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S.L.A.C.K.

S.L.A.C.K.

この島の上で

高田音楽製作所

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野田 努   Nov 29,2011 UP

 何か良いことを言わなければならない、何か気の利いたことを言わなければならないというオブセッションがJラップにはあるんじゃないだろうか。それをいま議論したいわけではない。が、それがこのジャンルの自己啓発ないしは自己実現めいた傾向をうながしているとしたら、S.L.A.C.K.はそうした硬直さが目立つJラップのシーンにおいて「テキトーでさ」という逆説によってリスナーの気持ちを楽にしたラッパーだと言える。
 「未来はない」と言うことで前向きになれるというパンクの使った逆説は、人に聞いたところでは3.11直後ではECDの「寄付しない」という言葉ぐらいしかなかったようだけれど、いま時分「希望」などということをもっともらしく主張するのは、よほどの三文役者か、大衆を舐めているように思えてしまう(エネルギーをめぐる議論もエコ・ブームのときと同じで、どうにも胡散臭さがつきまとうのが正直なところ)。だいたい3.11以降の「ポジティヴなメッセージ」という宣伝文句ほど白けさせるものはない。
 それでも先日は下高井戸のトラスムンドで、D.O.による3.11へのリアクションとして実にエネルギッシュな新曲を教えてもらい、少しポジティヴな気持ちになれた。煙にむせながらはじまるその曲で、D.O.は政府をこき下ろし、そのふてぶてしい大らかさでリスナーの気持ちを楽にする。買うかどうかけっこう迷ったけれど、そのときあまり持ち合わせがなかったし、取り置きしてもらっていたS.L.A.C.K.の『この島の上で』1枚を買って帰った。

 S.L.A.C.K.の『この島の上で』は、3.11以降の「ポジティヴなメッセージ」という宣伝文句で売られている。ネット検索すればそのような言葉がずらーっと目に入ってくる。これを先に見ていたら買わなかったんじゃないかと思うほど、僕はこの1年、気の利いたことの言えない音楽ばかりをよく聴いている。が、そんな人間でさえもこの作品を買うことに何の迷いはなかった。3.11直後に発表したパンピーとの共作には思慮深さを感じたし、何と言ってもS.L.A.C.K.のような自由な気風を持った若いラッパーがこの重たい主題と向き合っているという事実は避けがたい魅力だ。

 実際の話、『この島の上で』はずいぶんと勇敢な作品なのかもしれない。主題もさることながら、誤解を恐れずに作ったとはまさにこれだろう。クローザー・トラックにアルバムのメッセージが集約されていると解釈するならば、シック・チームと作ったその曲"逆境"は、本人たちの意図にはないにせよ、マスメディアの「がんばれ日本」キャンペーンを補完しかねない。「つねにポジティヴ」「つねに前向き」といった身も蓋もない言い方はまだしも、曲からは「侍」や「日本刀」といったクリシェまで出てくる。これが彼らの誠実さから来たものだとしても、たとえばPJハーヴィーの『レット・イングランド・シェイク』で展開されるような、母国愛とその主体(誰にとっての共同体なのかという視点)についての確固たる説明がいまひとつ足りていないんじゃないかと思う。ゆえに"逆境"がなければ違ったアルバムに聴こえたかもしれないけれど、もし仮にそうだったとしても『この島の上で』がフレンドリーな作品だとは言えない。むしろアルバムの多くの場面においてS.L.A.C.K.は自らの内面の葛藤を露わにしている。

 アルバムには彼のさまざまな感情が先走っている。ディストピックな"とまらない街"は、音と言葉で彼の混沌とした内面をさらけ出している。ディスコ・ビートの"日々の上"はそれとは対照的に、アップリフティングな曲だ。「でもLIFEはながいし、つまらないとつらい」「答えすらないよ、この星の未来」「ギャルくどきながらまた考えつくこのひらめき」――葛藤を抱えつつ、しかし曲は意気揚々と展開される。彼の音楽活動におけるDIY精神を見せつけるような"Hatugen on Skit"も肝の据わった曲だ(RAU DEFが客演している)。三味線のサンプリングを使ったこの曲はひときわ殺気だっているが、そうした責め立てるような感情、苛立ち、苦しみ、もしくは怒りのようなものは『この島の上で』の随所で見られる。東京のアンダーグラウンド・シーンの生気を描く"In The Day"にも彼の強い気持ちがにじみ出ている。それは考えるよりも先に吐き出されているようだ。収録された曲すべてがいままで以上に衝動的にも聴こえる。

 そんなわけで『この島の上で』とは、リスナーを前向きにするような作品というよりも、3.11以降、いてもたってもいられず作ったある種の記録、ある種のドキュメンタリーのように思える。あるいは"逆境"で言うところの「異端ジャパニーズ」の将来は決して明るいとは言えないからこそ、2011年が終わらないうちに彼は出しておきたかったのだろうか......例によって何の前触れもなく、これは出た。アルバムのはじまりにある「とりあえずこれからでしょ」という彼のつぶやきは、そうした暗い現実に対して、同時に自分自身にも言い聞かしている言葉のようにも思える。この続きは、次に下高井戸のトラスムンドから「S.L.A.C.K.の新譜が入りました」というメールが来るまでの楽しみとしておこう。

野田 努