ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  2. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  3. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  4. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  5. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  6. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  7. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  8. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  9. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  10. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  11. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  12. Jlin - Akoma | ジェイリン
  13. Jeff Mills ——ジェフ・ミルズと戸川純が共演、コズミック・オペラ『THE TRIP』公演決定
  14. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  15. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  16. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  17. Jeff Mills × Jun Togawa ──ジェフ・ミルズと戸川純によるコラボ曲がリリース
  18. R.I.P. Amp Fiddler 追悼:アンプ・フィドラー
  19. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  20. Rafael Toral - Spectral Evolution | ラファエル・トラル

Home >  Reviews >  Album Reviews > 20 Guilders- 20 Guilders

20 Guilders

20 Guilders

20 Guilders

Gyuube Cassette

Amazon

Acid Mothers Temple SWR & 梅津和時

Acid Mothers Temple SWR & 梅津和時

SAX & THE CITY

Magaibutsu Limited/Boundee

Amazon

野田 努   Feb 03,2011 UP

 ユーロ貨幣がなかった時代のオランダ旅行のとき、ギルダー紙幣の鮮やかなデザインに感心した。20ギルダーで何が買えたか思い出せないが......とにかくギルダーのお札は綺麗だと思った。とくにヒマワリがデザインされた黄色い紙幣が好きだった。やけにサイケデリックに見えた。
 日本では、サイケデリック・ロックはあらかじめアンダーグラウンドであることを強いられている。いま思えば90年代が特別だったのかもしれない。ボアダムス、コーネリアス、あるいはスーパーカーなど、彼らはポップフィールドでそれをやったものだった。が、基本的にサイケデリック・ロックは表舞台には出てこない。例えばの話、ドラッグ・カルチャーに関しては語ることさえ気兼ねされ、そうならざる得ない空気がこの国にはたしかにある......が、しかし、そんな抑圧のなかでもサイケデリック・ロックへの情熱がこの国からなくなったことはない。

 これは田畑満とスズキジュンゾによる20ギルダーズによる正式なファースト・アルバムだ。そのアートワークが60年代の、ローリング・ストーンズやスモール・フェイセイズで有名なUKのレーベル〈デッカ〉のパロディになっていて、CDの盤面にもモノラルが一般的だったあの時代の「STEREOPHONIC SOUND」という表記がデザインされている。実際アルバムの音はザ・バーズ(というか、ストーン・ローゼズといったほうが若い人には通じるか......)を思わせる"片翼の影"や"エマニュエルは別"、西岡由美子(Americo)のコーラスをフィーチャーした、60年代のローリング・ストーンズを彷彿させる"ストロベリー・キッス"など......キャッチーな曲が並んでいる。ふたりのギタリストは打ちひしがれながらおかしみのある言葉で60年代後半のサウンドを21世紀の日本の風景に落とし込むが、それはこのアルバムの前菜である。
 メインディッシュは、それぞれが演奏するギターが黄昏時の雲のように柔らかく重なる"デアー・パピ"、あるいは息を呑むほど美しいアコースティック・ギターの掛け合いによる"震える声、沈む部屋"あたりだろう。これらは......喩えるなら、大衆居酒屋をコーヒーショップに変換するかのような、素晴らしい陶酔を運んでくれる。とくに"震える声、沈む部屋"は最高のアシッド・フォークで、この曲が収録されているだけでもアルバムには価値があると言えるだろう。そして真のクライマックスは"風が"という曲だ。ラッパーが描写する都市生活者の孤独な叙情を彼らはサイケデリック・ロックによって表現していると思われるこの曲は、本物のボヘミアンとして生きる彼らのコズミック・ブルースのようだ。エモーションを全開にしたギターが、街を吹き抜ける風のように舞っている。最後の"母の日のアダム"はアルバムの締めくくり相応しい、チルアウトなフィーリングのフォーク・ソングである。ちなみにCDのインナーには居酒屋でポーズを取るメンバーの写真があるが、これは......間違ってもパブ・ロックの類ではない!

 アシッド・マザーズ・テンプルSWR&梅津和時による『サックス&ザ・シティ』も、この国のサイケデリック・アンダーグラウンドの底力を見せつける1枚だ。AMT&SWRは、ボアダムスと並んでアニマル・コレクティヴやブラック・ダイスなどブルックリンのシーンに影響を与えたルインズの吉田達也、想い出波止場のベーシストであり、赤天やZoffyなど多数のユニットに参加している(夏の間は山小屋の管理人をしてるという)津山篤、そして(ATMの中心人物として知られる)河端一という強力な3人によるプロジェクトで、サックス奏者の梅津和時を加えたここでの演奏は、リスナーをフリー・ジャズとサイケデリックのカオスの海へ放り投げる。
 その恐るべき『サックス&ザ・シティ』は2009年のライヴ演奏を吉田達也が編集/カットアップした作品で、全8曲にはその緊張感が巧妙に刻まれているようだ。いわばコズミック・ミュージックのハードコア・ヴァージョンのような趣があり、アルバムのアートワークには20ギルダーズ同様にユーモアがあるものの(2ndアルバム『Stones, Women & Records』のエロティックなジャケの続編)、それって猫を被っているんじゃないのかと疑いたくなるほど音からはすさまじい熱量を感じる。あるいはそれは、ストラッグル・フォー・プライドのエネルギーとも交わるような激しさを持っているけれど、とにかく僕がこのアルバムを聴いて鼓膜に焼き付けられるのはビートだ。それはバンド全体が醸し出すうねるようなリズムで、若い人がこれを聴いたらバトルズでさえも可愛らしく思えてしまうかもしれない。音が怪物のように暴れているのである。

 情報筋によれば、現在はサイケ奉行というバンドが注目株のひとつだそうだ。ギター&ヴォーカルに津山篤、ベースが20ギルダーズをリリースした〈Gyuune Cassette〉レーベルの須原敬三、鍵盤がPARAの西竜太、ドラムがボガルタ(元ZUINOSIN)のNANIというメンツで、サイケデリックと時代劇との華麗なる融合が聴けるという。そのコンセプト自体がサイケデリックとも言えるのだが、僕は昔、ロックの醍醐味とはサイケデリックにあると信じ、そしていまでもそう思っているところがあって、まあ、なにはともあれ、この殺伐とした国でもサイケデリック・サウンドがこうして動いていることを素晴らしく嬉しい事実であると感じます。裸のラリーズの膨大なコレクションを自慢する松村正人を差し置いてこんなことを言うのもおこがましいのですが......。

野田 努