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役立たずの男を捨てて旅に出る......これは女が歌うラヴ・ソングのひとつのパターンである。カーリー・サイモンからジョニ・ミッチェルから、ビョークから......、探したら他にもたくさんあるだろう。僕自身はどう考えても役立たずの男に分類されるので、こういう歌には少なからず胸が痛むが、他方では無理もないなとも思う。実際、僕から見ても女に捨てられたほうがいいと思える男はたくさんいる。そこへいくとシャロン・ヴァン・エットンは面倒見がいい。叱咤しながらも見捨てたりはしない。「男性としての痛みに絶えず埋もれているのね/自分で引き受けてごらんなさいよ/それが私が息をつける唯一のやり方」"ケヴィンズ"
『トランプ(放浪)』はシャロン・ヴァン・エットンの3枚目のアルバムで、ラヴ・ソング集である。去る日曜日の昼下がり、全品半額セールスをやっている下北沢のワルシャワにおいて繰り返しかかっていた。きわめて形式的なフォーク・ロックだが、彼女の優雅な声と打ちひしがれた楽曲、沈んでいく夕日のような叙情は、あの店のあのときの佇まいにぴったり合っていた。柳沢君はいつでも良い音楽を教えてくれる。「解き放つことのできない思い出たちを翻訳して/私たちは誰も間違いを犯す/過去の溜息/続いて欲しいなんて望まない/自分の理性を解放して消し去るのに愛が必要なの?/出来る限り新しい愛が欲しいのよ」"オール・アイ・キャント"
シャロン・ヴァン・エットンは、USインディ・シーンにおける最高の隠し球だ。彼女のロマンティックなこの愛の伝記に潜む混乱、動揺、あるいは攻撃性のなかに、リズ・フェアやキャット・パワー、P.J.ハーヴェイ(あるいはボン・イヴェール)のような人たちを見いだせるかもしれない......が、ヴァン・エットンは一線を越えることなく、叙情性と平穏さとのバランスを崩さない。ラナ・デル・レイにまんまと踊らされたリスナーの心もさざ波のような歌声で癒してくれるだろう。
ゲスト・ミュージシャはマット・バリック(ザ・ウォークメン)、トーマス・バートレット (ダヴマン)、ザック・コンドン(ベイルート)、ジェン・ワスナー(ワイ・オーク)......そしてジュリアナ・バーウィック。プロデューサーはアーロン・デスナー(ザ・ナショナル)。良くも悪くも、彼の手堅さが出ている。つまりその音楽は形式的であることから脱しない。そして、たしかにヴァン・エットンの透明な歌声は、このスタイルにハマっている。とくにスローなバラードにおいてその声とメロディは心の隙間に侵入し、我々のなかの孤独と愛しい気持ちの両方を喚起させる。ホープ・サンドヴァルの領域に近づく瞬間もあるのだが、アーロン・デスナーにそのセンスはない。
しかし、逆にヴァン・エットンとデスナーらしさもよく出ている。彼女は、ラヴ・ソングを社会との地続きで歌いたいという思いを隠さない。「私の周囲で世界が崩壊しているの/私たちに出来ることをしましょうよ/花とか手紙以上の何かが必要だと思うの/自分じゃ何もしないわけじゃないわ/もうこれ以上悩むのは嫌なだけ/それを笑いものにするなんてあまりに酷過ぎるから」"アスク"
ちなみに1曲目のタイトルは"ワルシャワ"。そうか......。それは......グッとくるよな。まあ、それはともかく『トランプ』は、役立たずの男も思わず押し黙って一点を見つめてしまうような、惜しみない愛のアルバムである。
野田 努