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奄美大島で生まれた松村正人がヒッピーにならなかったように、バルバトスで生まれたリアーナは、ラヴァーズ・レゲエが似合う自然派の美少女として彼女を売り出そうとした〈デフ・ジャム〉の期待を裏切るかのように自らの意志でソフト・セルを選び、そして"SOS"で使った。彼女の最初のアルバムの題名が『太陽の音楽(Muisc of The Sun)』だったことを思えば、それは挑戦的な行為だったと言える。ソフト・セルはポスト・パンクの時代に「夜が待ち遠しくてたまらない」と歌った、頽廃的なシンセ・ポップで知られるふたり組で、18才になる彼女は陽光を浴びながらワンピースを翻すことを止め、ハイエナジーが鳴り響く夜のダンスフロアへと向かったのだ。それが「エラエラエラエラ~」と歌った夜の雨の"アンブレラ"の大ヒットへと結実して、さらにセクシャルな"ドント・ストップ・ザ・ミュージック"へと展開する。そう......IDチェックのことを考えれば、『グッド・ガール・ゴーン・バッド』はそれなりに不良のポップだ。
『レイティッド・R』はバランスを崩してまでもポップ・アイコンとしての彼女のイメージをさらにダークに拡張したシンセ・ポップだったが(『NME』は彼女の暗い領域について語る上で、ニコまで持ち出す始末)、5枚目のアルバム『ラウド』は良くも悪くも均整が取れている。『レイティッド・R』のような驚きはないが、『グッド・ガール・ゴーン・バッド』のように全曲シングル・カットできるような、親しみやすい作品だ。
まずは、二木信が喜びそうな主題の"チアーズ(ドリンク・トゥ・ザット)"からはじめるか......。この曲を歌ったおかげで、22才の彼女は「酒を飲むのでしょうか」と質問されているそうだが、アメリカ社会はしかし酒に対して厳しい。日本がゆるすぎるとも言えるが、まあ、リアーナの"チアーズ(乾杯という意味ですね)"はそういう意味では二木的な愛国心を満たしてくれる曲とも言える。
僕がもっとも好きな曲は、ドレイクをフィーチャーした"ホワッツ・マイ・ネーム"ではなく、ラテンのソウルみなぎる"マン・ダウン"だ。レゲエのリズムを思い切り打ち出している曲はセカンド・アルバム以来だが、しかしこの曲における彼女はセクシャルな闘牛士だ。「ラム・ババババム、ラム・ババババム、ラム・ババババム、ラム・ババババム~」、もしこの曲がシングル・カットされたら絶対にゲットしよう。
アルバム1曲目のハイエナジー"S & M"も悪くはない。いまさら彼女のサドマゾ的な展開は驚くには値しない......が、それにしてもカリブ海出身の彼女はユーロダンスが本当に好きだ。僕の想像では、それはカリブ海への多くの先入観(太陽と海)に対する、彼女のいつもながらの牽制である。トランシーなダンス・ナンバー"オンリー・ガール(イン・ザ・ワールド)"もそうだ。これはパリのハウス/エレクトロのプロデューサー、サンディ・ヴィーによる曲だが、今回のアルバムでは"ホワッツ・マイ・ネーム"と並んでキャッチーなポップスとなっている。
バラードの"フェイディング"とアコースティックな"カリフォルニア・キング・ベッド"、ソローなR&B"スキン"も魅力的な曲だ。が、トリニダーディアンのニッキー・ミナージュをフィーチャーした"レイニング・メン"が......M.I.A.を意識したビートの曲とはいえ、さらに良い。もっともアルバムにおける最大の曲はエミネムをフィーチャーした"ラヴ・ザ・ウェイ・ユー・ライ Pt.2"である。エミネムの手の付けられない憤怒は、このよくできたポップ・アルバムにおいて唯一、荒波を立てている。
リアーナは彼女のハードルを越えて、いまのところコンスタントに良いポップ・アルバムを作っている。それは週末のための少々幻覚性のポップである......しかし、ジャケのリアーナはとても22才には見えない。
野田 努