルーヴィーなハウスで、okadadaの"Fictional Dawn"によるロマンティックなコズミック・ディスコへと続く。そして、10代のトラックメイカー、トーフビーツによるミニマルなヴォーカル・ハウス"朝が来るまで終わる事の無いダンスを"がはじまると、フロアはいよいよピークを迎えるのである。
アルバムの最後はレーベルにおける最強のカード、三毛猫ホームレスによる"トリキチ三平"だ。シュールでダビーなダウンテンポは夢幻的に、彼らのパーティがひとときの夢としてゆっくりと霧散していくような、そんな絶妙な温度で鳴り響いている。
アルバムを聴きながら、この国の極々初期のテクノ・シーンを思い出した。エネルギッシュで、向こう見ずで、自分たちでスピーカーを運びながらシーンを変えてやろうという心意気に満ちていたあの時代......。が、しかしこれはそんな郷愁を吹き飛ばす若々しい"現在"だ。これはレトロではない。彼らと同世代へのメッセージをも含んだ、mp3世代からの一撃。レーベルの周辺には17歳のmadmaidもいるし、レーベルに関わってはいないものの〈20禁〉のshitarabaもいる。
tomadによるライナーノートにはこう記されている。「物理法則から解放された仮想空間では、彼らを制御していた手錠もはずれる。クラスタからクラスタへと自由に闊歩する。リミックス、カットアップ、エディット、そしてフリーライド。使えるものは何でも使え。面白そうな所には何処にでも行け。質より量を、より多くのヘッドフォンとスピーカーを駆使して」
日本のテクノ・シーンの未来は明るいです。
野田 努